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第二部 第四章 忍び寄る影
side双子王子 恐怖の夜①
しおりを挟む時は少しだけ遡る。
エリザベスたちが監禁されているその頃、王城では異変が起きていた。
月夜が冴え冴えと美しい。
その姿を写し取った湖に映る光は幻想的で、それは音など無粋だと思うほどの、しん、と静かな夜だった。
朝から講師による勉強に、魔法や剣術の練習。その後は全力で身体を使って弟と遊びまわったジャックはいつものようにぐっすりと睡眠を貪っていた。
これでエリザベスに会える日はさらに絶好調。彼女といると時間が経つのがあっという間で、いろんなことが新鮮で楽しい。
残念ながらここ数日会えていないが、兄に連れてくるように催促しているのでそろそろ会えるはずだと、その日が楽しみだなと寝台に入って数分後、小さな寝息が聞こえ出した。
スゥーピィー スゥーピィー
心身ともに健康的な日々。時間になったら眠くなって、いつもの起床時間まで起きることは滅多にない。
活動的な双子は起きているときも天使のような容姿に振る舞いだが、寝ていればさらに天使度がアップ。
金の髪はさらさらで、瞳が閉じられ薄く開いた口はあどけない。眠ると幼さが残る輪郭が際立ち、そこにいるだけで見る者に微笑を浮かばせる。
それは隣の部屋で眠るエドガーも同じだ。
上を向いて眠るジャックとは違い、エドガーは少し丸まって小さく寝息を立てていた。そして、たまにごそごそと寝る方向を変える。
昼間は兄のほうがよく動くが、夜はエドガーのほうが動く。
容姿も言動も好みもそっくりであるが、すべては同じではない。
そっくりな双子を見分けるのはごく近しいものだけだが、年齡を積み重ねるごとに少しずつ差異はでてきた。それでも、とっても仲が良いのは変わらない。
その日はシモンの双子の兄弟、ジャックとエドガーにとって、いつもと変わらない日であった。
だけど、この先決して忘れられない日となった。
まず、兄のジャックのほうであるが、ふと夜中に目が覚めた。
目を開けるとまだ周囲が暗いことに首を傾げ、自分でも珍しいなと思いながらなんとなく下腹に水分が溜まっていることに気づいた。
エドガーが止めるのも聞かないで、寝る前に調子に乗ってジュースを飲みトイレに行きたくなって目が覚めてしまった。次からは気をつけよう。
目が覚めて下腹を意識したからには出したくなったので、面倒くさいが行っておくかとジャックは寝台から足を下ろした。
ぽてぽてぽてと覚めきらない身体を動かし、数歩足を進めたところで違和感を覚えて立ち止まる。
「…………?」
なんとなく肌寒く感じて、腕をさする。
そういえば、一人で寝るようになってから夜中に目が覚めるのは数えるほどだと気づき、途端になんだか怖くなってきた。
シーンと静まり、人の気配がしない夜中。
正確には夜勤の護衛はいるのだが、緊急事態ではないと姿は見せないし訓練された彼らは物音一つ立てない。
いるとわかっていても、いるかいないかわからない気配のなさにジャックは心細くなった。
だけど、そんなことでいちいちビビる自分というのも許せなくて、気にしないぞとまた歩き出そうとしたその時、ふと違和感の正体に気づいた。
「あれ? こんなに暗かったっけ?」
窓から多少は外の光が入り込むはずなのに、部屋にうっすらとついている常夜灯の光だけしか感じられない。
だからか、と納得しかけて立ち止まる。
「えっ? やっぱりおかしい?」
なんで? と思考が動き出し慌てて窓へと視線をやり、ジャックは、「ぎゃぁぁぁぁー」と声を上げた。
「えっ、何? なになに?」
窓にはべったりの綿? ん? 暗くてよくわからないが白っぽいものが一面広がっている。
それが、ジャックが声を上げたことで激しく動きだしたのだ。
ガタ、ガタガタガタガタガタガタ
少し遠くで、コツ、コツコツコツコツコツコツという音まで聞こえてくる。
それは次第に窓を割ってやろうとばかりに、ガツガツガツッと叩きつけるような動きになった。
ありえない。防御魔法で攻撃に強いはずなのに振動するなんて。
ガタガタ、コツコツ。ガツガツ。
夜中に得体の知れない音は恐怖でしかない。
ましてや、ジャックの隣にはいつもいる双子の相方はいないのだ。
日々頑張れるのも、いたずらを楽しめるのもエドガーがいるから、安心できる相棒がいるから堂々としていられる。
ジャックは一気に心細くなった。
「えっ、何? なんなんだ?」
声を出さないと冷静でいられない。
ジャックが見ている前で、綿みたいなのが少し離れたと思えば、バシンバシンと体当たりするかのように打ち付けてきた。
「うわぁぁー」
明らかな意思を持った動きに、いつでも魔法を発動できるように右手は構えた。
ジャックの魔法属性は土。壁を作って万が一の時には防御くらいにはなるはずだ。
部屋には、そのために上質な土を運び入れている。日々の鍛錬のためでもあり、こういう時のためでもある。
緊張したなか、それはまた離れたかと思うと、ムギュゥっと大きな肉球が窓にへばりつきミシミシッと窓にヒビを入れた。
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