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第二部 第五章 これから
ルイの本音①
しおりを挟む時おりカタッとわずかな揺れを感じながら、私はそろりと横に座るルイを窺った。
馬車のカーテンは閉め切られ、活気あふれる街並みを見ることも構わず、対面に座るはずのルイがなぜか私の横にピタリとくっついている。
それでいて私を馬車の中へとエスコートしてからルイは、ずっとそっぽを向いて黙ったままだ。
戸惑いながらもしばらくはルイの動向を見守っていたが、本来我慢強くない私は黙っていられず話しかけた。
「ルイ、怒ってるの?」
「…………」
「ねえ、ルイってば」
機嫌が悪いことはなんとなく察していたが、さすがに無視はないだろうと私がぶすくれていると、ルイははぁっと溜め息を吐き、ゆっくりとこちらに向いた。
そのまま鼻先が触れるほどの近さまで、ぐいっとルイの顔が寄せられる。不安定な馬車では、少し揺れるだけでもあっさり触れてしまうほどの距離に私は顎を引く。
「ルイ?」
名を呼ぶ声にも戸惑いが色濃く出て、頼りないものとなった。
それに対してルイはもう一度溜め息をつき、近い距離なのでルイの吐息が顔を撫でていく。
──いったい、どうしちゃったの?
この近さだって自分たちにとってはそこまで気にすることもないものだ。
親しみの延長上のスキンシップは立場を考えるとわきまえないといけないことだけれど、それをするとルイがひどく悲しむので幼い頃からのこれらは今では慣れたものだった。
だけど、これはいつもと違う。
私は間近に降りてきた瞳を見上げた。
透き通る瞳はいつ見ても綺麗であり、新緑を思わせる色は見るものを和ませる。ルイの持つ空気と一緒で、見ているだけで気持ちがほっと緩む。
それでいて、意志の強い瞳は王族特有なのか人を従わせる魅力もあり、ルイに視線を捕らわれ強請られると否と言えない。
いつも見守るようにそばにいてくれた友人に意に沿わぬことをされたこともなく、本気で困るような感情をぶつけられたこともなかった。
向けられる視線はいつも穏やかで、私の行動に時たま呆れを見せても常に自分の味方でいてくれた。
なのに、今はうっすらと幕が張っているようで私の知るものとは違って見えて、落ち着かなくさせた。
すりっと意図的に鼻先を擦り付けられる。
覗き込むように視線を合わせられ、その瞳の奥にゆらゆらと揺れる何かが私を掴んで離さない。
ルイはもう一度すりっと鼻を合わせると、はぁっと私の首筋に顔を埋めた。その際に、左腕で腰をぐいっと引き寄せられる。
それと同時にカタッと大きく馬車が揺れ、さらに密着する形になったがそのまま力を緩められないまま抱きしめられた。
「怒ってるよ。だけど、エリーにではない。何の力にもなれない自分に対してだから」
顔を上げず密着したまま、ルイが首元で先ほどの質問の答えをくれる。
ぞわぞわと物理的にも心理的にもこそばゆくなりながら、私はゆっくりと目を瞑った。離れるな、拒むなと告げる腕の力に、泣き笑いのような苦笑が漏れる。
迷った末、自分からもゆっくりとルイの背に両手を回した。
筋力がつきだした背中にそっと触れると、ルイの肩がぴくりと揺れ、ぐりぐりと肩に額を押し付けてきたので、これで正解だったと力なく笑みを浮かべた。
「助けに来てくれたよ。昨夜も時間が許す限りそばにいてくれたって聞いてる。お礼を言いたかったの。ありがとう」
「……………」
ルイは無言のまま小さく首を振った。葛藤が伝わり、私の胸が熱くなる。
彼が動くたびに柔らかな髪がするすると優しく触れ動き、慣れたルイの匂いに包まれた。
その嗅ぎ慣れた匂いに、存在に、私の気持ちはいつも穏やかになれた。
今ではそればかりではなくなったけれど、それでもルイの存在は近づきたくないはずの王子だとわかってからも大きかった。
あの時も、出会ってからずっとそばにいてくれた。
気づけば、いて当たり前になっていた存在。
「ルイ。聞いて。来てくれて、本当に心強かった」
「……………………エリーがいなくなるのは耐えられない」
しばらくしてポツリと零したそれは、ルイの本音なのだろう。
昨夜のことを思い出したのか、心痛を表すようにルイの腕が震える。それでいて、少しも私を離そうとしない。
腹の奥底がぞわりと熱を押し上げ、私は泣きたくなった。
「心配かけて、ごめんなさい」
震えそうになる声をなんとか整えた謝罪に、ルイは首を振るだけで顔を上げる気配もない。
私は伝わりきらない思いにきゅっと唇を引き結び、ルイの頭に頬をすり寄せた。
すかさず両腕で抱きしめられ、ぐいっと胸が押し上げられ重なり合う。
余裕なく求められる仕草に何があっても変わらずルイは自分を見てくれているのだと安堵し、すぅっと息を吸い込み緩やかに吐き出す。
互いに鼓動が伝わることに恥ずかしさはあったが、今は言わなければいけないことがあった。
「ルイ。聞いてほしいことがあるの」
昨夜からずっと考えていたこと。密着することで伴う緊張とは違ったドキドキとともに口を開くと、ルイの肩がぴくりと反応する。
その振動を感じながら、ルイの気持ちを思うと眉根が自然と下がっていく。
──ずっと、ルイに甘えていたんだわ。
自分のことばかりで、本当の意味で周りを見れていなかった。
シモンと話し気づいたこと、ようやくこの世界を受け入れて、折り合いをつけて、まず思ったことはルイとのことだった。
何かあるだろうと感づきながらも言及せずにずっと私の変わった言動に付き合ってくれたルイに、このまま何も言わなないままでいたくなくなった。
今から考えると、時おり向けられる意味ありげな視線や言葉は隠された思いに溢れていた。
繰り返す転生をどうにかしたくて、その思いに囚われすぎて私は気づかなかった。
その間、気にしていただろうけれど、私の気持ちを尊重してそばにいてくれた。
一時は王族であるのに学園に入るのを延期してまで私のそばにいようとしてくれた人。
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