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それから
6.周囲
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「若菜先輩のそれって、自分で作ってるんですか?」
昼休み。
昼食を広げていると、コンビニのおにぎりを手にした一つ後輩の亜由美ちゃんに尋ねられる。
「めちゃくちゃ美味しそう。栄養バランスもよさそうだし」
「あー、これは…」
一緒に住むようになって、「おかげで早起き出来るようになったから」と宏隆が作ってくれるようになったお弁当。普段の昼食をどうしているのか聞かれたから、社食かコンビニだと答えると、何日か後の朝にはテーブルに置かれていた。
昨日の夕飯の残り物ばかりなんて言っていたけれど、もちろんそれだけではないし、何より彼が作ってくれているということが嬉しいのだ。
二人の生活にもだいぶ慣れてきて、自然と家事分担も決まってきた。出来る方がやる、というスタンスではあるが、基本的に炊事関係は料理が得意な宏隆、洗濯や掃除は私の担当だ。
「誰か作ってくれる素敵な人がいるんですねー?」
「んー…まあ、そんな感じ」
あまり詳しく話すのも変かなと思いながらさらっと流そうとするも、亜由美ちゃんはこちらに身を乗り出すように言う。
「もしかしてそれって…彼氏的なやつです?」
「えっと、うーん…」
彼氏ではなく、夫です。
…と、そんなことを言おうものなら、かなり面倒なことになりそうだ。
直属の上司たちへは報告したけれど、全体への発表的なものはまだだった。だから、みんなは私が結婚したことを知らないのだ。
「ま、そんなところかな。ほら、私のことなんかどうでもいいから食べちゃおうよ」
「いやー…結構重要事項だと思うんですけど。若菜先輩のこと狙ってる人結構いますよ?」
「えー?ないない」
これまで誰かと付き合ったことも、告白されたこともない。
そう考えると、恋愛経験皆無の私が宏隆のような人と結婚できたのは、なかなか奇跡的なことなのかもしれない。
そんなことを考えていると、丁度フロアの扉が開く。お昼を外に買いに出ていた社員達が帰って来たようだ。
いつも賑やかなその様子を横目に、卵焼きを口に運びながらスマホをチェックしていると、向かい側のデスク…帰って来たばかりの山崎くんからチョコレートが差し出された。
「おつかれ 野々村。これやるよ」
「え?」
「さっき、部長に呼び出されてただろ?なんかまた変な仕事振られたんじゃないかと思って。慰めのお菓子」
「変な仕事なんて振られてないよ」
「まーまー、受け取れって」
山崎くんは、同じ年に採用された 所謂 同期社員だ。さっき部長に呼び出されたのは、結婚に伴ういろいろな手続きについての説明があったからだったのに、誤解をしている。
でもあまりにもぐいぐい渡してくるから、仕方なく受け取った。
こういうちょっと強引なところが、正直言うと少し苦手で、七瀬に相談したこともあるくらい。でも、なんだか断るのもそれはそれでより一層面倒だった。
すると、山崎くんは私のお弁当を見て、言う。
「うわ、うまそ。弁当、自分で作ったん?」
「…自分ではないかな」
「え、じゃあお母さんとか?」
「いや…」
内心、厄介だなと思っていると、亜由美ちゃんがにやっと笑って横から言う。
「作ってくれる彼氏的ないい方がいるんですよ…!」
『彼氏的な方』という言い方が妙にしっくりきて、「あーそうそう」と適当に流すと、「何それ」と山崎くんの表情がやや強張る。
「野々村、彼氏できたの?」
「え?うん?まあ…」
しーんと微妙な空気になったのを感じるけれど なぜなのかはわからず戸惑う。
元々プライベートなことを職場の人に話したことはないし、話したいとも思わずここまできた。必要がないなら言わない。でも、こんな変な雰囲気になるとは思っておらず、頭が疑問符でいっぱいになる。
