能ある鬼は角を隠す

那月

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魚は釣れても角は釣れない

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「わかってないのはあんたの方よ!ずぅーっと悩んでるの、あんただけと思ったら大間違いなんだから!この、不幸ぶりっこッ!!」


 ボロボロと涙をこぼして振り下ろされた拳は、けれど敦彦に触れることができずにとどまる。


「やめなさい。和紗、女性が拳で殴るなんてちょっと勇ましすぎるかな。敦彦、和紗はお前をよく見ている、泣かせてやるな」


「父上……」


「お父様……」


 防ぐ気も避ける気もない、素直に殴られるつもりだった敦彦。その態度に本気で怒り、もうボッコボコにしてやろうとまで思っていた和紗。


 2人の目に映ったのは、和紗の拳を握り込むようにつかんで止めた男。敦彦に背を向け、和紗と向き合う男の着物の色は漆黒。


 日が暮れ薄暗くなってきてきたこの時間、姿は見えにくくてもここは河原。聞こえるはずの足音は全く聞こえず、今やっと彼が迎えに来たのだと知る。


 男の名は駿河恒彦。敦彦と和紗の父親で、2番目に最強だと言われる鬼。額にある角の数は、4本。


 大きな手の平で包まれた拳を下ろし、和紗は「ごめんなさい」と謝る。恒彦の手が離れて行くと、再び背を向けた敦彦を睨み付ける。


「やめなさいって。敦彦。寒いだろう?昼餉も食ってないのだから腹が減っているだろう?さぁ帰ろう。帰って、温かい夕餉を皆で食べよう」


 恒彦はやれやれと苦笑をこぼし、柔らかく声をかける。それでも敦彦が口を引き結んで動こうとしないでいると、ついに恒彦の右手が上がった。


 優しい表情のまま、振り下ろされた右手はポンッと敦彦の頭の上へ。


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