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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重
チャラい密偵②
しおりを挟む「ええー。でも、マリア嬢はすっごく心配されていたし、男としてあんな美人に頼られるともうダメだよねぇ」
「本当にニコラ様は軽いですね。マリア姉様に手を出さないでくださいね」
「大丈夫、大丈夫。マリア嬢は観賞用だから。どちらかというとエリザベスちゃんのほうが俺は好みかなー」
そこで黙って横で話を聞いていたルイが、にこりと穏やかに微笑みながら口を開いた。
だけどその表情とは反対に、その双眸には非難の色を隠しもせず冷たくニコラを見据える。
「あなたは口から生まれてきたようですね」
「ああ、よく言われます。それでよく女性に振られるんですよねー」
ルイの穏やかな声の嫌味(?)にも軽く肩を竦め、ニコラはへらっと笑いあっさりとスルーする。
わかっていてなのか、わからなくてのその態度なのか。
それにしても、やっぱり軽い。
「エリー。まともに相手しても仕方がなさそうですけど、彼とまだ話したい?」
「うん。心配ではあるけど、交渉はしてみたいと思います」
「おっ、何かな? エリザベスちゃんの言うことなら内容によっては聞いてもいいよー」
こうして会話をしていると、すごく軽いが頭が悪いわけではないことがわかる。細められる目は笑ってはいるが、その奥にあるそれはこちらの反応を含めて値踏みをしているようだった。
私がそう思うのは、商人たちとよく話すからなのかもしれない。
顧客に取り入ろうと笑顔を浮かべながらも、利になる相手かを見極める隙のなさが似ている。しっかりと自分たちの関係を把握し、自分のキャラも理解して立ち回っているように思えた。
「なら、姉様に私にバレたことは告げずに、このまま密偵でいてください」
「えっ、いいのぉ?」
おやっと細い目を精一杯開いたニコラに、私はこくりと頷く。
「はい。姉様のことなので、ニコラ様がダメになればまた違う人に頼むと思います。そうなることは避けたいことなので、誰が密偵であるかわかり、なおかつ情報をニコラ様がコントロールしてくださるほうが助かります」
「あまり現状と変わらないのでは?」
面白そうに目を細め、にまりとニコラが笑う。想像通りの反応に、私は神妙に見えるように頷いた。
「そうですね。それでいいんです。ちょっとというのが私にとっては随分と違うので」
「そうなんだ?」
「はい。ニコラ様もお気づきのように、姉様が私のことをとても心配してくださるのは嬉しいのですが、その、ちょっと、大分、シスコン気味でして。情報が絶たれたらどう出るかわからないですし、ある程度姉様の状態を見て話してくださったら。そういう操作や状態を探るのはニコラ様は向いていると思いましたので」
私の言葉を聞いて、横にいるルイが不機嫌そうに溜め息をついた。納得はしていないけどねとばかりの視線を向けられ、私は困ったように笑うしかできない。
ルイも心配してくれているが、姉の癖のあるシスコン具合を知っているので、最終的には私の考えに同意してくれたのだろう。
しかし、今度はサミュエルが納得いかないと声を上げる。
「エリザベス嬢。この男を信用するのか?」
「いえ。信用というか、適任だろうと思いまして。ルイならわかってくれると思いますが、姉様の私に対する愛情は少し異常ですので。この形が一番だろうと考えました」
「そこまでなのか?」
サミュエルの言葉に、そうなのよと私は力強く頷く。
――これまでどれほどその愛情と心のバランスを保つのに苦労してきたかっ!
何より十六歳の呪縛問題。愛の呪縛はがっしり絡みつき動きにくいものだ。
あれこれ思い浮かべると気持ちが高ぶってしまう。かっと目を見開いて、私は力説する。
「そこまでなんです。どうしてそこまで愛でてくださるのかと私自身ですら疑問に思うことなので周囲もわからないと思いますが、超がつくほど大事にされてます」
「お、おう」
「私も姉様が好きですが、それはそれ。これはこれというところでして。ここで彼を逃してしまうとまた一からですし、私も窮屈というか……」
そこで、サミュエルが私の剣幕に驚いたようにのけぞっているのに気づき、徐々に言葉尻が小さくなる。
ここは屋敷じゃないから落ち着くのよと自分に言い聞かせ、こほんっと咳をすると続けた。
「というわけで、阻止すればするほど過激になると思われるシスコン対策は、多少の妥協が必要なので、それが彼です」
そこで私は、ニコラに向き直り彼の茶の双眸を見つめた。
ここが勝負! と、少しでも彼の変化を見逃したくなくて、ぎゅわっと目に力を入れた。
「姉様にバレたことが伝わる前に対象者を知れたことも良かったです。情報を流すことが変わらなければ、別にニコラ様としては失敗でもなんでもないですよね?」
「まあ、確かにそうだけど。マリア嬢を騙しているみたいで嫌だなぁ」
嫌だと言いながら、ニコラのその瞳は面白そうに私を見ている。これはあともう一押しというところか。
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