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第二部 第四章 忍び寄る影
七不思議の真相と監禁①
しおりを挟むまだまだ可愛い盛りの花の十五歳。
あと数時間で十六歳というところで、事件発生と本来なら焦るところなのだが現状が深刻とはいかないのはいかがなものか。
「本当、あり得ない!」
私は令嬢にあるまじき格好で、深々と溜め息をついた。
十六歳目前。ようやくこの世界で自分らしく好きなように生きようと決めたら、姉のマリアと一緒に後ろから襲いかかられ布袋に入れられた。
どこかに運ばれ目的地に着くなり顔を出すことは許されたが、手足の自由を奪われミノムシ状態でぽいっとゴミを捨てるように転がされて放置中。
そもそもこうなったのは、十五歳の最後に一緒に過ごしたいと駄々をこね出した姉のせいでもある。
大人しくしておけば十六歳を超えていたというのに、寝るだけのあと数時間で何か起こるとは思いもしなかった。
「はぁぁ~」
私は再度溜め息をついた。
この疲れの一端を担っている姉を見るが姉は姉で譲れないことがあるようで、頭上にふよふよと浮き透けている女性に向かって必死に声を上げている。
「そもそも、男というものは上半身と下半身は別の生き物と言いますでしょう。下の欲望にあらがえないものですのよ」
「それでも愛があるならどんな誘惑さえも退けるべきなのよ。彼は私が一番だってずっと言っていたもの。だから、誘惑したあの女のほうが悪いの」
「どっちもどっちでしょう。私から言わせていただければ、それを退けられなかった軟弱な男を好きになったあなたが悪いのです。相手に責任転嫁するのではなく、自分の男を見る目のなさを反省しなさい」
「男を見る目……」
言われた相手、七不思議の一つである女子トイレの幽霊は思うところがあるのか、じっと姉を見ながら考え出した。
──さっきから気になっていたが、その話は今しないといけないこと?
身体の自由を奪われ監禁された状態で、他人の男の話に熱中している場合ではない。
現在の緊張感のなさも姉のせいだ。公爵令嬢たる人が、男の下半身問題に大きな声で言及しないでほしい。
そろそろ現状を見てほしいところだが、熱が入っている彼女たちは話をやめる気はなさそうだ。
「そうです。あなたの男選びは最悪です。この学園に回っている噂はどちらかといえば、三人の中であなたの印象が一番悪いです。なんて不毛なこと。だから、あなたもあんな男をいつまでも引きずってないで次を見つけなさい。役にも立たないむしろ害にしかならない優柔不断な男にいつまでもあなたの時間を与えることは無駄でしかありませんわ」
「そう言われれば、今はあの男の顔を見ても腹が立つだけ……」
「好きというよりは、ムキになっているだけなのでは?」
「……確かに。そうなのですね。目から鱗です! おっ、お姉様とお呼びしても?」
「ダメです。私のことを姉と呼んで良いのは、私のエリーだけですからね。それ以外なら好きにしてかまわないわ」
そこ断るんだ。ある意味ぶれないマリア。
あと幽霊に新しい男を見つけろって、幽霊の? 実体の? どっちも問題ありありだ。
「これが巷で流行りのシスコン」
「シスコン? 意味がわからないわね。エリーが妹だからではなくて、エリーがエリーだから私は愛しているのです。エリーが生まれた瞬間から、私のエリーなのよ。ふふっ、私の頭の中にはたくさんのエリーの姿が蓄積されているのよ。赤ん坊のころのえぐえぐと頬を真っ赤にして泣いている姿とか、オムツを替えているときの無防備にさらしたぷりんとしたお尻とか、何度かじりつきたいと思ったことか。それはお母様に止められたので残念ながらできませんでしたけど」
「………………」
巷で流行りのシスコンって何? そんなもの流行ってないからね。
そして、姉様。やはりあなたの言っていることが一番わからない。お母様が止めてなかったら、私のお尻に歯型をつける気だったとは驚きだ。
その姉の意味のわからない愛情の深さに、幽霊はモンスターでも見るような眼差しで絶句している。ドン引きしている。ドン引きさせていることに、私もドン引きだ。
周囲の様子など関係なく、姉は姉で自分の欲望のままに話すことをやめない。
「もう。あなたは邪魔なのよ。せっかくエリーと二人きりなのにあなたがいたらそうならないじゃない」
「うふふふっ。この世に実態を持たないものを一人として数えてくれるなんて。噂にたがわず聖女なのね」
くねくねっと腰をくねらせ喜ぶ彼女越しに、石で敷き詰められた壁が見える。
着ているドレスもひと昔前に流行ったような、シルエットがぼってりした野暮ったいものだ。
ふよふよっと縛られ身動きできない私たちをよそに、自由気ままに部屋の中をそよいでいる。今は、くねくねっと喜びを表現した変な動きを披露していた。
やっぱりこの状況はおかしい。
本当にこの危機感のなさが悲しくなる。布袋に入れられながら、幽霊に説教し普通に文句を言ってるんだよ?
姉と同じように横に転がされている妹の虚しさったらないわ。しかも、その妹の前で妹への愛情を語っている。そして、ドン引きさせている。
何度も言うけど、相手は幽霊です。そして、現在監禁状態です!
この幽霊、七不思議の話で出てきた別棟の女子トイレと男子トイレの間で逢い引きする幽霊の中に出てくる睨み付けてくる登場人物。
その実態は、噂通り一階の女子トイレの主と男子幽霊を取り合いしている二階の女子トイレの幽霊だった。
先ほどのやり取りからもわかるように、痴情のもつれ。浮気され揉めている間に、三人まとめて事故にあったらしい。
そして、思い出のある学校の別棟トイレの一階と二階を住処とし、男子幽霊にどっちに住むかとここ数年選択を迫っているらしい。
その揉めているところを、人間に何度か見られて七不思議の一つとカウントされているようだ。
この幽霊さん。
今日も今日とて揉めて一階の幽霊に負けていたところ、拉致られている私たちを見て、むしゃくしゃしていたし面白そうだとついてきたとのことだった。
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