150 / 185
第二部 第四章 忍び寄る影
前触れ③
しおりを挟む「大人しく捕まっておけ」
サミュエルが、持っていた剣を予備動作なしで一閃した。だが、それさえもするりと一歩下がり男たちはかわす。
それを合図に彼らの護衛たちが一斉に獲りにかかるが、男の右手が無造作にひるがえった。
ころりと小さな音を確認する間もなく、周囲をさらに闇が包み込んでいく。
物体は確認できなかったが、実みたいなモノを投げたのだろう。いったいいくつストックしているのか。
「残念。今日は分が悪いので撤退」
男はちっとも残念そうではなく、すっと流すように私を見た。
もやもやと男の周囲の闇が濃くなっていく。
仕組みもよくわからないが私にその効果を消すことができるのなら、男はその効果を増長させられるのかもしれない。
そこで私ははっとした。
慌てて駆けつけようとしたが、それをルイに止められる。
「エリー。じっとしてて」
「……でも」
このままではよくない。彼の力に対抗できるの私が出るほうが、彼を止める確率が上がるはずだ。
そう思ってルイを見上げるが、腰に回されていた手は私の手を掴みぎゅっと拘束され、左右に首を振られただけだ。
そのやり取りを見ていた男が、不気味な影を伸ばし目の形だけで笑う。
「そう。君は大人しくしていてね。ここでこれ以上のことをしようとは思ってないから」
「逃げる気ですか?」
場を荒らすだけ荒らして撤退宣言する相手に、私は咄嗟に言葉をぶつけた。
そこで男は暗い愉悦に唇を歪める。
「エリザベス・テレゼア。必ずまた会うことだろう」
「…………っ」
漆黒の瞳が逃さないぞと私を射抜く。
二度と会いたくないが、力が対抗するものとして互いに認識してしまった以上、相手が企みを止めない限り避けては通れないのだろう。
公爵家の娘としてのエリザベス。王子たちの友人としてのエリザベス。光保持者の可能性があるエリザベス。そして、ゲームの強制力とやら。
わかりやすい自分の立ち位置と男の視線の鋭さに、私の肌がぞくりと粟立った。
腰に回されていたルイの腕の力が強くなり、すぐさま男から私を完全に隠すように前に立つ。
ちょっと痛いくらいの手の強さに身じろごうとして、寸でのところでやめた。
後ろから見るルイの背中は静かに怒っていた。少しでも私が動くこと、相手に顔を見せることは許さないと縫い止められる。
ルイの顔は見えないが、その普段は見せない余裕のなさと鋭い空気に目眩がした。
常にない低い声で、ルイが言い放つ。
「次はない」
「ははっ。穏やかで有名な第三王子にしてはひどい顔だな」
「彼女を傷つけておいて、逃すと思うか?」
「ははっ。思うも何もあんたたちは何もできないからね。ほんとに、そろそろ退出しないとこっちもやばいからおしゃべりはおしまいだ」
「ちっ」
サミュエルがあからさまな舌打ち、男たちに向けて火を放つ。
「もう! ここまで届かないとしても熱いからやめてほしいな」
「熱が届くなら、そのうち届くだろ」
「はっ。そうかもしれないけど、今は無理だね」
「やってみないとなんでもわからないだろ?」
「ま、そうだけど。やすやすと待ついわれもない」
「そりゃそうだっ!」
話しながら、サミュエルはぶつぶつと口の中で詠唱を唱え、次々と繰り出していくが闇の前ではその火は届かない。
「待てっ!」
秀麗な顔を険しくたシモンが水の攻撃を放ち、サミュエルが剣に炎を纏わせ斬りかかる。
だが、その攻撃は空を切り、男たちには当たらない。ゆらゆらと実態がゆらめき、掠めることさえできない。
護衛たちが魔法を放ったようだが、それもすべて吸い込まれるように消えていく。
空間に吸い込まれるように、二人が徐々に消えていく。
闇ってそういうこともできるの? 原理がわからない。
それに、ここにきて魔法が幅を利かせてるんですけど……。
生活の補助的じゃなかったっけ? 闇だから特別? もしエリザベスが光保持者設定だったら、対抗するのは私?
少なくとも、相手は私をそういうふうに認識した。
『どのルートもヒロイン、ヒーローたちが彼女を気にかける言葉が出てくるの。しかも、王子は出てくるけど誰とも結ばれないし。そんなのあり得ない。だから、王子ルートは彼女なんだよ。しかも、国も絡んだ大捕物とか美味しいイベントもりだくさんあるはず。二人の主人公も見かけによらずなかなかしぶとくて面白かったけど、さらなるそれはもう神すぎてキュンキュンものだよ』
日本人で高校生だった時の友人の言葉がこだまする。ここで友人の言う彼女とは私のこと。
あ、ありえない。
さっきもちらっと考えたことだけど、国も絡むイベントってこういうこと?
えっ? さっきの苦しかったし、前哨戦って感じで何か始まったようだけど、対峙する側は何も楽しくない。
これのどこにキュンの要素が? 神すぎてっていうのがゲーマーではなかったからわからない。
ああ~、勘弁して。
今世を気持ち的に受け入れたら、速攻イベント発生とか困る。
乙女ゲーム的にはイベントなんだけど、こっちとしては深刻なわけで……。
「エリー!」
ぎゅっと腰に回るルイの腕に支えられたまま、私は目眩を感じふらりと意識を飛ばした。
63
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる