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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重
姉降臨②
しおりを挟むまだ学園生活も序盤。豪快なスタートなんて先生も大袈裟に言っただけだと思いながらも、天を仰いで盛大な溜め息を漏らす。
本当は、もう自分でもわかってる。
「エリー。やっぱりいじめられたのはとても辛かったわよね? 大丈夫、私がしっかり仕返ししますからね」
その溜め息にすかさず反応した姉のその言葉に、私ははっと我に返った。
同じピンクゴールドの髪であるが、瞳の色は父親譲りの菫色の瞳を持つ私と違い、マリアは母親譲りの琥珀色の瞳だ。光の加減で金色にも輝く双眸は、きらきらを通り越してぎらぎらと光を放つ。
意識をやっている間に髪は姉の満足いく仕上がりになったようで、満足そうに私の髪に視線をやりながらも目が合うとふんすと意気込みを見せてくる。
せっかくなんとか騒動と偏見を落ち着かせたのに、マリアがこの件に出張ってきたら余計にややこしくなるのは困ると気持ちを震い立たせる。
気づけば、いつの間に淹れたのか、目の前ではのんびり紅茶を飲みながら自分たちを眺めるベントソン先生。
――いやいや、先生もこの状況に何か言うことない?
むしろ、姉が暴走しても困るので口を挟んでほしい。
そう思ってちらちらと視線をやるが、先生は素知らぬ顔でくつろいでいた。
フィリップ・ベントソンとは以前から親交があった。父のレックス・テレゼアの古くからの友人であり、家族ぐるみの仲である。
小さな頃から交流のあるベントソンの人柄は知っているが、今は先生と生徒という立場でもある。
どのような態度を取ればいいのか迷っていたが、彼はここに呼び出したことよりも姉を落ち着かせることのほうが先だと判断したようで、しばらくは傍観者に徹するつもりのようだ。
周囲にマイペースな人が多いよね、と私はふっと息を吐いた。
「虐められていませんから、仕返しもいりません。自分でしっかり片をつけたので大丈夫です」
「そうなの? エリーのためならなんでもするわよ」
「その心遣いはありがたいですが、本当に大丈夫ですから」
なんでもなんて気安く言わないでほしい。姉のなんでもは、私にとって歓迎できない斜め上のことをしてきそうなので本当に脅しだ。
マリアは明らかに不服そうな表情で、私の頬をつんつんと突いてくる。
「エリーはちっともちぃーっとも私を頼ってくれないから寂しいわ。せっかくやっとエリーが学園に来たのになかなか会えないし」
「それは校舎も違いますから。それよりもマリア姉様がどうしてここに?」
「エリーが心配だからに決まってます」
心配してくれるのはありがたいが、そこは決まっていないと思う。
本当にどうやってこの広い敷地の中で姉は情報を掴み、こんなに早く登場したのか。
私の頬を両手でそっと掴み、「ああ、可愛いわ」とうっとりと陶酔するマリア。
少し会わない間に、また美しさに磨きがかかった姉を見ながら、私は淡く苦笑した。
相変わらずのシスコン。
この一か月、週末に帰省することはなかったので、こうして話すのは久しぶりであった。
少し前、学園で遠くからぞろぞろと人を従えるがごとく歩いている姉の姿を見かけたことがあった。
まるであれは信者と教祖だと、姉の堂々とした美しい姿は妹の自分が見ても神々しく感じたのだけど、あれは幻だったのだろうか。
目の前にいる、少しでもくっついていたいとあちこち妹を触りまくり、そのたびにでれぇっと甘えるこの姿は、私の知るマリアそのものすぎて頭が混乱しそうだ。
べたべた触られながら、ちょっと落ち着つこうと深呼吸をする。混乱も収まってくると、私はゆっくりと話しかけた。
「授業はどうしたのですか?」
「エリーの一大事と聞かされて、おちおち授業を受けてられませんから」
つまり、サボったと。
まあ、そうだろうなとは思っていたが、まさか姉が絡んでくる大事になろうとは思ってもみない。
「そうですか。それはご心配をおかけました。まさかマリア姉様のところにまで話がいくとは思いませんでしたが、姉様はどのようにお知りになったのでしょうか?」
さっきから微妙にはぐらかされているのか、そろそろその答えがほしい。
「あら、それは簡単なことです。エリーに何かあったら、馬よりも早く連絡するように言ってあります」
「……誰に?」
馬よりも早くって、早いのだろうけどなんか微妙だと思いから続きを促す。
何より、それを仰せつかっている者、つまり姉の信者が身近に居るかもしれないことが問題だ。
「それは秘密です。だって言ってしまったら、エリーは口止めするでしょう?」
「当たり前です」
常に見張られているようなのは嫌に決まっている。
「ほら。でしたら、私は言うわけにはいきませんね」
「マリア姉様」
相変わらずシスコンが突き抜けている姉をそこできっと睨んでみたが、それさえも反応があったとばかりに、うふふふっと喜ばれる。
私は一抹の不安を覚えつつ、疑わしげな双眸を隠さず見つめた。
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