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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重
王子のことは諦めました①
しおりを挟むシモンの今まで見たことのない柔らかなその表情と小さな笑いに、私は目を見張った。
シモンは何を考えているのかわからず近寄りがたく、笑顔を浮かべていてもどことなく青の瞳とともに冷静な印象が強く、その完璧さゆえに気後れしていた。
ルイやサミュエルと接点を持ってしまった今では、せめてシモンだけでも距離を置こうと考えていた。詰まないためにもあるが、気負いもあった。
シモンもルイと仲が良いからといって、私に親しげに話しかけることもしなかった。
だけど、席は隣であるし、存在感は人一倍の王子は何を考えているのかどこかで気になっていた。
胸の一番奥にずっと居座っていた息苦しく重たい感情というほどでもないけれど、私なりの気遣いと気後れがあった。
今はシモンに名を呼ばれたユーグが軽く頭を振ってシモンと視線を合わせている。しばらくすると、大きく息を吐き出し端から見ていても肩の力が抜けたのがわかる。
身分だけで従っているわけではない信頼関係がそこにはあった。
それからユーグはちらりと私に視線をやるとふぅっと息を吐き出して、睨むでもなくそっと視線を外した。
うーん。よくわからないけど仲が良いに越したことはないし、睨むのを止めてくれるのならそれでいい。
この一か月で見たユーグ・ノッジは、私がというよりは女性全般を嫌っているようだった。
サミュエルは女性の相手が面倒なのと慣れてないからたまに私が褒めると照れたりしているが、ユーグは明らかに敵を見るような冷たさが含まれている。
だから、睨まれても嫌われていても、個人というよりは性別なのだろうとあまり気にしていなかったのだけど、シモンと話すたびに睨まれていては気分は良くないので、態度が軟化してくれるのはありがたい。
本来ならば王族と距離を取りたいところであるが、ルイと仲良くなった時点である程度避けられないのはなんとなくわかっていた。
今日はシモンに普通に話しかけられて、このように相手を大事に思いやる姿を見て軽くなったように感じる。
現在、詰まないように奮闘中であるが、実際何があるのかわからないので常に気を張っていられない。
ひっそり目立たずは前提だが、今回みたいに警戒していても自分の思うように進まないこともあるので、ある程度はやりたいようにするほうが有意義だとは思う。
もし王子イベントとやらがあって、それに巻き込まれるならば魔力操作を上げておくのも手であるし、毎度毎度頭に飛んでくる物を防御できるようになれるなら、魔法の上達は有効である。
ならば、この国の至宝である王族の魔力や実際の使い方を近くで観察できる位置というのは、こうなってしまった以上しっかり堪能するほうが良いのではないだろうか。
私ははんなり笑顔に紛らわせ、うんうんと一人納得させた。
仕出かしたことは、なかったことにというか記憶を薄めて前向きに次へと向かうのが私なのである。
「エリー。ころころ表情変わりすぎ」
「えっ? そんなにわかりやすい? ちょっと嫌だなぁって思ってたけど、魔法を見せるだけでなく見ることができるならいろいろプラスかなって考え直していたところ」
「嫌だなぁって、正直だね。まあ、今は納得してるのならいいけど」
「あっ」
ルイだけならまだしも、シモンやサミュエル、そしてユーグもいるのだ。
ひとつの思考に捕らわれるとほかのことが疎かになり、そのまま思ったことを口にしてしまった。
あれだけ気をつけなければと思って行動してきたのに、今日はさすがにいろいろあったためか疲れて気持ちが緩んでしまっている。
そっとほかの王子たちを見るが、彼らは何も気にしていないような表情でこちらを見ていた。セーフ。
ほっと息をつくと、そこでルイがふふっと笑った。
嘲笑するようなものではないけれど、見守るような生ぬるい笑いに私はぷくりと頬を膨らませた。
「何?」
「別に。エリーが乗り気になって良かったよ」
別にという際にこてんと首を傾げ、その辺の女性よりも可愛らしい顔で笑う姿は格好いいのに幼い時の可愛らしいルイを思い出させて和む。
でも、エメラルドの瞳はじぃっと真意を測るように私を捉えていた。
そうすると、可愛さがなりを潜めて、男であることを意識させられる。その眼差しに居心地の悪さを覚え、私はゆっくりと瞬きをした。
──ルイってたまにドキッとさせるというか。心臓に悪いのよね。
年々男らしさが勝っていて、今でも十分であるが数年経てばさらに文句いいようのない美形になるだろう。
柔らかなのに意志の強さを感じる眼差しは頼りになるものだ。
そう思っているのにたまにじっと見られると、どうしようもなくそわそわすることがあった。
一度、視線を外し改めて合わせると、ルイはいつものようにふわふわっと綿菓子のように甘く微笑んだ。
──やっぱりルイは癒やしだ。
透き通るような緑の瞳は美しく、新緑の空気を吸っているようなすがすがしい気持ちになる。
王子たちと絡むのも、知っているルイがいるからこそ気持ちがまだマシというのは大きい。私はルイの存在のありがたみを噛み締めた。
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