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24.(ライアン視点)

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 1年ぶりの王宮の自室に戻って頭を抱えた。

 客人に対して態度が失礼すぎただろうか。
 ――いや、どっちにしろ俺はこの見合い話を受ける気はないし、態度で示した方が相手にも伝わって良いだろう。
 ……ソフィアと俺が知り合いで、彼女が魔法研究所にいることを伝えた方が良いだろうか。
 ――いや、ソフィアは家が嫌で出てきたのだから、俺が勝手にそのことを伝えてしまうのは良くないだろう。
 そもそもあの家族はソフィアの行方を捜しているのか?

 ぐるぐると考えを巡らせ、ため息を吐いたところでドアがノックされた。

「入るぞ」

 兄だった。

「お前、客人に対してあの態度はないんじゃないか。母上も父上も客人も困っていたじゃないか。悪い話ではないし……あんな美人が相手で何が不満なんだ」

「態度が悪かったとは思いますが。俺はこの話を受ける気はないですし、何より――、あの家の長女の方……アリスの姉を知っているんですよ」

 兄は目を丸くする。

「病弱で家に閉じこもっているとかいう? ……何で聞いてもいない姉のことを聞いたのかと思ったが……知っているとは。隣国の公爵家の令嬢とどこで知り合った」

「ツェペリの山奥で」

 俺がそう言うと兄上は首を大きく傾けた。
 まぁ、いきなりそう言われてもわけがわからないよな。

「認定試験に向けて魔法の修行をしていたんです。そこで家出したらしい彼女――ソフィアと会った。探して欲しいと頼んだ料理人を追ってルーべニアに行く途中だったらしいです。料理人を捜している世話になった人というのはその彼女です」

「……家出? 病弱というのは……」

「すごく元気ですよ。今、魔法研究所にいます。家に居場所がなかったということだし、魔法の才能もあるようだから、研究所で魔法を勉強できるよう、師を紹介するつもりでした」

 俺は兄上に言った。

「良いですよ。だから彼女が家を飛び出るほどの扱いをあの家族がしていたのかと考えると、愛想良くできなかった」

「……そういう事があったのか……。いや、世間が狭いな」

 兄上はうーんと首を捻った。

「では、お前は今回の話を全く受ける気はない、と」

「そうです。父上と母上にも言いましたが、俺には領地の管理は向いてない。魔法使いとしてやっていくつもりです。……認定試験も何とかするつもりですし」

「――しかし、お前にとっても悪い話ではないと思うんだがな。我々としてはツェペリの魔法資源を活かしていきたい――そうなれば、魔法について学んだお前が適任だと思う」

 俺は黙り込んだ。そう言われると、確かに……とは思う……が、

「どちらにせよ、彼女――アリスと婚約する気はありません」

 兄上は「ふむ」と呟いてからじっと俺を見た。

「では、そのソフィアという姉は? 彼女はローレンス家の長女だろう。知り合いだと言うし、いっそその彼女と婚約するというのは――?」

「――は?」

 突拍子もない提案に俺は声を上ずらせた。

「世話になったと言って人捜しをしてやるくらいだろう。親しいんじゃないのか」

「な、何を言っているんですか? 確かに世話になりましたが、それで婚約云々の話は一足飛びではないですか……」

「我々としては、ツェペリの貴族でしかも、国境沿いの領地を持つローレンス家と血縁関係ができれば有難い。そこの娘にお前が好意を持っているのであれば、それほど都合が良いことはない。大体、魔法使いと領主と両方やればいいではないか。最初から向いていないと言い切ってしまうのは勿体ないぞ」

 うんうん、と1人で頷く兄を俺は呆然と見つめた。

「いえ、そもそも……好意……」

 好意? 俺がソフィアに?
 確かに彼女の魔物をどう美味く食べるかを試行錯誤して頑張る姿が好ましく思ったし、山籠もりで不味いものを延々食べ続けて心が折れかけていた時に助けられて救われた思いもあるが……、

「好意があるのではないか? お前から『いい』なんて言葉を聞いたのは初めてだが」

 兄は面白そうに言った。
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