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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重
姉降臨①
しおりを挟む十数分後、ベントソン先生の部屋に訪れた私は肩を落としてちょこんとソファに座っていた。
「エリザベス嬢。豪快なスタートを切りましたね」
ソファに座ると開口一番そう言われ、半ばやけっぱちで「あれっぽっちで豪快だなんて」と、私はほほほほっと笑みを浮かべた。
「それはそれは。今回のことを聞けばさぞかしテレゼア公爵もお喜びになることでしょう」
「えっ…?」
「私には生徒に問題があった場合、ご両親に報告する義務がありますからね」
少し冷たい印象を持つ担任教師のベントソンは、そこで薄い唇をふっと上げた。
それを見た私は、一瞬にしてさぁっと血の気が引く。
「ええっ!? ちょっと待ってください」
「今さら焦っても遅いですよ」
「そんな、殺生な」
「あれっぽっち、なのでしょう。報告しても問題ないでしょう。それに……」
ベントソンがそこで不自然に言葉をきると、すっと視線をドアのほうへとやる。
ぱたぱたと足音とともに近づいてくる気配。軽やかにものすごいスピードで向かっているのだろうこの音は、ものすごく聞き覚えのあるものだ。
――嫌な予感しかしないのだけど。
頭を抱えたくなる不安をよそに、バタンと勢いよく開いたそこから今にも泣きそうな姉のマリアが叫びながら現れた。
「エリー。いじめにあったと聞いたのだけど大丈夫なの?」
私はふっと遠い目をした。
周囲がきらきら光っているのではと思うくらい眩しさを持って、マリアがうるっと瞳を潤ませながら私のところまでやってくる。
──ああ~、これはもしかしなくてもやらかしてしまったのかも……。
ちょっとやらかしたかなくらいが、かなりやらかしたかもと思わせる存在。
姉の登場とともに、私は自分の仕出かした重さをひしひしと受け止めた。
「……報告も何も、マリア嬢には伝わってしまったようですからね」
そう続けたベントソン先生の無情な言葉に、マリアにぎゅむぅっと抱きつかれながら私ははぁっと大きく息を吐き出した。
――いじめってどこからどう聞いて? さっきの今だけど?
訳がわからないし、姉の圧が強すぎて、落ち込んでばかりはいられない。
マリアはすりすりと私の頬に頬ずりしながら、「エリー、エリー」と名前を連呼してくるしで考えがまとまらない。
もう一度溜め息をつき、仕方なく姉と視線を合わせる。
すると、ぱぁっと表情を輝かせるものだから、私は小さく笑った。
「マリア姉様、離してください」
「嫌よ」
「嫌って……。ですが、私がここにいるのはベントソン先生とお話があるからであって、姉様は関係ありませんよね?」
どうして姉が来ることになったのかわからないが、こうなってしまってはどうすることもできない。
教室の一件のこともあるので姉に構われている場合ではないのだけど、マリアはにっこりと微笑を浮かべるだけで一向に離れる気はなさそうだった。
その細腕のどこにそんな力が隠されているのかと思うほど、ぎゅっとくっついてくる。
「エリーの一大事は私の一大事と一緒なのよ。関係あるに決まっているじゃないの」
「ですが、ここは学園ですよ?」
大怪我をしたとかならわかるが、クラスで少々言い合い? をしただけである。
どうやって知って姉がここいるのかはわからないし、知ったにしても早すぎるし、姉が飛んでくること事態だったと考えると落ち込む。
──えっ、これは自分が悪い? それとも不可抗力?
もう、何がどうなっているのか、ここにはどうして来たんだっけと根本から忘れそうになる。
ほわほわと崩壊しかける思考の最中も安定のシスコンであるマリアに、ぎゅむぅっと抱きつかれ、すりすり、すりすり頬ずりされっぱなしで、ベントソン先生がいるのに緊張感がまったくなくなってしまった。
「私もわかっているのよ。エリーがそんな簡単に負かされるタイプではないって。むしろ、エリーの魅力を知って、余計な虫がくっつかないか心配で心配で」
「なんですかそれ?」
虫とは言わないけれど、取り巻きの多い姉に言われるとは心外である。
「エリーはエリーだもの。大人しくできるはずがないと思っていたけれど、このような報告は心臓に悪いわ」
「……報告?」
だから、その報告とはどこから?
「ええ、報告よ。クラスを巻き込んだって聞いて、いてもたってもいられなくって。さすが私のエリー」
いや、さっぱりわからないのだけど、クラスを巻き込んだと言われれば思い当たるところがありすぎて、私は顔を引きつらせた。
――やっぱり、やってしまった?
明らかにクラスの中心で騒動を起こしたというか、起こされたというか、喧嘩を買ったというか……。
しかも、最後はずぶ濡れ。よく考えても、いやよく考えなくても目立っていた。
私は自分のその思考に撃沈する。
ひっそり目立たずのスローガンの旗が、ふりふりとバイバイするように虚しく揺れる。
「さすがと言われても……」
しょんぼりと落ち込んでいる間、マリアの細い指で髪を遊ばれ美しい髪飾りがつけられるが、私には意識の外だった。
たまにきゅっと髪を引っ張られながら、あれくらいのことで身分や友人関係以上のことで注目されるはずがないだろうと、まだ大丈夫だと自分を鼓舞する。
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