30 / 51
白銀と元婚約者
27.回避と予感
しおりを挟むこの雰囲気はマズイ。
――好意を稼ぐポイントなんてあった?
さすがに二度目。彼の人となりもなんとなく知っているし、こちらを見る眼差しが熱っぽいので何を言いたいのかわかってしまった。
いや、適切に距離は取ってきたつもりなのにどうしてだろうか。
伯爵家と子爵家。立場も違うし、断ることもできるけれどさすがに後のことを考えると気が重くなる。
良好な関係のためには口に出してほしくないと困っていると、そこでシリルが私に抱き着いてきた。
「エレナ様。獣の気配がします」
それを受け、ベアティが私と抱き着いたシリルごと抱き上げ、私は自動的に会話から離脱する。
インドラがケビンを含め私たちを守るように周囲を警戒しながら、シリルに話しかけた。
「どっちのほう?」
「あっちのほう。遠くのほうで獣の気配がしたので」
獣耳が出ているほうがよく聞こえるのか、それとも人によるのか。
インドラはシリルが指したほうをじっと見つめ、頷いた。
「シリルは耳がいいから遠くの音も聞こえます。ここは大丈夫だとは思いますが今は護衛も少ないし、安全のためにも早めに下りたほうがいいかもしれません」
インドラの言葉に神妙に頷く。
ここではないけれど、これまで危うく遭遇という場面が何度かあった。その時はインドラたちが追い払ってくれたので問題なかった。
だが、今回は賓客と一緒なので悠長に構えるわけにはいかないだろう。
シリルはきゅっと私に抱き着き、小刻みに震えた。
「すみません。獣に襲われたことがあって咄嗟にエレナ様に……」
「いいのよ。教えてくれてありがとう」
シリルはまだ身体も小さいし、その時のトラウマもあって思わず横にいた私に抱き着いたのだろう。よしよしと頭を撫でる。
少し落ち着いたのを見て、私はケビンのほうを見た。
「だそうですが、話の途中ですみません」
「いや。僕たちの領地は自然とともにあるのでそういった警戒は怠ってはいけないのはわかるから」
「ありがとうございます。これからも隣の領地の者同士よろしくお願いします」
シリルが割って入ってくれたおかげで、先ほどの雰囲気は霧散し無礼にもならず会話を終わらせることができた。
さりげなくそれ以上のことは望んでいないと、私は私の望みを告げる。
「えっと、そうだね。隣の領だし、何かあれば一番に駆け付けることができる。これからも仲良くしてほしい」
「……はい。よろしくお願いします」
気持ちが伝わっているのか微妙なところだが、再度同じ話になっても困るのでひとまずこの形でいいだろう。
あれから何度か今後について話したそうにしていたが、ベアティたちにさりげなくガードされうまく話せず、徐々にケビンは肩を落とし領地へと意気消沈して帰っていった。
その後、シリルが空気を読んで獣の声が聞こえると私に抱き着いたこと、それらが演技だとわかってベアティたちが動いたことを知った。
そのことから役に立つと証明したシリルは私たちと行動するようになり、領地でやれることをやっていたら、気づけば教会の洗礼の儀式を無事終え十四歳となった。
表向きには回復スキルを持っていることになっている。
まだ聖女だとは騒がれてはいないが、マリアンヌも死に戻り前と同様に回復スキル持ちだと公表している。
残念ながら被ってしまったが、聖女スキルがバレるわけにはいかない。バレれば、きっと目をつけられて碌な目に遭わないだろう。
ケビンとは頻繁に交流をしているが、隣人の関係を維持しながら婚約は回避してきた。
思ったよりケビンは積極的に私との交流を図ってくるが、マリアンヌとの接点が増えればそのうち飽きると思うので適当に躱している。
そして、少しずつ社交の範囲を広げ、紫の殿下が茶会を開くということで久しぶりの王都に来ていた。
半年後に学園に入ることを見据え、いつまでも領地に引きこもっているわけにはいかない。
今回は一か月ほど王都のタウンハウスで過ごすことになっている。
万能なインドラは王都の屋敷で仕事があるので、護衛に適したベアティとシリルが一緒だ。
シリルはこの日のために獣耳としっぽを隠す練習をこなし、今では完璧に制御できている。
彼らは一緒に学園に行くことが決まっているので、慣れるためにも王都での行動はこの三人が多くなる予定だ。
この機会に子爵領の商品を売り込み幸先のよいスタートを切れたと思った矢先、私たちはピンチに陥っていた。
「エレナ様!」
ベアティに覆い被さるように抱き寄せられ、私を庇うようにシリルが前に立つ。
ばしゃっと勢いのある水が頭上から落ちて来ると同時に、笑い声が降ってきて波乱の王都生活を予感させた。
337
あなたにおすすめの小説
国王一家は堅実です
satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。
その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。
国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。
外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。
国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
【完結】ずっとやっていれば良いわ。※暗い復讐、注意。
BBやっこ
恋愛
幼い頃は、誰かに守られたかった。
後妻の連れ子。家も食事も教育も与えられたけど。
新しい兄は最悪だった。
事あるごとにちょっかいをかけ、物を壊し嫌がらせ。
それくらい社交界でよくあるとは、家であって良い事なのか?
本当に嫌。だけどもう我慢しなくて良い
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
私の妹…ではなく弟がいいんですか?!
しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。
長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる