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恋人
14.告白
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ゆるやかに意識が浮上する。
間接照明に照らされた部屋はまだ薄暗い。
見覚えのない天井と 妙に広く感じる空間。腕枕というよりもがっちりとホールドするようにしがみつかれている状態に、おそらく何時間か前のことを思い出す。
そうだ、私 宏隆と…。
初めてのことばかりだったし、なんならまだ足の間に違和感が残っている。でもなんだか、ようやくここまできたという謎の達成感と安堵感を感じる。
温かい体温に包まれて、また閉じてしまいそうになる瞼を一生懸命開けると、彼の喉仏が見えた。
もぞもぞと動くと、拘束が緩む。
「ん…起きた…?」
「うん、ごめん 起こしちゃった」
「平気…でも、まだ寝てて平気だよ…だって夜中だし…」
寝惚けたようにそう言われたけれど、なんだか目が冴えてしまった。何か着たいと思い 辺りを見回すも、服がない。彼のことだから、どこかに掛けてくれたのかもしれない。ついでに体のべたつきもないのは、もしや拭いてくれたのだろうか。ちょっと恥ずかしいけれど、至れり尽くせりだ。
とはいえ身に付けるものがないことは仕方がないので、近くにあったくしゃくしゃのシーツを肩から被り、まだ微睡んでいる彼の腕をそっと外す。なかなか予約がとれないであろうホテルなのに、部屋の中を見る間もなく情事にもつれこんでしまったし、何やら綺麗だという夜景も見てみたい。
しかし、ベッドを抜け出して立ち上がると、やっぱり足腰が怠い。
初めて同士はうまく入らないこともあると聞いたことがあるけれど、そう考えると上手くいったということなのかとか、そういえば血は出なかったのかとかいろいろ気になることはあるけれど、とりあえず近くにある机や小さなテーブルに掴まり、よろよろしながら大きな窓に近付く。
「わぁ…」
眼下に広がるのは、確かに綺麗な夜景だった。
なかなかここまで都心に来ることはないし、遅くなったとしても家に帰る手段はいろいろあるから、まさかホテルに宿泊することになるとは思っていなかった。言ってみればサプライズだ。
窓際に置かれていた大きな一人掛けのソファに、膝を抱えて座る。目についたデジタル時計によると、今は夜中の2時半らしい。
喉が渇いていることに気付き、水でも飲もうかと思ったところで、後ろからそっと抱き締められた。
「……なかなか戻ってこないから」
「夜景見てたの。ほら、綺麗だよ」
「うん…」
どこから出してきたのか、バスローブを羽織った彼はぼーっとしながらも私の膝の裏に手を差し入れ、体に巻き付けていたシーツごとお姫様抱っこのように持ち上げる。そして、自分がソファに座り直し、私を膝の上で横抱きにした。
こめかみにキスをされ、髪を梳かすように頭を撫でられる。愛おしそうにこちらを見つめる視線に吸い寄せられるように、ちゅっと唇を触れ合わせた。
「…俺、若菜に話してないことがあるんだ」
「ん?何?」
「結婚…俺が若菜にプロポーズしたときのこと覚えてる?」
「あー…私が『宏隆とでいい』って言ったみたいなやつ、だよね?」
「うん」
彼は何も付けられていない私の左手の薬指をそっと撫でる。
婚約指輪はもらったけれど、なんやかんやで忙しくてまだ結婚指輪は買いに行けていないのだ。
彼は私の手を握ってどこか意を決したように言う。
「実は俺、あの時、若菜をわざと酔わせて、よくわからないうちに結婚の約束をしちゃおうと思ってたんだ」
「え…」
「付き合おうって言って、もし断られたら耐えられない。それでも離すつもりはなかったから、尚更。だから、酔っ払ってた若菜に『もう、付き合うのも結婚するのも、俺とでいいよね』って聞いたんだ」
「…そしたら?」
「いいよーって」
それを聞いて、自分のあまりの軽さに思わず笑ってしまう。
そして同時に、酔っ払ってはいたけれど、結果的に正しい決断ができた自分に内心で拍手をする。
「だから、その流れであまり意識のなかった若菜の指に指輪を納めて、両親に結婚の連絡もして」
「あ、そうだ。早めに直接挨拶に行かないとね」
そういえば、いつ宏隆を連れて顔を見せに来るのかと連絡が来ていたのを 適当に流していたのを思い出す。
すると、彼がやや硬い声で尋ねてくる。
「……ひどいやつだなって思わないの?」
「え?」
「人生に関わる大事な話を、わざと酔わせてから、よくわからないままでしたんだよ?」
まあ、素面の時にしてもらった方がよかった話ではある。でも、酔っていても納得いかないことについてはそう簡単には応じないだろうし、絶対に無理だったら、翌日の朝にでも無理だとはっきり伝えていただろう。
「…私も周りからの、まだ結婚しないのかっていう圧にうんざりしてた頃だったから、渡りに船だってちょっぴり思ってたし」
彼の大きな手に自分の指を絡めながら続ける。
「もし夫婦になるとして、宏隆ならいいなと思ったから。ひどいっていうよりなんていうか…ありがとう?の方が勝つかな」
「……」
「本当に嫌ならもっと嫌がるはずだよ。私の性格、わかるでしょ」
「……」
「…宏隆?」
彼は私を自分の膝の上で横抱きにしたまま、小さく笑い、こめかみにそっと鼻先を擦り付けてくる。
「……若菜はいつもそうやって、簡単に俺のことを赦すから心配だ」
「…だって今私、幸せだもん」
彼と一緒に暮らすようになってから、なんだか満たされているなあと感じる毎日だ。隣の部屋に住んではいたから物理的な距離は大して変わらないような気がするけれど、共にする時間が増えてから、これまでよりもちょっとだけ丁寧に暮らせるようになったような。ものすごく尽くしてもらっている自覚もある。感謝こそすれ、恨んだり文句を言ったりすることはありえない。
「宏隆でよかったと思ってる」
夜景を眺めながら思わず溢れた言葉に、彼は何を言わず私のことを抱き締めるから、私も彼の膝に座ったまま、自分が彼によくそうされるように彼の頭を撫でる。
「こんなに甘やかされて、もう私、宏隆がいないとだめだと思う」
「……だめでいてよ」
ちゅっと頬にキスをして「責任とって、ずっと隣にいてね」と言うと、彼は深く頷いて、ようやくふにゃりと笑った。
間接照明に照らされた部屋はまだ薄暗い。
見覚えのない天井と 妙に広く感じる空間。腕枕というよりもがっちりとホールドするようにしがみつかれている状態に、おそらく何時間か前のことを思い出す。
そうだ、私 宏隆と…。
初めてのことばかりだったし、なんならまだ足の間に違和感が残っている。でもなんだか、ようやくここまできたという謎の達成感と安堵感を感じる。
温かい体温に包まれて、また閉じてしまいそうになる瞼を一生懸命開けると、彼の喉仏が見えた。
もぞもぞと動くと、拘束が緩む。
「ん…起きた…?」
「うん、ごめん 起こしちゃった」
「平気…でも、まだ寝てて平気だよ…だって夜中だし…」
寝惚けたようにそう言われたけれど、なんだか目が冴えてしまった。何か着たいと思い 辺りを見回すも、服がない。彼のことだから、どこかに掛けてくれたのかもしれない。ついでに体のべたつきもないのは、もしや拭いてくれたのだろうか。ちょっと恥ずかしいけれど、至れり尽くせりだ。
とはいえ身に付けるものがないことは仕方がないので、近くにあったくしゃくしゃのシーツを肩から被り、まだ微睡んでいる彼の腕をそっと外す。なかなか予約がとれないであろうホテルなのに、部屋の中を見る間もなく情事にもつれこんでしまったし、何やら綺麗だという夜景も見てみたい。
しかし、ベッドを抜け出して立ち上がると、やっぱり足腰が怠い。
初めて同士はうまく入らないこともあると聞いたことがあるけれど、そう考えると上手くいったということなのかとか、そういえば血は出なかったのかとかいろいろ気になることはあるけれど、とりあえず近くにある机や小さなテーブルに掴まり、よろよろしながら大きな窓に近付く。
「わぁ…」
眼下に広がるのは、確かに綺麗な夜景だった。
