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1-something quite unexpected-

24高塚くんが距離をつめてくる④

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 ありえないほど近くから見下ろされて、気持ちも落ち着いてきた今となっては、この近さを意識せずにはいられなくて耐えられそうにない。
 ぶんぶん首を振っていると、耳元で囁かれる。
 ふっ、とかかる吐息が耳朶をくすぐり、全身になんとも言いようのない痺れが走り莉乃は身を縮めた。

「むしろ抱きしめたいくらいなんだけど? そんなに抵抗されると抑えが効かなくなるな。もういっそ、抱きつぶしてもいい?」
「ひえっ」

 ぞわりとした悪寒に思わず変な声が出た。
 ありえない。それこそありえない!!
 狼狽しびくっと震えると、くくっと頭上から笑い声が落ちる。

「なに、その可愛い声」
「……そういう冗談は」
「冗談じゃないよ」

 笑っていたかと思えば、今度はむっと不貞腐れた表情をする高塚くん。
 どう返していいのかわからず黙っていると、目を細めて見つめられた。居心地の悪さを感じながら、視線を外すことはできない。
 しごく真面目な顔をして、高塚くんはしばらく考えるように莉乃を見つめてくる。その瞳がじっと奥まで捉えてくる。
 明らかに熱の籠った視線に、莉乃の背筋がぞくりと震えた。

「………………」
「りのと一緒にいて冗談なんて言う余裕はないよ」

 その言葉に、なんとか逃れようとしていた手がぴたっと止まった。
 徐々に力が抜けて抵抗する意思がなくなっていく莉乃の様子を見ていた高塚くんは、「残念」と楽しそうに笑いながら、「で?」と答えを求めてくる。

 くるくる変わる高塚くんの態度に、莉乃の頭は混乱する。
 冗談? やっぱり冗談であってる、んだよね。抱きつぶすって言ってたのも。
 抱きしめることはされていないが、ぴったりくっついたままの高塚くんの真意がわからず、ひとまず体勢のことは諦める。

「……親しいの定義はどのあたりかなと」
「ああ、そう。うん」
「うんって、何が?」
「定義を追求してくるあたり、りのだなって」
「わ、」
「悪くない。むしろ、可愛いからっ」

 やっぱり馬鹿にされてるのかと眉を寄せると、莉乃が口を開いた段階で言葉を奪われ否定される。
 そんなに思考が読みやすいのかなっ? げせない。

「ふーん」

 それに可愛いと言われても、機嫌を取ろうとしているとしか思えなくて、高塚くんに向ける視線が冷ややかになる。
 それでも、機嫌を取ろうとする行為自体は、莉乃との関係性を良くしたいとの表れでもあるので、さっきの嫌な気分が綺麗さっぱりとはいかないけれど流されていく。

 そのまま黙っていると、高塚くんが俺を見捨てないでとばかりの声で、「りの、りの」と何度も名前を呼んでくる。なんだか必死だね。
 ちぐはぐな、それでいて常に莉乃の些細なことに反応する高塚くんを、結局は憎みきれない。無視できない。

 それでも、やはり高塚くんの行動についていけなくてそのままでいると、高塚くんは奇妙な沈黙のあと、ぎく、しゃくと言葉を続けた。

「…………親しいの定義はこうして手を繋いで歩くとか。家族以外で」
「手を繋ぐ……」

 まあ、親しくないと手を繋がないよね。でも、高塚くんとは親しくなってからとかではなくて、しょっぱな強引だったから今のこの状態は成り行きだ。
 これを参考にするのってどうなのだろうと考えていると、高塚くんが焦り出す。

「りの。まさかっ」

 高塚くんの瞳が悲しげに見え、発する声は問い詰めるような厳しい響きに変わる。
 また、自分たちの間に行き違いがあるようだ。
 これは莉乃の思いもしない妙な勘違いをしているに違いない。徐々に深刻に、そして表情がすっと冷えていくのを目の当たりにして、これはやばいと莉乃は慌てて答える。

「こんなことするの高塚くんくらいだよ」
「なら、いいんだ」

 ほっと息を吐き出すと、ふわりと笑う高塚くん。そして、そのまま抱きしめられた。

「あっ」
「このままで」

 結局はこうなるんじゃないか、との小さな声はすぐさま高塚くんに押さえ込まれる。
 長い腕が背中に回り込み、細身なのにわりとがっちりした胸板の感触をこれ以上ないほど近くで感じて、胸の鼓動が早くなる。

 こっちの方が胸が痛い。さっきからジェットコースターのように、思考がぐるぐるして苦しい。
 嬉しいと思うこと、腹が立つこと、怖いと思うこと。
 いつの間にか高塚くんの存在に慣らされて、もう関係をはっきりさせて距離を取りたいって思うたびに、莉乃をまっすぐに見つめる瞳に捕まる。──この腕に捕まる。

「ちょっ」
「りの。りぃーの」

 甘く、まるで愛おしいとばかりに名前を呼ぶ声。
 そんな風に呼ばれるたびに、莉乃の名前は特別なものになったかのように聞こえる。

 本当、やめてほしい。これじゃあ、いつまで経っても高塚くんから逃げられない。
 言葉はなくても彼の行動は莉乃が好きなんだと思わせるものばかりで、それを信じたくなる。
 そうだったら、と期待する。

 ぎゅぅっと力を込められて、さらに密着度が増す。高塚くんの匂いが濃くなり、トクトクと鳴る高塚くんの心臓が妙に早いことに気づく。
 それに煽られるように、自分の心臓も早く脈打つ。

「高塚くん!?」
「りの。りーの。りぃーの。ずっとこうしてたい」

 してたいってなんだ?

 莉乃はいやいやと小さく首を振った。
 これ以上はダメだ。本能的に芽生えかけた気持ちをぐっと奥底に抑え込む。じゃないと、いろいろヤバい気がする。

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