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第二部 第一章 新たな始まり
進級しました
しおりを挟む何が原因かわからず何度も転生を繰り返す、私、エリザベス・テレゼアは無事進級いたしました。
入学してから早一年。そうです、一年経ちましたとも。
そして、入学当初の私の志を覚えておられますか?
皆様、いっせいの~で。
「「「「「ひっそり、こっそり過ごしたい!」」」」」
よく言えました~。覚えていただきありがとうございます。
たとえ、ここが本当に乙女ゲームの世界であり、そしてモブだと思っていたのに実は主人公の一人であったと知ってもそこは変わりません。
そのために、騒動的なフラグは回避です。詰みたくないのです。
生死がかかっているので、そんな別件で疲れるようなことは遠慮します。
毎度毎度、転生前に頭をぶつけているため、非常に後頭部を心配しております。
ちゃんと生を全うしたい。
それを散々申してきたと思います。そのためにずっと奮闘してきたのを知っていただいていると信じています。
えっ? 何かテンションがおかしい?
正解です。ただいま、ランナーズハイみたいな感じです。お疲れ気味です。ちょっと自分でもわからないです。
めでたく十五歳を迎え、十六歳になる重要な年。
ある意味、第一の勝負年であるとともに、第二の勝負と対面する年であった。
ソフィアが入学してきたからといってすぐに何かが始まるわけではない、と思う。思うのだけど、どうしても緊張してしまう。
私は憂える主人公のごとく、窓から見える空を眺めていた。
──ああ~、考えたくない。あっ、あの雲、生クリームみたいで美味しそう。
廊下を歩きながら現実逃避をし、首をあっちに傾けこっちに傾け、気づかぬうちに長い溜め息をついていた。
「はぁぁぁ」
「「「「…………」」」」
「はぁぁぁぁぁぁぁ~」
「「「「…………」」」」
「くわぁぁぁぁっ、はぁぁぁぁ」
この国の、第一王子のシモン、第二王子のサミュエル、第三王子のルイが何か言いたげに私を見て、互いに視線を交し軽く肩を竦めた。
これくらいのことでは、長い付き合いのあるルイは当然のこと、ほかの王子たちも気にしなくなった。
だが、慣れたとはいえこの方の指導は入る。
「エリザベス嬢、殿下たちの前ではしたない」
「すみません」
「もう少し公爵家のご令嬢だという意識をお持ちいただき、何より殿下たちの友人であることを考慮していただかないと」
「はい。肝に銘じます」
シモンの側近であるユーグ・ノッジに、何をしているんだと軽蔑の眼差しを向けられ、私は素直に謝る。
ユーグが望むようなレベルのものはさておき、目立たないためにもそうあるべきだとは思うのでありがたく拝聴した。
それとは別に、王子たちとはひっそり友人ポジであればよいと思っているのに、ユーグにまで親しいと受け止められているのは複雑である。ナンテコッタイ。
「まあ、今に始まったことではないしな。だが、今日はいつにも増して変だぞ」
──いつにもまして変? 失礼しちゃう。
ちらりと声の主であるサミュエルを見ると、おかしそうに口の端を上げた。
燃えるような赤い髪が太陽の光に照らされてさらに鮮やかにきらめく。
「それに、くわぁぁ、はないだろう?」
「そんなこと言いました?」
サミュエルがくっと笑いを漏らし、切れ長の赤みかがった双眸を向けた。
まっすぐに向けられる視線。この一年で随分私の存在に慣れたようで、あの追いかけ回された日が嘘のように親しげだ。
――今思えばあのツンツンした感じも悪くなかったよね。
懐かしむようにサミュエルをじぃぃっと見つめると、彼はぽっと耳元を赤くしてそっぽを向いた。
「そんなに見るな」
「聞いただけです」
「エリザベス!」
「なんですか?」
「もう、いい」
さらににっこり笑みを浮かべて見つめると、またそっぽを向いてしまった。でも、怒っているわけではないのは空気からわかる。
わかってる。サミュエルのこれは照れてるだけだ。
よし、勝った! そして、やったぁ~。
まだサミュエルのツンデレ健在だ。このまっすぐなところに救われることが多いので、彼には是非ともこのままでいてほしい。
「くわぁって言っていたね」
「……だとしたら、無意識です」
諦めたサミュエルに変わり、動くたびにさらさらと音が聞こえそうなほど艶やかなストレートのブロンドの髪をなびかせたシモンが、柔らかな笑みを浮かべて同意する。
「エリザベスはよく思考の中に入ることがあるから、そういうことも多いよね」
「冷静な分析をありがとうございます」
「どういたしまして」
嫌味も通じない王子の華麗な返答。
も、って何? と、私はむっとわずかに頬を膨らませると、シモンはさらに爽やかに笑みを返された。
──ああ、相変わらず完璧ですね~。
思慮深いコバルトブルーの双眸を柔らかに細めた姿に、目がやられそうになった。
金髪碧眼のシモンの背後からライトアップされているのではと思えるほどの眩しい笑顔。彼に口や態度で敵うことはない。
やり取りや呼ばれ方からもわかるように、秘密の庭園に呼ばれて以降、この一年ですっかりサミュエルとシモン、そしてユーグと距離が近くなってしまった。
何でだろう?
