29 / 105
白銀と元婚約者
26.黄色い花
しおりを挟む「ベアティ、そろそろ降ろしてくれない?」
少し微妙な空気のまま見晴らしのよい場所についたが、私はベアティから降りることができずに困っていた。
膝の上に座らされた私を見て、ケビンと彼の従者も困惑しているようだった。
先ほど体調管理は任せているのだと告げたばかりなので、戸惑いながら私たちの前に座っている。
近くで立たれるのも落ち着かないし、皆で座ろうと最終日くらいは身分関係なく気軽におしゃべりしようとなった。
「エレナ様、こちらのほうが何かあった時に対処もできます」
「何かって何?」
「攻撃的な虫が向かってきたときです」
蜂とかかな。
花々の回りには蝶が飛んでいるから、それらを警戒してなのか。
わからないでもないが、なぜそこでケビンのほうを見るのか。
先ほどのやり取りで十分まだ配慮が必要な体調であるとアピールできたので、座るくらい普通にしたい。
蜂がきたら逃げればいいし、刺されても回復魔法使えるけれど? と思わないでもない。
「でも、これでは話しにくいわ」
何より、失礼になる。
貴族の子女としてこれはいただけないと首を振ると、すんなりと降ろしてくれた。
「わかりました」
「心配してくれてありがとう」
過保護で強引な面もあるが、私の気持ちを読めるのかというくらいこちらの意図を汲んでくれるので助かる。
「こちらの紅茶をどうぞ。暑くなってきましたので、適度な酸味と渋みのさっぱりしたものを冷やし用意しました。今年の茶葉はお嬢様の愛情も加わり深みとフレッシュさが違いますので、ケビン様と従者の方にもぜひ堪能いただきたいとエレナお嬢様と選んだものです」
ベアティとのやり取りを終えると同時に、インドラが私たちの前にお茶菓子を置いた。
シートや机、ティーセットや茶菓子をここまで持ってきたのはインドラだ。
これらを用意するのに、本当なら何人も必要だがインドラ一人で全て担ってしまう。私の侍女は本当に優秀で万能だ。
シリルはインドラの作業の手伝いをしていた。
私たちが獣人たちとの関係を外にうまくアピールしたいと聞いたシリルは、よいイメージがつくようにその可愛い容姿を存分にいかして、ケビンの前で私たちに従順に振る舞うことにしたらしい。
私の視線に気づくと、ぴこぴこと耳を動かしふわりとしっぽを揺らした。
ケビンは微妙な顔のままカップに口をつけたが、飲んだ瞬間に顔を輝かせた。
「美味しい!」
「この一年ほど領地のものと向き合ってきたのでそう言ってもらえて嬉しいです。皆頑張ってくれましたし、本当に美味しいものができたのでケビン様にも飲んでほしくて。動いた後に飲むとすぅっと気持ちも晴れるので、最近の私のお気に入りなんです」
この地を守るために、こそこそとだけどあちこち聖女スキルを利用している。
そのおかげで、大地は潤い、溜まった毒素も抜け、植物やそれらを食べる動物が昨年より生き生きしだしていた。
この紅茶のように作物の味は格段によくなり、出荷数も増え、出だしとしては好調だ。
「そうか。お気に入りを……」
そこでケビンが立ち上がって、花々のほうへ移動しすぐにまた戻ってくる。
それから、私の前に摘んできた黄色い花を差し出した。
「エレナ嬢。今回、案内やもてなしをありがとう。おかげでとても楽しい日を過ごせている。この花、僕たちが会うときに咲いている花ですよ。この花が咲き出すと会えるので僕はとても好きなんです」
死に戻り前も、同じような言葉とともに差し出された黄色い花。
婚約も決まり思い出にも触れられたその言葉はその時は嬉しかったが、今はまったく惹かれない。
「時期的にケビン様と見る花ですね。オニール伯爵家とランドール子爵領の友好の証のようで嬉しいです」
前回のように深い意味はないのかもしれないが、似たような言葉とともに受け取ることになった花に視線を下ろした。
花に罪はないけれど、家に帰って飾りたいかと言われると微妙だ。
部屋にはベアティが私の瞳の色と同じだと、水色の花を花瓶に挿してくれてある。花は花で好きだけれど、今はそちらのほうが好ましい。
だが、友好は築いていきたいので気持ちを知られるわけにはいけないと、にこっと笑みを浮かべる。
「確かに同じ辺境だからもあるが、僕は」
ケビンが表情を改め、ずいっと前に出ると私をまっすぐに見据えた。
324
あなたにおすすめの小説
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの
鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」
そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。
ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。
誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。
周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」
――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。
そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、
家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。
だが、彼女の予言は本物だった――
数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。
