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第一部 第二章 ひっそり目立たずが目標です
赤髪の王子との再会
しおりを挟む誰に見られていても文句がつけようのないように、口の端を軽く上げて程よい笑顔を維持しながら颯爽と歩こうと、実際五歩ほど進めたところで私の足は乱れる。
「エリザベス・テレゼア嬢」
ひどく通る力強い声で名を呼ばれた。
──ううーん。空耳だよね。
さっきから視界に入っていた相手であったけれど、こちらからは用はないので知らない。
決して無視ではなく、聞き間違いだろう。気のせいだ。
だけど、相手が近づく気配。そして、もう一度はっきりと己の名前を呼ぶ声。
「テレゼア嬢、話がある」
ああ、やっぱり呼ばれている。これ以上、私の周りにキラキラ分子はいらない。初日からやめてほしい。
柔軟な思考は今抱えているものと予測できることに対してだけで、新たなものはやはりできることなら排除したい。
ええぇっと顔をしかめそうになるのをなんとか笑顔に戻し振り向くと、むっと不機嫌そうな顔をしたサミュエルがこちらを見ていた。
あの日のように、燃えるような赤い髪に赤い瞳が自分を見ている。
短めの髪型や細みのしなやかそうな身体つき、武道派といった出で立ちはルイとはまた違ったタイプの王子様だ。当然、美形。ルイといい、顔面偏差値が高すぎる。
「おはようございます。何か御用でしょうか? サミュエル殿下」
ふぅぅと小さく息を吐く。この不機嫌な顔を見るからに、きっと誑かしの件かもしくは騒動後の面会を拒否した件かもしれない。
私の傷心はルイがケアしてくれたので、今の私はちょっと面倒くさいくらいで別にサミュエルに思うことはない。
丁寧にいろいろ説明してくれたルイによって、今は自分がいかに迂闊であったかわかっている。
第二王子であるサミュエルが突撃してきたことが主な要因であったが、こちらもすべって記憶喪失になったらいいなぁと、王子に対して大変失礼なことを考え魔法を仕掛けてしまったのだから、お互い様だと勝手に思っていた。
だから、私は彼に対して思うことはもうない。用事もないし、向こうもないはずだ。
もともとサミュエルがテレゼア公爵家の屋敷に押しかけてきたのは、ルイが魔力を隠す私と合わせるために入学を一年延ばそうとしたことが原因のようだ。
ルイがどのように王子たちを説得しようとしていたのかは内緒と言われて教えてもらえなかったけれど、サミュエルは私が我が儘を言ってルイの入学を妨げていると思ったようであった。
寝耳に水である。何それ? である。
こっちは魔力のレベルがバレていることさえ知らず、むしろ順調だと喜んでいたところなのに、どんな我が儘を言えというのだ。
だけど、それも過去のこと。結局そのルイはサミュエルの要望通りに無事入学することになったのだから、私にはもう関係がないはずだ。
というか、これ以上目立つのは嫌なので話しかけないでほしい。
ルイと友人というだけでも嫉妬の対象なのに、第二王子とまで知り合いだと思われたらたまったものではない。
大きな声で呼ばれて無視しきれず対面することになったが、正直面倒くさい。
ちらっと周囲に視線を走らせると皆の注目はすでに集まっていたので、私はすかさず貴族の淑女としてスカートを軽くつまみ上げ、にこっと笑みを浮かべた。
これで掴みはオーケーのはずだ。あの日の記憶は忘れはしないだろうけれど、記憶の上書きの一歩目としては上出来である。
それに驚いたように目を見開いた相手を見て、ほほほほっと私は内心笑う。
屋敷の外での私は借りてきた猫のように大人しいのよ。屋敷内ではちょっと羽目を外しすぎたが、これが本来のエリザベス・テレゼアのあるべき姿。
つまり、周囲の認識は大人しく平凡な令嬢なのよ。あわよくば、あの出来事は夢だと思ってほしい。
「どうされました? 何かお話があるとか」
「ああ、あの日は悪かった」
さっさと用件をどうぞと促すと、ぼそっと不機嫌そうに言われる内容に、んんっ? と首を傾げる。
すると、きっ、と睨みつけ「だから、悪かった」と謝ってきた。
まったく謝っている態度には見えないが、じっと見つめているとそっぽを向いた王子の頬はほんのり赤くなっている。意味がわからない。
「それは、何の謝罪でしょうか?」
「ああ。勘違いで卒倒するほど追い込んだことだ。ご令嬢に取るべき行動ではないとルイにキレられた。あと、その、生足を見て悪かった」
最後のほうはもう蚊が鳴くような声音で早口で言われ、私はぽかーんとサミュエルを見上げた。
──んんんんっ? もしや第二王子は不器用タイプ?
猪突猛進な行動といい、不器用そうだ。そんなことを考えていると、何か言えよとばかりに、また、きっ、と睨まれる。
頬は赤いので恥ずかしいようだ。
それでも己の恥ずかしさよりも謝罪を選ぶ潔さ、悪い人ではないのだろう。
「いえ、私も混乱していておかしな行動を取ってしまいました。あの日のことはお互いに忘れましょう」
ぜひとも、そうしてほしい。
さあ、忘れるのだと懇願するように見つめると、横からさっと伸びてきた手が視界を遮った。それと同時に、ぐっと手を掴まれ引っ張られる。
「エリー、探したよ。一緒に行こう」
「えっ、ルイ?」
「ルイ」
突然の乱入に、サミュエルが戸惑ったような声でルイの名を呼んだ。
「……サミュエル。何をしているのかな?」
ととっと私の身体が斜めになるのを、ルイがふわっと笑いながらしっかりと支えた。でも、自身の従兄弟の名を発した声は冷ややかだ。
そんなことよりもですよ。揃わなくてもいいのに、友である第三王子のルイの登場で、一層周囲の視線が増してます。
気のせいにするにはしっかりと視線を感じるので、注目されてます。
──ちょっ、ルイ~。あなたこそ何してるのかなぁ?
学園の門をくぐって五歩。つまり、続々とやってくる学生たちの視線は必然と王子たちに挟まれている自分に向いているわけで……。
空気になるのよっ空気、と私は気配を潜めた。
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