なかなかここまで都心に来ることはないし、遅くなったとしても家に帰る手段はいろいろあるから、まさかホテルに宿泊することになるとは思っていなかった。言ってみればサプライズだ。
窓際に置かれていた大きな一人掛けのソファに、膝を抱えて座る。目についたデジタル時計によると、今は夜中の2時半らしい。
喉が渇いていることに気付き、水でも飲もうかと思ったところで、後ろからそっと抱き締められた。
「……なかなか戻ってこないから」
「夜景見てたの。ほら、綺麗だよ」
「うん…」
どこから出してきたのか、バスローブを羽織った彼はぼーっとしながらも私の膝の裏に手を差し入れ、体に巻き付けていたシーツごとお姫様抱っこのように持ち上げる。そして、自分がソファに座り直し、私を膝の上で横抱きにした。
こめかみにキスをされ、髪を梳かすように頭を撫でられる。愛おしそうにこちらを見つめる視線に吸い寄せられるように、ちゅっと唇を触れ合わせた。
「…俺、若菜に話してないことがあるんだ」
「ん?何?」
「結婚…俺が若菜にプロポーズしたときのこと覚えてる?」
「あー…私が『宏隆とでいい』って言ったみたいなやつ、だよね?」
「うん」
彼は何も付けられていない私の左手の薬指をそっと撫でる。
婚約指輪はもらったけれど、なんやかんやで忙しくてまだ結婚指輪は買いに行けていないのだ。
彼は私の手を握ってどこか意を決したように言う。
「実は俺、あの時、若菜をわざと酔わせて、よくわからないうちに結婚の約束をしちゃおうと思ってたんだ」
「え…」
「付き合おうって言って、もし断られたら耐えられない。それでも離すつもりはなかったから、尚更。だから、酔っ払ってた若菜に『もう、付き合うのも結婚するのも、俺とでいいよね』って聞いたんだ」
「…そしたら?」
「いいよーって」
それを聞いて、自分のあまりの軽さに思わず笑ってしまう。
そして同時に、酔っ払ってはいたけれど、結果的に正しい決断ができた自分に内心で拍手をする。
「だから、その流れであまり意識のなかった若菜の指に指輪を納めて、両親に結婚の連絡もして」
「あ、そうだ。早めに直接挨拶に行かないとね」
そういえば、いつ宏隆を連れて顔を見せに来るのかと連絡が来ていたのを 適当に流していたのを思い出す。
すると、彼がやや硬い声で尋ねてくる。
「……ひどいやつだなって思わないの?」
「え?」
「人生に関わる大事な話を、わざと酔わせてから、よくわからないままでしたんだよ?」
まあ、素面の時にしてもらった方がよかった話ではある。でも、酔っていても納得いかないことについてはそう簡単には応じないだろうし、絶対に無理だったら、翌日の朝にでも無理だとはっきり伝えていただろう。
「…私も周りからの、まだ結婚しないのかっていう圧にうんざりしてた頃だったから、渡りに船だってちょっぴり思ってたし」
彼の大きな手に自分の指を絡めながら続ける。
「もし夫婦になるとして、宏隆ならいいなと思ったから。ひどいっていうよりなんていうか…ありがとう?の方が勝つかな」
「……」
「本当に嫌ならもっと嫌がるはずだよ。私の性格、わかるでしょ」
「……」
「…宏隆?」
彼は私を自分の膝の上で横抱きにしたまま、小さく笑い、こめかみにそっと鼻先を擦り付けてくる。
「……若菜はいつもそうやって、簡単に俺のことを赦すから心配だ」
「…だって今私、幸せだもん」
彼と一緒に暮らすようになってから、なんだか満たされているなあと感じる毎日だ。隣の部屋に住んではいたから物理的な距離は大して変わらないような気がするけれど、共にする時間が増えてから、これまでよりもちょっとだけ丁寧に暮らせるようになったような。ものすごく尽くしてもらっている自覚もある。感謝こそすれ、恨んだり文句を言ったりすることはありえない。
「宏隆でよかったと思ってる」
夜景を眺めながら思わず溢れた言葉に、彼は何を言わず私のことを抱き締めるから、私も彼の膝に座ったまま、自分が彼によくそうされるように彼の頭を撫でる。
「こんなに甘やかされて、もう私、宏隆がいないとだめだと思う」
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