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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重

チャラい密偵③

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「そうですか? 嘘をつくわけではないですし、少しこちらの思惑を汲んでくださいと申しているだけです。それにこれからこういうやり取りもあるだろうと、仲良くなったタイミングも作ってと思うのです。そうすれば、情報の提供も多くなりますし質的には上がるし姉様も喜んでくださると思います」
「よくわからないけど、俺は楽しそうなら別にそれでもいいよー」

 ほんと、軽いな。軽くて信用はならないが、もし彼が裏切ったところでまた一からになる程度なので深く考えないことにする。
 その程度が私にとって問題なだけで、ほかには迷惑をかけなければ心労的にはまだマシだ。

「よろしくお願いします。私も姉様を騙したいわけではなく、どうしても私の動向が気になるのであれば、落ち着く範囲で知っていただくほうがいいと思います。ただ、今日みたいなことにすぐに駆けつけてこられたら目立ってしまいますので、それは困ります。なので、ニコラ様にはタイミングや、話す内容を厳選していただきたいと思っております」

 それができますかと見つめると、ニコラはにへらと笑っていた表情を引っ込め不躾に私を見た。
 絡まり合う視線に、先に反応をしたのは相手のほうだった。ニコラがにっと笑ってパンと膝を打つ。

「面白そうだしやるよ。こっちとしてはマリア嬢に喜んでもらえるかつ、エリザベスちゃんとも仲良くなれるんだから乗らないわけにはいかない」
「そうですか。交渉成立ですね」
「何かいろいろスルーされてる気がする」

 糸目がこちらを見てくるが、私は華麗にスルーだ。話がまとまるなら彼のチャラい言葉はどうでもいい。

「ニコラ様のそれは少し慣れました。私としては姉様に変なちょっかいをかけないのであればいいです」
「あれっ? 俺と交渉したのはそういう意味も含めてってこと?」

 姉には信用されているようなのでわきまえていそうだけど、そのチャラさは心配なので釘はさしておきたいところ。

「どうでしょうね。これからほどよくお願いしますね」
「ほどよくね」
「はい。ほどよくです」

 私はにこやかな表情ではぐらかしふふふっと笑むと、ニコラはまじまじと細かった目を広げて私を見つめた。

「そ…」

 何か言いかけたが、ルイによって中断される。立ち上がると、ニコラを立つように促す。

「はい。話は終わったよね。もう帰ってもいいですよ」
「えっ?」
「そうだ。もう用事はないな。帰ればいい」

 サミュエルもそれに続き、ぐいっと腕を掴み立たせた。

「ええっ。もうちょっと話してみたい」
「何を言ってるんですか。さっさと話をと言ったのはメンストーレですが?」
「そうだね。ここまでご足労をありがとう」

 最後の仕上げとばかりにユーグとシモンがにっこりと笑みを浮かべ追い立て、全員に退室モードを出されニコラは不満げに扉のほうへと向かう。
 シモンつきの護衛の者が、すかさず扉を開ける。

 ──おお、連携プレイが鮮やかだ。さすがのチャラニコラもなすすべなし。

 少し爽快な気分でそれを見送り、最後にこちらを見たのでバイバイと手を振った。
 その姿が見えなくなると、ルイが小さく嘆息し忠告するように口を開いた。エメラルドの双眸には心配の色が浮かび上がる。

「エリー。あまり相手をしなくていいからね。あと、彼と話すときは僕も一緒だから」
「ええっ? そこまでしなくても大丈夫そうですけど。口だけって感じだし」
「今のところはね。でも、油断はしないで」
「うん。ありがとう。あと、サミュエル様も」

 横でルイの言葉に合わせてうんうんと頷いているサミュエルにも礼を述べると、「おう」と小さく言ってそっぽを向いた。
 相変わらず、面と向かって褒めると照れるらしい。

「お茶を用意するので、座ってください」

 そこでシモンに呼ばれ、もう一度全員が席に着く。
 私はシモンとユーグに向き直り、改めて礼を述べた。この件に関して、世話になりっぱなしである。

「ありがとうございます。これで少しだけ息をつくことができます」
「私たちは大したことはしていない。なかなか面白いものを見せてもらったとは思ったけど」
「面白いというか。すっごく緩い人でしたね。もう少し落ち着いている人だと思っていたのですが、まさかあんな感じだとは思ってもいませんでした」

 同じクラスでもろくに話したことがなかったので、見た目通りのようなそれ以上のような、なかなか興味深い相手だった。

「そういう意味ではないのですが……」
「どこかずれてますよね」
「そこがエリーのいいところだから」

 シモンとユーグの言葉に、ルイがにっこりと誇らしげに告げる。
 褒められた気がしないのだけどとじとっと睨むと、ルイが小さな声で「本当は僕だけが知っていれば良いんだけど、そう簡単にはいかないね」とぼそっと呟いた。

「何か言った?」
「ううん。なんでもない」

 ルイが何か言ったような気がするが本人が何もないと言うのならと、問い詰めても今は話さないだろう。
 それよりもと、出された紅茶とクッキーを頬張る。
 ここが避けたかった王子たちが集まる敵地であるけれど、そんなことどうでもよくなるくらい、怒濤の出来事と密偵問題が収束したことに私は一気に気が抜けたのだった。


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