詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第四章 忍び寄る影

前触れ③

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「大人しく捕まっておけ」

 サミュエルが、持っていた剣を予備動作なしで一閃した。だが、それさえもするりと一歩下がり男たちはかわす。
 それを合図に彼らの護衛たちが一斉に獲りにかかるが、男の右手が無造作にひるがえった。

 ころりと小さな音を確認する間もなく、周囲をさらに闇が包み込んでいく。
 物体は確認できなかったが、実みたいなモノを投げたのだろう。いったいいくつストックしているのか。

「残念。今日は分が悪いので撤退」

 男はちっとも残念そうではなく、すっと流すように私を見た。
 もやもやと男の周囲の闇が濃くなっていく。

 仕組みもよくわからないが私にその効果を消すことができるのなら、男はその効果を増長させられるのかもしれない。
 そこで私ははっとした。
 慌てて駆けつけようとしたが、それをルイに止められる。

「エリー。じっとしてて」
「……でも」

 このままではよくない。彼の力に対抗できるの私が出るほうが、彼を止める確率が上がるはずだ。
 そう思ってルイを見上げるが、腰に回されていた手は私の手を掴みぎゅっと拘束され、左右に首を振られただけだ。
 そのやり取りを見ていた男が、不気味な影を伸ばし目の形だけで笑う。

「そう。君は大人しくしていてね。ここでこれ以上のことをしようとは思ってないから」
「逃げる気ですか?」

 場を荒らすだけ荒らして撤退宣言する相手に、私は咄嗟に言葉をぶつけた。
 そこで男は暗い愉悦に唇を歪める。

「エリザベス・テレゼア。必ずまた会うことだろう」
「…………っ」

 漆黒の瞳が逃さないぞと私を射抜く。
 二度と会いたくないが、力が対抗するものとして互いに認識してしまった以上、相手が企みを止めない限り避けては通れないのだろう。

 公爵家の娘としてのエリザベス。王子たちの友人としてのエリザベス。光保持者の可能性があるエリザベス。そして、ゲームの強制力とやら。
 わかりやすい自分の立ち位置と男の視線の鋭さに、私の肌がぞくりと粟立った。

 腰に回されていたルイの腕の力が強くなり、すぐさま男から私を完全に隠すように前に立つ。
 ちょっと痛いくらいの手の強さに身じろごうとして、寸でのところでやめた。

 後ろから見るルイの背中は静かに怒っていた。少しでも私が動くこと、相手に顔を見せることは許さないと縫い止められる。
 ルイの顔は見えないが、その普段は見せない余裕のなさと鋭い空気に目眩がした。
 常にない低い声で、ルイが言い放つ。

「次はない」
「ははっ。穏やかで有名な第三王子にしてはひどい顔だな」
「彼女を傷つけておいて、逃すと思うか?」
「ははっ。思うも何もあんたたちは何もできないからね。ほんとに、そろそろ退出しないとこっちもやばいからおしゃべりはおしまいだ」
「ちっ」

 サミュエルがあからさまな舌打ち、男たちに向けて火を放つ。

「もう! ここまで届かないとしても熱いからやめてほしいな」
「熱が届くなら、そのうち届くだろ」
「はっ。そうかもしれないけど、今は無理だね」
「やってみないとなんでもわからないだろ?」
「ま、そうだけど。やすやすと待ついわれもない」
「そりゃそうだっ!」

 話しながら、サミュエルはぶつぶつと口の中で詠唱を唱え、次々と繰り出していくが闇の前ではその火は届かない。

「待てっ!」

 秀麗な顔を険しくたシモンが水の攻撃を放ち、サミュエルが剣に炎を纏わせ斬りかかる。
 だが、その攻撃は空を切り、男たちには当たらない。ゆらゆらと実態がゆらめき、掠めることさえできない。

 護衛たちが魔法を放ったようだが、それもすべて吸い込まれるように消えていく。
 空間に吸い込まれるように、二人が徐々に消えていく。

 闇ってそういうこともできるの? 原理がわからない。

 それに、ここにきて魔法が幅を利かせてるんですけど……。
 生活の補助的じゃなかったっけ? 闇だから特別? もしエリザベスが光保持者設定だったら、対抗するのは私?
 少なくとも、相手は私をそういうふうに認識した。

『どのルートもヒロイン、ヒーローたちが彼女を気にかける言葉が出てくるの。しかも、王子は出てくるけど誰とも結ばれないし。そんなのあり得ない。だから、王子ルートは彼女なんだよ。しかも、国も絡んだ大捕物とか美味しいイベントもりだくさんあるはず。二人の主人公も見かけによらずなかなかしぶとくて面白かったけど、さらなるそれはもう神すぎてキュンキュンものだよ』

 日本人で高校生だった時の友人の言葉がこだまする。ここで友人の言う彼女とは私のこと。

 あ、ありえない。
 さっきもちらっと考えたことだけど、国も絡むイベントってこういうこと?
 えっ? さっきの苦しかったし、前哨戦って感じで何か始まったようだけど、対峙する側は何も楽しくない。
 これのどこにキュンの要素が? 神すぎてっていうのがゲーマーではなかったからわからない。

 ああ~、勘弁して。
 今世を気持ち的に受け入れたら、速攻イベント発生とか困る。
 乙女ゲーム的にはイベントなんだけど、こっちとしては深刻なわけで……。

「エリー!」

 ぎゅっと腰に回るルイの腕に支えられたまま、私は目眩を感じふらりと意識を飛ばした。


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