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第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる
悪役さながら①
しおりを挟む嬉しそうに、だけど呆れたような表情で笑みを浮かべるルイに、私は宣言した。
「ですから、口は出さないでくださいね。これは私が売られた喧嘩です」
「なるほど。エリーがそこまで言うなら口は出さないけど、そばからは離れないからね。サミュエルもそれでいい?」
「ああ」
サミュエルも私を疑っているわけでもなく自然にこちら側にいてくれてはいるが、付き合いも浅いためどこまで踏み込んだらいいか迷っているようだった。
先ほども協力してくれたので、サミュエルにも何か言うべきかとちらりと王子を見たら、ルイが先に話をまとめてくれた。
止められないならばそれでいい。
解決する前の女性同士の争いに、第三者、しかも王族が先に手を差し伸べてしまったら、周囲も公正な判断ができずわだかまりもできそうである。
何より、これは自分が売られたものだし、クラス編成の不正を疑われているのならここでルイたちを頼るのは賢明でないだろう。
「ええ。それでいいわ。ありがとうございます」
ふたりの王子に感謝を込めて礼と告げ、私は口元に笑みを刻みにっこりと笑った。それから、ぽかんと口を開けてこちらを見ているドリアーヌを見た。
クラスの全員から注目を浴びているのがわかる。後ろ暗いところのない私は、堂々とドリアーヌのもとへと向かった。
先ほどまでざわざわしていたが、教科書を乾かすあたりからシーンと静まり返り、今は誰もが固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。
公爵令嬢同士。口を挟めるとしたら、王子たちしかいない。
三人いるうちの、王子二人は静観すると宣言した。
第一王子のシモンは先ほどと変わらずドリアーヌのそばにいるが、その視線は目の前に立った私に向けられ、水色の瞳が何をするのかと、見極めるためだけに注がれている。
湖面に空を映すような壮大さを感じられるそれに、私はこくりと息を呑み込んだ。
──いいじゃない。その公正な目を持って判断してもらいましょう!
私はシモンに騒動の詫びとして小さく礼をとる形を示すと、ドリアーヌの前に立った。
媚びることを忘れてしまったのか、彼女はぽか~んと口を開けてこっちを見た。そして、その瞳が徐々に戸惑いをあらわにし視線を彷徨わせる。
「……??」
さっきまでの泣き落としの威勢はどうしたのだろうか。
思わず後ろにいるルイ立ちのほうを振り返ると、二人の王子は同時に肩を竦めた。
──えっ、どういうこと? 挑んでおいて今更やめたとかこっちは収拾つかないけど?
勝手すぎる。というか、このままうやむやとか無理でしょう。ここまできて引っ込む私ではない。
「ドリアーヌ様、お待たせいたしました。さあ、話し合いをしましょうか?」
さあ、勝負とばかりにはんなり微笑むと、ドリアーヌがびくっと身体をびくつかせた。
──ちょっと、やめてよね。まるでこちらが悪役で脅してるみたいじゃない。
もしかして、この笑顔はマリア姉様にだけ有効なのだろうか。
だから、サラもさっきは怖くて何も言わなかったとか? いやいや、そんな感じではなかったはず。……不安になってきた。
わからないけれど、出してしまったものは今更引っ込めようがない。
私としてはこの必殺の微笑をここで使ったのは、内心を押し隠して淑女として少しでも柔らかい印象になればと思ってだ。
だけど、効果はまったく反対なのかもしれない。
──まあ、いいわ。相手が緊張感を持ってくれたのなら、この場合はよし。
笑顔の怒り。それもいいんじゃないだろうか。ものすごく効果覿面なのは、母でしっかり学んでいる。
それに公爵令嬢ともあろう者が、公の場で感情的に取り乱してはいけない。
私はきゅっと口角を上げ、目を爛々と彼女の視線を捕まえるように捉えた。
それを受けたドリアーヌが怯んだように一歩下がり、もごっと口を動かす。
「その……」
「確か、私が脅してやらせたという話でしたね」
「あの……」
その、あの、なんて言葉を濁しても、嵌めようとしたのだからもうちょっと気概を見せてほしいのだけど。
私は努めて貴族令嬢らしくあろうと、姉を手本とした艶かな笑みを深めた。
「まったく私には身に覚えのないことなのですが、いつどこで私が脅したのかしら?」
「それは、その、細かくは覚えておりません……」
でしょうね。こちらは脅した覚えなんて微塵もないのだから。
「困りましたね。詳細も覚えておられず、証人がいないのであれば水掛け論ですし。何かドリアーヌ様はそういったものをお持ちなのでしょうか?」
「あ、えっ、いえ……」
立て続けに話かけると、そこでドリアーヌは助けを求めるように周囲へと視線を向け、最後にシモンへと向ける。
シモンはドリアーヌに一瞥もくれず、ただ私を見ていた。周りも同じように、ドリアーヌではなく私の動向に注目しているようだった。
──ほんと、私が悪役みたいな感じよね。嫌になっちゃうわー。
こちらは嵌められそうになって、大人しくやられるような性格ではないのだ。
今までの詰まれないための努力、こんなことでケチをつけられるわけにはいかない。きっちり話をつけましょう。
ふふふふっと、気分はさながら悪役だ。
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