その時。
亜由美ちゃんが「あーっ!お昼休みが終わりそう!!」と急に大きな声を出したので、はっとする。
「山崎先輩も早く食べないと、お昼休み終わっちゃいますよ!午後イチで集まるんでしたよね?」
「お、おお…そうだな」
そんな妙に不自然なやりとりの後、昼食が再開される。山崎くんはその後も「え、彼氏…まじ?」などとぶつぶつ言っていて、かなり迷惑だったけれど、打ち合わせが控えていたこともあり、さっさと昼食を済ませてミーティングルームに消えていった。
お弁当箱を鞄にしまいながら溜息をつくと、亜由美ちゃんに「すいません…よりによって山崎先輩を前に変な言い方しちゃって」と言われて初めて、さっきの微妙な反応の理由をなんとなく理解する。
「山崎先輩って、若菜先輩に気がありますよね」
「えっ、そうなの?」
「絶対そうですよ。あんな露骨なのなかなかないです。…気がつかない若菜先輩もなかなかですけど…」
亜由美ちゃんは山崎くんの座っていた席に憐れむような眼差しを向けてから「そんな若菜先輩、私は大好きですけど…」とよくわからないことを言ってくる。
でも、元々 誰が付き合ったとか別れたとか、色恋沙汰にあまり興味のわかない人生だったこともあり、なぜこんなに周りが騒ぐのかがよくわからないのだ。
彼氏がいなければいないで出会いを求めるようすすめられて厄介だけれど、彼氏(私の場合は夫だけど)ができてもそれはそれで説明が必要になるなんて、面倒くさいことばかりでうんざりだ。
宏隆にこんな話をしたら、きっと「若菜らしいね」と笑うだろう。否定せず、とやかく言わず、でも俺とのことだけはちゃんと考えてほしいなとかなんとか言いそうな…。
…早く会いたい。
今朝も会ったのに、自然にそう思っている自分の変化に、驚きつつもほんの少しだけ気持ちが浮上したような気がする。
七瀬も言っていた「またすぐ会いたくなっちゃう」とはこういうことなのかもしれない。
…今、意外とちゃんと恋愛してるのかも。
とりあえず、定時退勤を目指して午後の業務に精を出そうと、私はパソコンに向かった。
昼休み。
昼食を広げていると、コンビニのおにぎりを手にした一つ後輩の亜由美ちゃんに尋ねられる。
「めちゃくちゃ美味しそう。栄養バランスもよさそうだし」
「あー、これは…」
一緒に住むようになって、「おかげで早起き出来るようになったから」と宏隆が作ってくれるようになったお弁当。普段の昼食をどうしているのか聞かれたから、社食かコンビニだと答えると、何日か後の朝にはテーブルに置かれていた。
昨日の夕飯の残り物ばかりなんて言っていたけれど、もちろんそれだけではないし、何より彼が作ってくれているということが嬉しいのだ。
二人の生活にもだいぶ慣れてきて、自然と家事分担も決まってきた。出来る方がやる、というスタンスではあるが、基本的に炊事関係は料理が得意な宏隆、洗濯や掃除は私の担当だ。
「誰か作ってくれる素敵な人がいるんですねー?」
「んー…まあ、そんな感じ」
あまり詳しく話すのも変かなと思いながらさらっと流そうとするも、亜由美ちゃんはこちらに身を乗り出すように言う。
「もしかしてそれって…彼氏的なやつです?」
「えっと、うーん…」
彼氏ではなく、夫です。
…と、そんなことを言おうものなら、かなり面倒なことになりそうだ。
直属の上司たちへは報告したけれど、全体への発表的なものはまだだった。だから、みんなは私が結婚したことを知らないのだ。
「ま、そんなところかな。ほら、私のことなんかどうでもいいから食べちゃおうよ」
「いやー…結構重要事項だと思うんですけど。若菜先輩のこと狙ってる人結構いますよ?」
「えー?ないない」
これまで誰かと付き合ったことも、告白されたこともない。
そう考えると、恋愛経験皆無の私が宏隆のような人と結婚できたのは、なかなか奇跡的なことなのかもしれない。
そんなことを考えていると、丁度フロアの扉が開く。お昼を外に買いに出ていた社員達が帰って来たようだ。
いつも賑やかなその様子を横目に、卵焼きを口に運びながらスマホをチェックしていると、向かい側のデスク…帰って来たばかりの山崎くんからチョコレートが差し出された。
「おつかれ 野々村。これやるよ」
「え?」
「さっき、部長に呼び出されてただろ?なんかまた変な仕事振られたんじゃないかと思って。慰めのお菓子」
「変な仕事なんて振られてないよ」
「まーまー、受け取れって」
山崎くんは、同じ年に採用された 所謂 同期社員だ。さっき部長に呼び出されたのは、結婚に伴ういろいろな手続きについての説明があったからだったのに、誤解をしている。
でもあまりにもぐいぐい渡してくるから、仕方なく受け取った。
こういうちょっと強引なところが、正直言うと少し苦手で、七瀬に相談したこともあるくらい。でも、なんだか断るのもそれはそれでより一層面倒だった。
すると、山崎くんは私のお弁当を見て、言う。
「うわ、うまそ。弁当、自分で作ったん?」
「…自分ではないかな」
「え、じゃあお母さんとか?」
「いや…」
内心、厄介だなと思っていると、亜由美ちゃんがにやっと笑って横から言う。
「作ってくれる彼氏的ないい方がいるんですよ…!」
『彼氏的な方』という言い方が妙にしっくりきて、「あーそうそう」と適当に流すと、「何それ」と山崎くんの表情がやや強張る。
「野々村、彼氏できたの?」
「え?うん?まあ…」
しーんと微妙な空気になったのを感じるけれど なぜなのかはわからず戸惑う。
元々プライベートなことを職場の人に話したことはないし、話したいとも思わずここまできた。必要がないなら言わない。でも、こんな変な雰囲気になるとは思っておらず、頭が疑問符でいっぱいになる。
その時。
亜由美ちゃんが「あーっ!お昼休みが終わりそう!!」と急に大きな声を出したので、はっとする。
「山崎先輩も早く食べないと、お昼休み終わっちゃいますよ!午後イチで集まるんでしたよね?」
「お、おお…そうだな」
そんな妙に不自然なやりとりの後、昼食が再開される。山崎くんはその後も「え、彼氏…まじ?」などとぶつぶつ言っていて、かなり迷惑だったけれど、打ち合わせが控えていたこともあり、さっさと昼食を済ませてミーティングルームに消えていった。
お弁当箱を鞄にしまいながら溜息をつくと、亜由美ちゃんに「すいません…よりによって山崎先輩を前に変な言い方しちゃって」と言われて初めて、さっきの微妙な反応の理由をなんとなく理解する。
「山崎先輩って、若菜先輩に気がありますよね」
「えっ、そうなの?」
「絶対そうですよ。あんな露骨なのなかなかないです。…気がつかない若菜先輩もなかなかですけど…」
亜由美ちゃんは山崎くんの座っていた席に憐れむような眼差しを向けてから「そんな若菜先輩、私は大好きですけど…」とよくわからないことを言ってくる。
でも、元々 誰が付き合ったとか別れたとか、色恋沙汰にあまり興味のわかない人生だったこともあり、なぜこんなに周りが騒ぐのかがよくわからないのだ。
彼氏がいなければいないで出会いを求めるようすすめられて厄介だけれど、彼氏(私の場合は夫だけど)ができてもそれはそれで説明が必要になるなんて、面倒くさいことばかりでうんざりだ。
宏隆にこんな話をしたら、きっと「若菜らしいね」と笑うだろう。否定せず、とやかく言わず、でも俺とのことだけはちゃんと考えてほしいなとかなんとか言いそうな…。
…早く会いたい。
今朝も会ったのに、自然にそう思っている自分の変化に、驚きつつもほんの少しだけ気持ちが浮上したような気がする。
七瀬も言っていた「またすぐ会いたくなっちゃう」とはこういうことなのかもしれない。
…今、意外とちゃんと恋愛してるのかも。
とりあえず、定時退勤を目指して午後の業務に精を出そうと、私はパソコンに向かった。
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