ちゃんとしたい私たち

篠宮華

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それから

5.日常に灯る

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「結婚…!?」
「うん、なんか…そういうことになったみたい」
「なったみたいって…えー…急展開過ぎない?」
「自分でもびっくりしてる」
「…いや、大丈夫なのそれ」

 アイスティーを啜りながら、やや呆れたように言いながらも「でもまあ、相手が織井くんなら、収まるところに収まったって感じなのかな?」と笑う七瀬に、私も頷く。

 飲みに行って、私が潰れて、宏隆に迎えに来てもらったあの日の後、七瀬から「ちゃんと家に帰れた?」という連絡があったので、「いろいろあった」と端的に伝えると、詳しく話そうということになり、急遽 会社近くの喫茶店でランチをすることになったのが昨日の夜。

「ただ、具体的にどんな風にプロポーズされたのかはよく覚えてないんだよね」
「そこよ!そこはそれでいいの?」
「んー…あんまりこだわりないかも」
「えぇー…あっさりしてるね。まあ、若菜がそれでいいならいいけどさ」

 よく、プロポーズは海の見えるところで とか、綺麗な夜景をバックに とか言うけれど、あまりピンとこない。
 まさか、覚えていないとは言えず、一度だけ宏隆に、どんな感じだったっけ?とそれとなく尋ねたことがあるけれど「俺とでいい?って聞いたら、いいって若菜が言った」と、なんともざっくりとした答えが返ってきた。
 でも、それ以上でもそれ以下でもないということなのだろう、それならそれでいいやなんて思ってしまって。

「で、新婚生活はどんな感じなの?」

 そう問われて、ドキッとしつつ、平静を装う。

「んー…まあ……大きくは変わらないかも」

 曖昧に返すと「そっかあ。まあ、昔っから一緒だもんね」と流された。

 正直なところ、変わった部分は多い。でもそれを話すにはちょっと恥ずかしさがあった。

 アイスコーヒーをストローでくるりと掻き混ぜながら、「そういえば、七瀬の方はどうなの?」と尋ねると、「あっ!そういえばさぁ…」と話題が変わる。

「実は私も今いい感じの人がいるんだよねー」
「え!そうなんだ。どんな人なの?」
「営業で時々来てくれる人なんだけど、何回か顔合わせるうちに仲良くなってね…」

 にまにましている七瀬を見て、ああ、本当に好きなんだなと思う。

「連絡先交換したから、今度一緒にご飯行くんだ」
「わぁ!いいねー!」
「もうさぁ、昨日も会ったけど、早く会いたいってなっちゃう。私結構 恋愛体質気味なんだよね」

 友人の話を聞きながら、私はここ最近の自分のことを思い出していた。





*   *   *





 ベージュ色のカーテンの隙間から、朝の光が差し込む。
 寝返りを打とうとすると、背後で「もうちょっと…」という掠れた声が聞こえる。腕枕がもぞもぞと動いて、髪を漉くように頭を撫でられた。

「おはよ、宏隆」
「…若菜、今日遅い…?」
「今日、は…多分そうでもない、かな?」
「そっか…駅まで迎えに行ってもいい…?」
「いいけど…」
「よかったぁ…」

 毎度毎度こんな風に嬉しそうに言われたら、だめなんて言えるわけがない。
 抱き枕か何かだと思っているのだろうか。温かな体温をうつすように ぴたっと密着されそうになったけれど、恥ずかしくてするりと腕の中から抜け出す。鼓動がバクバクと大きく速くなった。


 宏隆と夫婦になってから少し。
 大して変わらないだろうと思っていた生活が、思っていたよりも結構変わってしまって、正直ちょっと戸惑うこともある。

 …嫌ではないんだけど、受け止めるにはちょっと甘過ぎるんだよね…。

 結婚が決まってから、「今一度認識を擦り合わせよう」と、改めていろいろなことを話した。
 お互いのことについてはもう知っていることばかりだったけれど、相手に求めることや、こうありたいと望む部分については当たり前のことながら、やっぱり少し違った。
 そこでわかったことは、幼馴染みが結構…いちゃいちゃしたいタイプの人だったということだった。
 同じアパートの隣の部屋に住んでいるのだからそれぞれが自分の部屋で過ごして、必要な時だけ会う感じかなと思っていたのに、彼から「新婚っぽさを味わいたい」などとよくわからないことを言われて、なし崩し的に彼の部屋に荷物を持ち込んで寝食を共にするようになった。
 そういう行為には至っていないし、なんならキスもまだ。けれど、距離は物理的な意味でもだいぶ近付いていると思う。

 …彼はおそらく待ってくれている。
 私が、幼馴染みから彼のことを恋人、そして夫としてちゃんと認識するのを。

 朝はあまり得意ではない彼から、どうにかこうにか布団を剥ぎ、ベッドから引っ張り出して、お互いに朝の支度を始める。
 彼は欠伸をしつつもキッチンに立ち、食パンをトースターに放り込んでいる。フレックス制を利用しているとかで、朝は私よりもかなり時間に余裕がある上に、私よりも料理が上手だから、よく朝食を作ってくれるのだ。

「遅い時間でもないんだし、わざわざ迎えに来なくても大丈夫だよ?」
「外に出る用事がないと一日中家にいることになりかねないし。さすがに体に悪いでしょ」

 大きな欠伸をしながら、「若菜と一緒に暮らすようになって、早起きも出来るようになってきて助かってる」などと言う。
 でも、その割に健康そうというか、体は引き締まっているし、この間は家に届いた重い荷物を軽々運んでいたし、風呂上がりで薄着の姿も結構がっちりしていた。

 内心 首を捻りながら、洗面所で身だしなみを整える。
 リビングに戻って、改めてじーっとその姿を見つめていると、綺麗にお皿に盛り付けたサラダやトーストをテーブルに並べた彼に「何?」とにっこり微笑みかけられる。「なんでもない」と小さく返した。

 幼馴染みのようでも…付き合い出したばかりの恋人のようでもあり。
 でも、私の些細な言葉や行動に対して、心の底から嬉しそうな反応が返ってくる日々は、確実に癒やしを与えてくれていると思う。

 ちゃんとこの人の気持ちを受け止めて、同じように返したい。でも、どうしたらいいか、具体的な方法がまだわからない。
 そんな私の葛藤に気付いているのかいないのか、彼は時々「こういう俺にも少しずつ慣れていってもらえたら嬉しい」と私の頭を撫でることがある。

 彼の頭の右側についている小さな寝癖を見つめながら、私は「いただきます」と、トーストを口に運んだ。

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