一応、私なりにがっつり入り込まないように一線を引きながら過ごしてきたのに、気がつけば周囲も認める王子たちの友人ポジション。
シモンに関しては一番注意深く接してきたはずなのに、相手のほうがいつも上手で気がつけば会話が増えていた。
まあ、あれからすっかり懐いてくれた双子の天使との関係を考えると、その兄であるシモンとの関係を適当にしにくかったのもある。
完璧すぎて何を考えているのかわかりにくいのはそのままなのだけど、すっかり普通にやり取りしてしまっている。
ようは慣れたってことなんだろうけど……。
――すっごく複雑だ。変なフラグ踏まないよね?
ややこしいのは嫌だ。ひっそりこっそり、そしてのんびり過ごしたい。
その気分のまま眉を寄せた私に、ルイが顔を覗き込むように尋ねた。
「いったいどうしたの?」
「うーん。後輩ができるとシャキッとしないといけないなとちょっと気が重い、みたいな?」
ルイの緑青色の明るく鈍い緑の軽めのくせ毛の髪から香る、ふんわりと優しい匂いが私を包み込む。
透き通ったエメラルドの瞳と彼の雰囲気にほわわんと気を緩めた。少しだけ肩の力が抜ける。
ルイの柔らかな雰囲気は清涼剤のようだ。
やっぱり優しく可愛さを兼ね備えた友人の安心感たらない。
この一年で身長も伸び、顔つきも精悍になってきて格好良さと可愛さの比率が変わりつつあるが、ルイのそばは癒やされる。
だけど、放たれる言葉は付き合いが長いのでそんなに甘くはない。
「エリーでも緊張するんだね?」
「ルイ。それはどういう意味?」
「ん? 可愛いねっていう意味だよ」
「……もっ、……ありがとう」
冗談なんて言ってないでと文句に口を開こうとしたが、にっこりと微笑み返されて言葉を引っ込めた。
文句を言えば言うほど、更に言葉が重ねられそうだ。やっぱり甘かった。
さらっとそんなこと言えるなんて、容姿や雰囲気も相まってあちこちご令嬢を誑かしていそうだ。
大丈夫だろうか? くれぐれも変な令嬢には気をつけてもらわないとと、魅力的になった友人を持つと心配だ。
「で、エリー。本当のところは?」
「えっ? 本当のところもさっきのが理由よ」
本当のところとは何だ?
それなりの理由を述べたと思うのに、全く信用してくれていない。
フラグがどうだとか、ソフィアが入学するからだとは言えない。
今年度の新入生には、平民出身が二人いるようだと噂にはなっていたが、噂になったからといってなぜ私が気にするのかと聞かれたら答えようがない。
ソフィアに対しては何も手持ちのカードがないから、ただただやりよう、考えようがないのだ。
私はへらっと笑ってごまかした。
この一年間、やたらと王子たちと絡むことが多かったけれど、水球事件以降、私は大きなミスもなくやってきた。
姉のマリア対策もチャラい密偵のニコラ・メーストレがうまく情報を操作してくれていることもあって順調だ。マリアは私をもっと構いたくて現状には満足はしていないようだが、もうそこは常に爆発させないように気を配るしかない。
そして、現在。私はずっと視線に悩まされていた。
ちくちく、じっくり。
それなりに今まで視線に晒されてきたし、ある程度は仕方がないと思っている。
だけど、すっごく観察されている。すっごく見られている。
──病むわよ、病む。どうしたらいいの~?
クラスの雰囲気は悪くない。だけど、そのクラスを出ると突き刺さる視線を感じることがあった。
王子たちといることで目立つのは理解しているが、それだけではないものをしっかりと感じている。
だけど、視線だけ。しかもそれとなく周囲を探るとその視線は消えている。
――ほんと、なんなの?
私は頭を抱えたい気分のまま、ひっそりこっそりするために今日も目立たぬように令嬢スマイルを浮かべ廊下を歩いた。
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