二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)

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黒と獣人奴隷

11.責任

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 ちく、たく、ちく、たく。
 時計の音が妙に耳につく。

 ――安心するまではと思ったけど、長すぎない?

 もにょもにょと口を動かしベアティの様子を見るが、視線が合うと彼は微笑むばかりで手の力を緩める気はないようだった。
 熱っぽい視線を前に、姿勢を保つのが微妙に疲れてくる。私はこの状態にとうとう音を上げた。

「ちょっと手を離してくれる?」
「……どこ、いくの?」

 手を引っ込めようと動かすとベアティは不安そうに瞳を揺らし、きゅっと唇を引き結んだ。それでも手を離そうとしなかったが、小刻みに震えが伝わってくる。
 その様子に私は目を見張る。

 ――ひとりにされるのが怖いのね。

 さっき知ったばかりの正体、死に戻り前の彼のクールな態度が脳裏を過るが、ベアティは救出されたばかりでまだ子供だ。
 ましてや今まで自分を虐める人たちばかりで、味方だとはっきりわかり安心できるのは魔法で彼の状態を回復した私だけ。
 離すつもりじゃないよと、私はぎゅっと彼の手に力を入れた。

「この体勢が疲れたから、私もベッドに上がろうと思って。ゆっくり話せるし。嫌?」
「嫌じゃない」

 ぶんぶんと大きく頭を振るベアティに、私は笑った。

「そう。なら、ちょっと詰めてね」
「うん」

 こくこくと頷き、言われた通りに身体をずらし待ちの姿勢でこちらに向くベアティの前に、よいしょと私は身体を移動させた。
 私が動く際も、手を離さず私の行動をじっと観察しているベアティに目を細める。ここまで懐かれると悪い気はしない。

「こうすると近くなると思ったのだけど、その体勢は逆にしんどくない?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないよ。さっきのように寛いで。疲れさせたいわけじゃないから」

 私が下りる動作をすると、ベアティはいやいやと首を振り、身体をクッションに預けるように座った。
 素直でよろしいと動かしていた足を元に戻し、同じような体勢をする。
 だが、二人とも前向きなので首を互いのほうに向けなければならず、ものすごく話しにくい。

「んー、これ余計に疲れるかも。よし。寝転がろう」

 私はベアティの手を促すように引っ張り率先して寝転がると、ベアティもおずおずと身体を横たえた。
 ふんわりと頭が柔らかなクッションに包まれて、思わずあくびする。
 無事に成し遂げられた安心から、横たわった瞬間にどっと疲れが出た。

「退屈?」

 眉を寄せ泣きそうに訊ねられ、私はすかさず弁明する。

「ごめん。ベアティのほうが大変で今も落ち着かないと思うけど、私も緊張していたから無事助けられて安全な家に帰ってきたと思うと安心して……。ほんと、追加の見張り来なくてよかったね」
「うん。数日おきだけど、大抵夕方に交代する」
「そうなんだ? 時間的によかったんだね。わからなかったからずっと緊張したよ。それにしてもベッドが気持ちよすぎる。ベアティは眠くなったら遠慮せずに寝てね。体力回復するためにも今はよく食べてよく寝ないとね」

 横たわった際にシャツの下から見えた身体は、すでに知っているが心配になるくらい細かった。
 この屋敷にいる間はしっかり食べさせないといけないなと考えていると、わずかに期待を乗せた瞳で見つめられた。

「ここにいていいの?」
「父様たちも言っていたでしょ? 責任を持つって」
「エレナ様は?」

 じっと私を見ていたベアティは何を思ったのか、一度起き上がるとごそごそと枕を私の横に移動させた。
 それから再度寝転び直すと、じっと私を見つめる。

「私が最初に手を伸ばしたの。何の安全の保障もないまま、私から手を離すつもりはないわ」

 殺してくれといったベアティを生かしたのは私。
 彼が生きたい、生きていける場を見つけるまでは私には彼を見守る義務がある。

 私の答えを聞き、ベアティは満足そうに微笑んだ。
 少なくとも、今すぐ死にたいというのはなさそうで安心する。

「それはそうと、近くない?」

 ものすごくいい笑顔なのだけど、ここまで近づく必要があったのか。
 吐息が触れるほど近い距離。先に位置を決めたのは私で、さすがにこの状況で私から離れるのは気が引けた。
 目の前で美しい双眸が不安そうに揺れる。

「できるだけそばにいたい。これが夢じゃないって感じたい」
「近くだと安心できるの?」
「うん。だから……」

 その後の言葉は、ベアティの口の中に消えていった。
 だけど、帰る場所がないというベアティが言いたいこと、彼にとって私が唯一の安心できる人だというのなら、その言葉の先は簡単に想像がついた。

 ――もう! 拒否できないじゃない。

 私を嘆息し、金黒オレンジと不思議な色合いをした美しい瞳を覗き込んだ。

「ベアティの瞳、とっても綺麗ね」
「ほんと? エレナ様は好き?」
「そうね。いつでも見ていたいくらい気に入ったわ」

 期待のこもった瞳に頷くと、ベアティは嬉しそうに顔を綻ばせた。

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