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第二部 第五章 これから
魔の十六歳の壁④
しおりを挟む治癒してもらって感謝していたら、知らない間に弱点も知られているとか普通に考えるとかなり怖いことではないだろうか。
聖女さま~って陶酔していたのに、一つ道をそれたら己の命を脅かす存在になっているのだ。
知らぬが仏。
すっかりマリアのことに慣れている、ついでに言えば私の奇行にも慣れているペイズリーでさえも、その言葉に若干引きつった顔をしていた。
ペイズリーと視線を合わせ、そっと同時に逸らす。
ちなみにマリアの侍女は誇らしげににこにこしている。やっぱり長く一緒にいると性格は似てくるのかもしれない。
見て見ぬ振りも時には大事。触らぬ神に祟りなし。
マリアは私たちが発言に引いていることなど気にもせず、高々と宣言した。
「だから、覚えようと思ったら数ミリ単位でその者のことを記憶できるわ。細身男は成長途中の可能性があるから確実ではないけれど、大きい男は絶対に今度会ったらわかるわ。セットで現れてくれたら逃さないわ。だから、あの鼻っ柱は絶対物理的にも折らないとね。顔の中央って目立つでしょ? 捕まえてもそこは残して置いてと殿下たちにもすでに言ってあるわ」
「…………」
なにか、さらっと怖いこと言っているような気が……。
いやいや、いくらたまに私のことで過激だと言っても、そんな怖い特技とか物理攻撃宣言とか。
いろいろ突っ込みどころがありすぎるが、これを冗談にするのも深く掘り下げるのも危険なくらいマリアが真剣だ。
そんな姉だが言い切ってすっきりしたのか、今度はとろりと琥珀色の瞳を蕩かせた。
空気が変わり、目を瞬かせる。
「エリー、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
自分自身のことのように嬉しそうにふんわりと微笑むマリアに、私もつられるように笑う。
「プレゼントはもちろん後でね。いろいろあったけど、エリーと無事一緒に十六歳を迎えられて嬉しいわ」
「マリア姉様……」
「ずっとエリーは私の可愛い妹よ。これから何があってもエリーが大変な時は必ず駆けつけるから、心配しないで。それと、これからもエリーに変な虫はつかせませんからね。虫ではなくてもそう簡単にエリーは渡しません。エリーはこれからも遠慮せずに好きなことをやって美しくなっていく姿を私に見せて。デビュタントの時は私にエリーを飾らせてね、絶対よ」
散りばめられる言葉の意味に含むものがあるようにも思えるが、マリアらしい祝福の言葉に私は笑った。
「今からデビュタントの話ですか?」
「そうよ! 残念ながらエスコートは男性って決まっているから、大事なイベントを私色に染めたっていいじゃない。ああ、そういえば、ルイ殿下から言付けがあったの。二人で話したいから屋敷までの道のりをエスコートさせてほしいと」
「ルイが?」
ついでのように言ったが、絶対わざとだ。
マリアもルイと仲は良いが、ちょっぴり試すような意地悪をルイにすることがある。
そのほとんどは私が関わる時なので、今日も自分の言いたいことを言うまでは、ほかのことを考えてほしくなくて今なのだ。
相変わらず、姉の愛が重い。
「ええ。男性が朝の忙しい女性のところに押しかけるわけにはいかないですからね。私の行動を予測して言付けを頼まれたの。なので、特別に許可を出しました。私は別の馬車で先に屋敷に戻っているから、エリーはルイ殿下と一緒に帰ってきなさいね」
「いいんですか?」
いつもならルイの行動の邪魔をするところだが、マリアに思うことがあるのか仕方がないと肩を竦めた。
「ええ。すっごく心配していたのを知っていますからね。昨夜ギリギリだったけど駆けつけたことは及第点です。同じくエリーを思う者として今回は仕方がないわ。エリーもルイ殿下と話をしたいでしょう?」
「はい」
昨夜、できる限りずっと付いていてくれたと聞いている。
そして、自分はルイの姿を見て怖かったとぽろぽろと泣き、弱い部分を見せた上で意識を失ったので、ものすごく心配してくれているであろう王子たち、特に長い付き合いのあるルイとはちゃんと話したかった。
無事生還して、ずっと考えていたこと。
ちらりと姉を見ると、マリアが誇りやかに笑った。
「マリア姉様、大好きです!」
感謝の言葉ではなく、気づけばそう口にしていた。
マリアが驚いたように目を見開き、くしゃりと泣き笑いのように顔を崩す。
続いていつものように抱擁を受けたが、マリアが顔を隠すように埋めた胸元が濡れたことには気づかない振りをした。
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