国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、
あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。
「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」
皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、
滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。
信じてもらえなかった過去。
それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。
そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。
――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。
初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように
ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』
運命の日。
ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。
(私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)
今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。
ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。
もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。
そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。
ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。
ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。
でも、帰ってきたのは護衛のみ。
その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。
《登場人物》
☆ルキナ(16) 公爵令嬢。
☆ジークレイン(24) ルキナの兄。
☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。
★ブリトニー(18) パン屋の娘。
満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』
鷹 綾
恋愛
王太子アルベルトは、ある日、貴族全会の満場一致によって廃嫡された。
断罪もなければ、処刑もない。
血も流れず、罪状も曖昧。
ただ「順序を飛ばした」という一点だけで、彼は王位継承の座から静かに削除される。
婚約者だった公爵令嬢エリシアは、婚約破棄の時点で王都の構造から距離を取り、隣国との長期協定を進めていく。
彼女の世界は合理で動き、感情に振り回されることはない。
一方、王太子が選んだ“新たな聖女”は、どこまでも従順で、どこまでも寄り添う存在だった。
「殿下に従わない者は、私が処理しておきます」
その甘い囁きの裏で、王都では“偶然”が重なり始める。
だが真実は語られない。
急病も、辞任も、転任も、すべては記録上の出来事。
証拠はない。
ただ王太子だけが、血に濡れた笑顔の悪夢を見る。
そして気づく。
自分のざまあは、罰ではない。
「中心ではなくなること」だと。
王都は安定し、新王は即位し、歴史は何事もなかったかのように進む。
旧王太子の名は、ただ一行の記録として残るのみ。
婚約破棄のその後に始まる、静かな因果応報。
激情ではなく“構造”が裁く、最強レベルの心理ざまあ。
これは――
満場一致で削除された男と、最初から無関係な位置に立っていた令嬢の物語。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる
春野オカリナ
恋愛
母は私を「なんて彼ににているのかしら、髪と瞳の色が同じならまるで生き写しだわ」そう言って赤い長い爪で私の顔をなぞる仕種をしている。
父は私に「お前さえいなければ、私は自由でいられるのだ」そう言って詰る。
私は両親に愛されていない。生まれてきてはいけない存在なのだから。
だから、屋敷でも息をひそめる様に生きるしかなかった。
父は私が生まれると直ぐに家を出て、愛人と暮らしている。いや、彼の言い分だと愛人が本当の妻なのだと言っている。
母は父に恋人がいるのを知っていて、結婚したのだから…
父の愛人は平民だった。そして二人の間には私の一つ下の異母妹がいる。父は彼女を溺愛していた。
異母妹は平民の母親そっくりな顔立ちをしている。明るく天使の様な彼女に惹かれる男性は多い。私の婚約者もその一人だった。
母が死んで3か月後に彼らは、公爵家にやって来た。はっきり言って煩わしい事この上ない。
家族に愛されずに育った主人公が愛し愛される事に臆病で、地味な風貌に変装して、学園生活を送りながら成長していく物語です。
※旧「先生、私を悪い女にしてください」の改訂版です。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる