詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第四章 忍び寄る影

前触れ②

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「……ありがとう。もう大丈夫」

 そう告げると、ルイはじっと探るように私の瞳を覗き込みながら、私の頬をそっと撫でる。

「…………絶対離れないで」
「うん」

 それだけで私がどうしたいのか理解したルイが、諦めたようにふっと笑みを漏らした。

「離さないから」
「……うん」

 息がかかるほどの近さと離さないとの言葉にドキッとしたのを、内心に隠して頷く。

「………では、その言葉通りにね」

 もう一度、ふっと息を吐いたルイが、ぐいっと回した手に力を込めて立たせてくれた。
 その際に、首や手首に視線をやり思いっきり眉を寄せたが何も言わずに黒包帯男から守るような立ち位置で、シモンたちとの状況が見えるように私を支える。
 正直、一度弛緩した身体は力が入りにくく、それに気づいて何も言わずに手を差し伸べてくれるルイに感謝だ。

 捕物は終わり、残るは中心の男二人。
 細身の男の周囲にはいまだに黒い闇が沈殿し、男たちを警戒しながらこちら側の者が取り囲んでいた。
 しん、と空気が張り詰めたなかシモンが怒気を含んだ声を発した。

「さて、あなたたちの目的はなんでしょうか?」
「さあ。予測はついてるんじゃないのかな?」

 細身の男はひょいっと肩を竦め、面白そうに口端を上げて続けた。
 完全に不利な状況だというのに、男に焦りは見えない。くっと楽しげに笑い、シモンを見据え言葉を続ける。

「まさか、あなたたちが総出で助けにくるとは思わなかった。王城にいるはずの双子王子に、その不思議な動物。最初はイレギュラーが多すぎて腹が立ったけれど、これはこれで有益な収穫だよ」

 その言葉に誰かが小さく息を呑む音がしたが、それが誰かと認める前に、サミュエルの目がぐっと見開かれた。

「結界に影響を及ぼしたのはお前たちか?」
「…………はぁ。影響? あんなもの影響のうちに入らないだろう。それにしても、王立と名乗る機関の結界に不備が出るとは驚きだな」
「ふざけるなっ」

 サミュエルが研いだ刃を突きつけるように男に向かって声を上げる。
 男は深く、深く溜め息を一つ吐き出すと、小さく肩を竦めた。
 サミュエルのセリフと男の小バカにした言い回しに、ようやく彼らが何をしたのか、したかったのか見えてきた私は血の気の戻らない顔をさらに白くした。

 ──こ、これって、国が絡んだ大捕物系? その前触れ?

 十六歳手前なんだけど、もう???

 私はルイに支えられながら、心を落ち着かせるように深く深呼吸した。
 隣には、言葉通り離さないとばかりに私を支える腕を離さないルイがいる。たまに私を気遣うように視線が向けられるのにも気づいていた。
 ルイの震えを思い出す。これ以上心配かけるようなことはすべきではない。

 今考えるべきことは、男たちの目的。
 あの、実みたいなモノで結界に綻びを入れようとし、私が半分ほど拾ってしまったから、少ししか影響を与えることができなかった。

 結界の綻びとは不穏すぎる。
 黒包帯男が言うように、結界が破られていたら学園だけの問題ではすまない。国の問題、防衛に関わってくる。

 ランカスター国は世界の中で見てそこまで国土は広くなく、二つ隣には軍事国家のガザンビラ帝国という大国がある。
 虎視眈々と軍事金となる土地の侵攻を狙っている帝国が、国力豊かなこの国に攻めてこないのは、この国の魔力保有者の多さによるところも大きい。
 つまり、簡単に狙えないほど魔力があるということは強みである。そのため、国をあげて人材の育成を行っている機関がこの学園なのだ。

「ふざけるな、ね。こっちはとても真面目なんだけど」
「へえ。真面目ねぇ。いいです。その真面目なものとやらは後でしっかり話を聞くことにします。あなたたち以外はすでに捕獲していますから」

 淡々とシモンの声がひどく冷たく響いた。
 ドアの前に立っていた男も拘束され、外ではもう物音はしない。残りは細身の男と大きい男のみ。

「そうなんだ? さすが権力を持つ者はやることが早い」

 それに対して、細身の男は煽るように酷薄に唇を緩める。

 私はじっと男を見つめた。
 違和感ばりばりの掠れた声も、その漆黒の瞳を前にしたら大して気にならない。

 見れば見るほど、その眸は空虚のようにぽっかりと無が広がっている。吸い込まれたら最後、永久に彷徨い迷う闇に放り込まれそうだ。
 そこに、男の大胆な行動に、何があるのか。

 私は眉根を寄せた。
 わかることは、男はこの国というもの自体に不満を持っていること。うっかり軽率な言動をしたことによって垣間見てしまったが、あれが男の本音なのだろう。
 対峙していて思ったが、身分がある者を男は憎んでいる。身分でいったらこの国の象徴である王族なんて最たるものだ。

 男の言葉にシモンよりユーグがぴくりと反応したが、シモンがゆっくりと手を上げてそれを制した。

「それで、このまま大人しく捕まってくれる気はあるのでしょうか? 騎士たちに無駄な労力をかけさせたくないんですけどね」
「無駄かどうかはやってみないとわからないと思うけどね」

 くすくすと黒包帯男が笑う。
 その余裕ある態度に、私は不安になる。大きい黒包帯男も焦った様子もなく細身の男より半歩後ろに立っている。
 本来なら、上の者を守るように動くはずが下がっているのに引っかかる。
 しかも、あれだけ話していたのに一言も今は言葉を発しない。何か算段があるのだろうか。

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