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第二部 第五章 これから
マリアと過ごす夜③
しおりを挟む今も変わらない状況だなとつらつらと思い出していると、マリアが身じろぎしこちらに向く気配がする。
自分だけが上を向いているのはどうかと思い、私も同じように姉のほうへ身体の向きを変えた。
マリアがふわりと笑い、目を細める。
「だから、私は大丈夫なの」
綺麗な形をした瞳が、揺るがない意思を持って私を見つめる。
「…………それは今までがそうだったから、今回のことが大丈夫という理由にはならないのでは?」
「いいえ。これは覆されないわ」
「運が良かっただけとも考えられますが」
「そうよ。それよ。さすが私のエリーね」
「どれですか?」
何を褒められているのかわからず私が首を傾げると、浮世離れした愛らしさを持ってマリアがにっこり微笑む。
造形が美しいだけでなく、マリアの持つ独特の雰囲気が人々を魅了してやまないのだろう。
「運よ。私は幸運値が高いの。明確な数値は出せないけれど、そういう加護があるのではと神殿から言われたそうよ。八歳の誕生日に父様たちが秘密だと教えてくれたの。悪用する人もいるから、誰にも言わないようにって。年頃になるにつれて、周囲も騒ついてきたから自衛するようにって」
「確かに神殿では時おりそういった神託がされることは聞いてましたが、マリア姉様にもあったのですね。すごく納得です」
それはもともと持った緑の魔力と相まって、聖女化されるはずだ。
初めて知ったが、これまでの記憶も込みでそういうことだったのかと目から鱗が落ちた気分だ。
妙な感心と長年の問題が解決したような気分でいると、マリアがそっと目を伏せて再びその瞳に私を映す。
その姿は精緻な人形のように美しく、普段の妹に対する言動さえなければ、清廉な空気を感じれただろう。
「だからかしら、周囲は私のそばが心地よくて離れようとしないのよ。それに一緒にいることで恩恵を感じるようで、運気が向上しているって言われるわ」
ふふふっと笑いながら、私の両手をぎゅっと握ってくる。
私は姉の行動よりも言葉にひっかかりを覚え、ほどなくして目を見開いた。
「まさか、マリア姉様!」
「なぁに、愛しのエリー」
「……やたらとくっついてきてたのは」
「ええ。もちろんそれも理由の一つよ。だって、エリーは幸せになってくれなくちゃ困るもの。でも、まだまだだわ。昨夜も結局エリーは怪我をしてしまったんだもの」
「それは姉様のせいではないですよ」
もしかしたら昨夜姉がくっついていなければ、私はまた頭ぶつけて転生を繰り返していたかもしれない。
動機に不純物はたくさん混ざっているが、私のためを思っての行動だったのだ。
それが作用していようと、していまいと姉の気持ちは受け止めるべきだ。
「証明しようがないから悩ましいところなのよね。昨夜も肝試しだと怖がるエリーがぴったりくっついてくれるから良いと思ったのよ。運気も向上させて、ついでに私の心のオアシスを潤わせたかったのにあんなことになって悔しいわ。まだまだ精進が足りないのね」
まだ、何かを頑張るらしい……。
十分、愛を感じるのでこれくらい、というか減らしてくれてもいいくらいなのだが、この様子ではまだ増していくのだろう。
「マリア姉様は今のままで魅力も力も、そして私への気持ちも十分だと思うのですが」
「いいえ。まだまだ足りないのよ。もっともっとエリーのために考えるわ」
「……その、十分って言ったのですけど聞いてませんね? えっと、そうですね。そこまで思われて私はとても幸せだということだけは伝えておきたいと思います」
「ええ。伝わって嬉しいわ。だから、これからも出来る限りくっつかせてね」
「…………」
そこに持ってくるのがマリアらしいと感心と呆れが混ぜ返りなんとも言えない表情で黙っていると、マリアがにこぉっと念を押してくる。
「エリー。ちゃんと返事しましょうね。ほら、はいって言って」
「──……はい」
「たくさんたーくさんくっつきましょうね。これでわかってくれたと思うのだけど、私は大丈夫だからどれだけ巻き込んでくれてもいいし、むしろ一緒にいることでエリーの危険が減るはずよ。ふふふっ。大手をふるってこれからもエリーを構えるなんて素敵よねぇ」
本音だだ漏れな姉に笑った。
いろいろ知ったけれど、結局は姉がシスコンなことは頑として変わらないことはわかった。
――うーん。これはどういうこと?
初めて知った姉の加護であるが、その加護があるからこそマリアは余計に助長して私に構ってくるのだろうか。それとも関係ないのか。
転生を繰り返すうちに、重度化していくシスコンの理由もわからないままだが、十六歳越えはマリアのその加護も関わっているのかもしれない。
離れていたらその加護が足りなくなって終わり。絡み過ぎだと、今から思えばだが、マリアを独占したい周囲の影響に巻き込まれ終わり。
なるほど。だから、ほどよく姉と絡むと壁を乗り越えられたのか。
結局のところ、わかったところでどうしようもないことがわかったけれど、少し解明できたようですっきりはした。
姉の話から考えると、やはりソフィアにもきっと理由があるはずだ。やはり避けるのではなく、可能ならば絡んでいくのが正解なのだろう。
明確な目標ができると、妙なやる気に満ち溢れる。
今までにないくらい成し遂げた十六歳への壁の成果に、肩の荷がわずかに降りると緩やかに心地よさが身体中を支配する。
私はマリアにぎゅうっと抱きしめられながら、新たな決意とともに睡魔へと身を委ねた。
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