二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)

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黒と獣人奴隷

8.さっそく

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 これはちょっとあまり人に話してはいけないスキルだと思う。
 聖女スキルのうちの一つ、回復スキルを使うのでそれだけを開示するのがいいだろう。細かなことは、帰って家族に要相談だ。

 ひとまず、私のスキルで正気を失った少年を助けることができることはわかった。
 本来なら彼に行使する前に大人に確認する必要があるが、この状態の彼に何もせず洞窟に出すのは聖女スキルが問題ありと警告してくる。

「どうやら、回復スキルが使えるみたい。それのおかげで彼も正常に戻せるわ。お腹の空きはどうにもならないから屋敷に戻ってから栄養を摂って回復に専念してもらうとして、全員の状態も治しましょう」

 弱って病気にかかっているかもしれないし。
 そう思ったのだが、怖い顔をしたインドラに反対される。

「お嬢様、初めての魔法行使なので、上限がわからないのに何度も行うのは危険です。魔力枯渇になったら大変です」
「それも、そうね」

 私的にはここで試してみたいが、それで倒れたりすれば彼らが困るだろう。
 でも、黒髪少年の回復は私のスキルではないと効かない可能性が高く、そしてかけるなら早ければ早いほうがいい気がする。

 横たわった少年の前に向かう。
 こけた頬を見ていると他人事ではない。
 絶望の中で生かされる苦しみ、私は最低限の生活環境は整えられていたけれど、彼はそれさえなく苦しみを味わっていた。

 ――どれほどつらかっただろうか。

 彼の手を掴むと、ぴくっとその手が動きゆっくりと目が見開かれた。さすがにこれにはびっくりする。

「インドラ……」

 短時間で目を覚ましたことに不安になって縋るように見ると、インドラも驚きで目を見開き驚いていた。
 うん。そうだよね。ものの五分程度で目を覚ますようなやり方をインドラがするわけがないし。
 ということは、黒髪の少年がすごいということで、さてこの手をどうしようと少年を見下ろした。
 インドラは私の近くにきて少年の瞼を大きく開かせ、動向をうかがう。

「うわぁ。もう目を覚ましたんですか。んー、敵意はないようですし、ぼんやりした状態とも衰弱状態なのもあって身体は動かせないようですね。この少年は多分特別なんだと思います。だから、選ばれてしまったのかもしれません」
「体力があるとか、特別に丈夫だということ?」
「きっとそうです。子供相手なので手加減はしていますが、あんなにすぐに意識を取り戻すのは体力のある獣人でもありえませんから」
「なるほど」

 改めて、黒髪の少年を観察する。
 目の下のくまもすごく、開かれた瞳から感情がまったく読み取れない。
 敵意も何も感じないのは、生を諦めているからか。

 ちらりと見ると、少年のうつろな瞳と視線が合う。
 こっちを見ているはずなのに、瞳は濁りまったく焦点が合っていない。
 望まないのに勝手に狂わされて、彼は死に戻り前の世界はどうだったのだろうかと考えるとまた苦しくなった。

「わかったわ。彼ら三人は緊急ではないのなら、彼だけは今」
「ですが、お嬢様……、あっ」

 インドラが私を心配してのことだとはわかっているが、私は顔の下に両手を祈るようにもってきてスキルを発動する。
 少年の周囲がきらきらと輝き、回復魔法が作用したのがわかる。
 ふっと少年の瞳が閉じていき、完全に身体の力が抜けた。つんつんと頬を突いてみるが、起きる様子も見えない。

 ちょっと心配になって胸に耳を当ててみるが、わずかに上下しているので生きている。
 だけど、そう簡単に安堵できない。少し力を入れれば折れてしまいそうなほど薄っぺらく骨ばった身体に、無性に泣きたくなった。
 まだ気を抜くには早いと、ぐっと堪えて顔を上げる。

「もう、かけちゃった。でも、無理はしてないよ」

 こてん、とここでは幼さ押しをしてみる。
 すると、きゅっと口を引き結んだインドラが大きくため息をついた。

「大丈夫でしたらいいんです。ですが、本当に無理はなさらないでください」
「わかった。なるべく気をつける」

 本気で怒られずにすんだようだ。
 こういう時、幼いって特だ。したいことはたくさんあるので、しばらくはこの調子でどんどんやっていきたい。

「……お嬢様には敵いませんね。それで、この少年ですが、どうやら合わない血の反発で苦しんでいたようです」

 じと、と睨まれたが、インドラは仕方がないかと諦め話を進めた。

「そっか。今は疲れて眠ってる?」
「かと思います」

 少年に目をやる。
 さっきまでの嫌な感じは薄れているので、結果として悪くないようだ。

「よかった」
「聖女様」

 とにかく第一関門は突破だとほっと息をつくと同時に、獣人の少年がきらきらした目で私を見てそう言った。横でインドラがうんうんと誇らしげに頷いている。

「違うから!」

 直接治すところを見て警戒心が薄れたのはいいが、そう呼ばれるのは嫌だなぁと私は即座に否定した。

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