16 / 51
白銀と元婚約者
15.忠誠心
しおりを挟む記憶を思い出してから一年以上が経ち、私は八歳になっていた。
お茶会の誘いを断って以降、マリアンヌが接触してくる様子はない。
やはり、あの時さっさととんずらしたのが正解だったようだ。
彼女の取り巻きの一人だった黒と呼んでいたベアティと出会う予想外なことはあったが、それ以外は順調だ。
違法奴隷商は摘発し、父が子爵領での違法奴隷の禁止を徹底し追い出した。獣人たちとの関係も良好。
公に立場を示したことで、今後、簡単に濡れ衣を着せられることはないだろう。
ベアティたちをあんな目に遭わせた人物はわからないままだが、捜査を国全体に広げるとなるとそう簡単なことではない。
あまり深追いすると厄介な者に目をつけられかねないし、今のところこの子爵領で問題はないのでこれでいい。
私の目標は、あくまで自分と自分に関わる人たちの平穏である。
死に戻り前のように、身動きできなくて失うことは絶対にしたくない。
「思わぬ形で時間が空いちゃった。どうしようかな」
人生二度目となると勉強はそこまで苦労することはなく、むしろ八歳の勉強は私には簡単すぎた。
そのため本来の予定より授業が早く終ってしまった。
私の学力が予想をはるかに上回っていたと講師はびっくりして、「次回はエレナ様に見合う課題を作ってきます」とやけに意気込んで帰ってしまった。
ほどほどでいいのだが、得られる知識は得ておきたいのでやる気があるならお任せする所存だ。
晴れやかな日にこのまま部屋にこもるのはもったいなくて、私はぷらぷらと廊下を歩いていた。
窓の外を眺めていると、訓練場がふと目に入る。
「そうだ! ベアティたちの鍛錬を見に行こう!」
私が勉強の時間は鍛錬に当てている。そのため、意外とその場を見たことがないのに気づき、私は嬉々として訓練場へと向かった。
「あれからもう半年経つのね」
ベアティは本人が行くところもなく私に非常に恩義を感じていることから、正式に私の従者として子爵家で働くことになった。
すっかり元気になったベアティは、私を守るのだと身体を鍛え、従者としての勉強にも精力的に取り組んでいる。
ベアティは護衛騎士から特訓と執事から指導を受けており、彼らが言うにはものすごく優秀なのだそうだ。
何より、インドラ同様、私への忠誠心が高く、日に日に私の従者としての信頼を周囲から獲得している。
「うわぁ、圧巻」
空中で激しいぶつかり合いをしているベアティとインドラの姿を見て、ひょいっと訓練場に顔を出した私は思わず声を上げた。
二人とも能力があることは知っているが、その滞空時間とスピードに圧倒される。
「インドラったら、わりと本気じゃない」
グレーの耳としっぽを出したインドラの姿に、私は目を見開く。
身体能力の高い獣人族、その彼女が獣化を解く必要があるほど、ベアティが強い相手だということだ。
ベアティの能力がすごいことは報告を受け知っていたが、ここまでとは思っていなかった。聞くのと見るのではまったく印象が変わる。
嬉々として手合わせしている二人の様子に、私は頬を引きつらせた。
おかしいな。インドラは頼りになる姉的な存在で、そこまで戦闘狂ではなかったはずだ。
ベアティは同じ人間なのに、インドラに劣らずの身体能力で訓練している。やっぱりおかしいなと、次元が違う戦い方に言葉を失う。
――本当に人間だよね?
ちょっと不安になるが、今更種族を気にしても仕方がない。捕まっていた時にされた実験が影響を及ぼしている可能性もある。
人間でも、また違った種族でもベアティはベアティだ。
私にとって、一度懐に入れた者はなんであれ裏切らない限り守るべき対象である。
「何にせよ、ベアティも馴染んだよね」
私には、身の回りの世話と護衛となる心強い人物が二人になった。
まさかこんなことになるとは考えなかったけれど、皆楽しそうなので問題ない。
とにかく元気になってよかったと彼らを眺めていると、私が名を口にしたからか、ベアティがものすごい勢いでぐいんとこちらに顔を向けた。
「エレナ様!」
「エレナお嬢様!」
私が来たことに気づいた二人が、ぱん、と上空で拳を交えて衝撃を受け流すようにそれぞれ後方に飛ぶと、すぐさま私のもとへと駆けてくる。
「ごめん。邪魔した?」
「いえ。エレナ様に会える以上の喜びはありませんから」
この半年健康な生活をし、肉付きも顔色もよくなりぐんと背が伸びたベアティは、そこでにこっと微笑んだ。
――うーん。花が飛んでそう……
普段のベアティは、受け答えも端的。雑談することもなくやることだけやったら、私のそばにいようとするのでかなりクール。
一度覚えた仕事は完璧で、私に忠実であろうとするベアティに周囲も文句をつけようがない。
周囲とのそういったやり取りを見ている分、ふと浮かべる笑顔は破壊力がすごい。
しかもこの笑顔、私限定というところが気持ちをくすぐる。
家族や世話になっている使用人たちには愛想程度はあるが、ここまで笑顔を浮かべるのは私だけ。
懐かれている自覚はあり、私に対する健気さに情が移ってしまった。
「私たちはエレナ様の護衛兼世話係です。エレナ様が最優先ですから」
ベアティに続き、インドラが眩しい笑顔で告げる。
気づけば、インドラとの出会いを含め、死に戻り前では縁のなかったやたらと強い人物が私の周囲に一人増えていた。
373
あなたにおすすめの小説
国王一家は堅実です
satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。
その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。
国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。
外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。
国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
【完結】ずっとやっていれば良いわ。※暗い復讐、注意。
BBやっこ
恋愛
幼い頃は、誰かに守られたかった。
後妻の連れ子。家も食事も教育も与えられたけど。
新しい兄は最悪だった。
事あるごとにちょっかいをかけ、物を壊し嫌がらせ。
それくらい社交界でよくあるとは、家であって良い事なのか?
本当に嫌。だけどもう我慢しなくて良い
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
私の妹…ではなく弟がいいんですか?!
しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。
長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる