二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)

文字の大きさ
19 / 51
白銀と元婚約者

18.スリの少年

しおりを挟む
 
 中心部から外れると、人の動く気配がなくなり旧地区に出た。
 住むところがなく地面に座っている人たちも多く、道一本隔てるだけで整備が進んでいるところとの落差が激しい。

「これ以上は危ないので」
「そう」

 私は視線を投じ、ゆっくりと頷いた。
 全員が満足する生活を送ることは難しいのはわかっているが、現実を目の当たりにするとなかなか感情を割り切れないものだ。

 様々な地からそれぞれ事情を抱えてやってきて、ここに流れ着くのは善良な者だけとは限らない。
 罪を犯した者、闇奴隷商のようにここで悪事を企てている者、楽をしようとして働かない者もいるだろう。
 そんな人たちにまで平等に施していたら、この領地のために汗水たらして働いてくれている人たちにとって不公平が生じる。

 いずれはここも整備されるのだろうけれど、しばらくはこういったことは混在する。
 どうしても時間もかかるし、人員や金銭的にもできることは限られている。

 子爵としての父も、私個人としても大事にしたいものの優先順位があるため、少しでも早く環境が整うように進めていくしかない。
 ふぅっと息をつき、踵を返す。
 仕方がない部分でもあるのだけれど、どうしても気分が重くなった。

「エレナ様」
「大丈夫。皆、それぞれできることをやってくれている。まずは頑張ってくれている人たちの生活が安定することが大事だから」

 後ろ髪を引かれる思いで一歩を踏み出すと、どこから現れたのか走ってきた子供が私にぶつかりながら駆けていった。
 汚れていて色はわからないが、耳としっぽがあるので獣人の子供だ。

「お嬢様、スリです」

 インドラが声を上げ私を守るように抱え上げると同時に、ベアティがすぐに少年を追いかけた。すぐに追いついたベアティは、スリの子供の腕を難なく引っ張ってくる。
 財布の所在を確認する間もなく、あっという間だった。

「離せよ」

 少年は身体をねじり、ベアティの腕を解こうとしているが微塵も体勢は変わらない。
 ベアティは暴れる少年に歯牙にもかけず、ずっと私を見ている。
 蹴り上げ抵抗しながら、「この野郎」「痛いな」「弱い者いじめして嬉しいかよ」と少年は叫んでいるが、まるで何も聞こえていないかのようにベアティはすべて無視だ。

「エレナ様どうします?」

 この場合、こういった場所で警戒せずに立っていたほうも悪い。 
 せっかくなので、帰りに市場調査を兼ねて食べ歩きをしようと、少しだけ入れてきたので大した金額は入っていないし、小さな子供だし無罪放免にしても別に構わない。
 だけど、それだと何も解決しない。

「そうねえ。その子にも事情があるのでしょうけど、人の物を盗むのは悪いことだし」
「たまにいるんですよ。新境地を求めてきたはいいものの、次に移動するのに捨てられた子供とか。そういう子供を利用する大人とか。僕たちも気にはかけているんですが、とにかく今は忙しくて入れ替わりも激しいし、すべてに目が行き届かなくて」

 ヒューは悲しそうにスリの子供を見る。
 ずっとお風呂にはいれていないようで薄汚れている。好戦的に睨みつけてくる青の瞳はくりくりで迫力はない。

 瞳の色は私と同じ青系でも、私が昼の空のような水色に対しもう少し濃い青で月の光に照らされた夜空のようだ。
 睫毛なんかは羨むやむくらい長くカールし、汚れていても素地の可愛さはわかる。そういった趣味の大人に目をつけられないか心配になるくらいだ。

「うーん。女の子?」
「僕は男だ」
「そう。男の子ね」

 ただ、やたらと元気で足癖も悪い。ベアティにげしげしと蹴りを入れるのをやめないし、なんとか逃げ出そうとあがいている。
 容赦ない蹴りは痛そうだが、もともと丈夫で鍛えたベアティからすれば全く問題ないようだ。何をされても、ぴくとも動かない。
 ベアティが無視とともに平然としているため、次第に少年は蹴るのをやめ恐怖の顔を浮かべた。

「このバケモノめ!」
「人に向かってそのようなことを言ってはダメよ。ベアティの強さはベアティが頑張って得たものなのだから」

 確かにベアティの身体能力は驚くほどだが、これまでのことを考えるとそのような言葉を投げつけていいものではない。
 痛みやどこか感覚が鈍っているベアティに代わって、私が少年を怒る。

 厳しめに告げた言葉に、少年が気まずそうに顔を伏せた。
 言葉は届くようなのを確認し、私はベアティに視線を移した。

「ベアティの努力は私が知っているもの。私はベアティたちが強いから、こうして自由に動けて好きなことができている。私にとっては最高の存在よ」
「はい! これからもエレナ様のために頑張ります」

 嬉しそうに笑うベアティに、私はよしと頷いた。
 私のためを掲げなくてもいいのだが、まだまだベアティには目標があったほうがよさそうなのでこれでいい。
 少しでも早く自分の居場所を見つけるためにも、強くなるのは悪いことではない。

「ひっ」

 ベアティの無表情からの急変に、今度は怖いものを見るように少年が小さな悲鳴を上げた。
 ベアティから離れようとお尻を後ろに突き出し距離を取ろうとしているが、にこにこと微笑むベアティには敵わないようだった。
 さてどうしたものかと奪い返した財布をインドラから受け取り、一人暴れる少年を眺める。

「やっぱり、悪いことは悪いから罰は受けてもらわないと」

 一時的な施しでは変わらない。
 悪い大人に利用されないよう、お金を稼ぐ術を持たない子供たちだけでも働ける場所を作ればいいのだ。

「そうね。ひとまず実験台になってもらおうかしら」

 私はふふふっと、できるだけ悪い笑みを浮かべた。
 やっぱりベアティに対しての暴言は許せなかったので怖がらせようと思ってだが、少年は首を捻り、ベアティたちは生暖かい視線を私に向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国王一家は堅実です

satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。 その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。 国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。 外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。 国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

【完結】ずっとやっていれば良いわ。※暗い復讐、注意。

BBやっこ
恋愛
幼い頃は、誰かに守られたかった。 後妻の連れ子。家も食事も教育も与えられたけど。 新しい兄は最悪だった。 事あるごとにちょっかいをかけ、物を壊し嫌がらせ。 それくらい社交界でよくあるとは、家であって良い事なのか? 本当に嫌。だけどもう我慢しなくて良い

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

私の妹…ではなく弟がいいんですか?!

しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。 長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

処理中です...