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第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる

友人関係

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 学園に入学してから一か月が経った。
 ここでのリズムにも慣れ、それなりに学園生活を過ごしていた。ただ、まったく問題がないわけではない。
 第一王子のシモン・ランカスターと席が隣とか、隣とか、隣とかっ! よりにもよって隣。何度も言うが、隣。
 ご本人がどうとかではなく、これ以上目立つことを避けたかった私にとっては不運でしかない。

 うらやましそうに周囲から見られるし、妬みも混じっていると感じるときもある。
 だけど、公爵家という身分でそうそう表に出されることもなく、それはありがたくも面倒くさくもあり微妙な気持ちになるのも否めない。

 ルイたちと仲が良いことで多少はシモンと話すことはあるが、余計な妬みを買うのも目立つのも嫌なので、必要以上に接触しないようにしていた。
 それに、第一王子の周囲にはいつも人が集まり、私の周囲にもルイを始め、サミュエルといった容姿の整った権力のある友人が集まる。

 もう、ここだけを切り取ると神々しい。
 彼らに群がる人たちは、含むところは置いておいて、地位や能力に自信のある者が多い。水面下のあれこれを思うと、王子たちもだけど、私も当事者の一人として思うことはあった。

 ひっそりするためにほぼ交友を避けていたとはいえ、王族を除き高位貴族の人物とは面通しはしてはいたので、それなりに話せる同性の知り合いはできた。
 だけど、込み入った話をしたことはないので、いまだにクラスメイトという域を出ていない。

 それに、目立たずと思うと何を話していいのかわからないのもあった。
 一応、学園では淑女らしくおしとやかにしようと心がけているため、口数も少なくなり動きや発言も大人しめになので余計である。

 その中でも積極的に私に関わろうとしてくるのが、ドリアーヌ・ノヴァック令嬢。初日に親しげに声をかけられたことからよく話すようになった。
 同じ公爵家の娘ということもあり、とっつきやすかったのだろう。

「数年前に我が公爵家主催のお茶会以来ですね。なかなかお顔をお出しにならないから、体調でも崩しておられるのかと心配しておりました。公爵家の者同士仲良くしましょうね。ドリアーヌと呼んでいただいて結構ですわ。私もエリザベス様とお呼びさせていただきます」
「お久しぶりですね。よろしくお願いします。ドリアーヌ様」

 心配といいながら、視線はすでにルイたち王子のほうへと向いており、ちょくちょく鼻につくような言い方にあまり乗り気はしなかったが、声をかけられた以上知らぬ振りはできない。

「エリザベス様は公の場に慣れてないと思いますから、是非頼ってくださいね」
「ありがとうございます」

 つまり、引きこもりにはコミュニケーション能力はないだろうから、私についてきなさいねの略である。
 そして、その分あなたのコネをよこしなさいと視線が語っていた。
 ドリアーヌにとって、王子と友人であり、学園では聖女と呼ばれるほど神格化したマリアの妹と友人になることがとても魅力的であったようだ。

 やたらと私のことを持ち上げようとする。
 そして、ルイやサミュエルがいる際にしなを作り可愛い声を出す媚び入り方は、わかりやすくて見ていて気持ちよいくらいだった。

 そう簡単にお近づきになれないご身分の二人。
 現王の子である第一王子のシモンは競争率が高く、受け答えはしてくれるが相手が完璧であるがゆえに、ドリアーヌに限らず女性陣の誰もが距離を縮めることが許されていない。
 しかも、彼の側近が常に見張っているのでなかなか壁が高そうだ。

 それならばと、私と親しげに話すルイとサミュエルのほうが、きっかけも可能性もあるということなのだろう。
 見目も良いとなれば、王子たちにピンクフィルターがかかるのはあっという間であった。
 親元を離れ、気分も浮かれ、色恋に染まっていくのはある意味自然な流れなのかもしれない。

「まあ、エリザベス様とルイ殿下は八歳の頃から親交がおありでしたのね。私もその時にお会いしたかったですわ。こんなに美しいエリザベス様のお姉様である噂のマリア様もお近くで見てみたいです。ルイ殿下は何度かお会いしたことがあるのでしょうか? きっとルイ殿下と並ぶと一枚の絵になるでしょうね」
「どうだろうね」

 ルイは表情こそ笑っているが、淡々と切って捨てるような相槌のみで会話が発展しない。
 よくよく話を聞くと、最初に私のことを持ち上げてはいるが、後半はルイと姉のマリアの話となっていて、目的は自ずと知れる。
 
「まあ、サミュエル殿下は毎日鍛えておられるのですね。鍛えている殿方は素敵ですわ」
「そうか」

 毎回同じようにあしらわれているのに懲りないドリアーヌは、次はとばかりにサミュエルを褒めちぎる。
 こちらもこちらで取り付く島もなく、ぶすりと答えるだけ。面倒だというのをまったく隠す気もないらしい。

「まあ、エリザベス様は博識ですわ。羨ましいですわ。やはり殿下たちと仲が良い方は美しさと教養を備えてらっしゃるのですね」
「ドリアーヌ様も美しく教養があって素敵ですね」
「エリザベス様に褒められて嬉しいですわ」

 ルイとサミュエルがまったく相手をしないので、私がお世辞にお世辞を返し終わらせようとするのはいつものこと。
 ドリアーヌは最後にぽっと顔を赤らめて、同意を求めるべく王子たちに視線をやる。

 本当にわかりやすい。
 彼女の意図に二人は気づいているのかいないのかわからないが、少しも協調性を見せず相手をしないので、最後はドリアーヌがしょんぼりしていつも話が終わる。
 それでも次々と話しかけてくるめげないドリアーヌ。タフである。

 正直面倒くさい。だけど、学園生活が始まったばかりということもあって私は耐えていた。
 領地に半ば引きこもりだったので、同年代との交友もなく何が正解かわからないのでもう少し様子を見たいところ。
 それに今すぐ彼女を排除しても、ドリアーヌの気迫に押されてなりを潜めているが、取り入りたい令嬢はほかにもいそうなので同じようなことが起きる気がした。

 このように何事も問題も苦労もなくというわけではなかったけれど、取り立てて急を要する問題があったわけでもなかった。
 なのに、それは唐突にやってきたのだった。


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