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第13話 授かった生命

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 「無事に出産できたみたいだね」

 化け物たちに勝利したエアルが、後方を振り返る。
 そこにいたのは、二匹・・のフェンリルだ。

「クォン」
「くぅん」

 巨大なフェンリルの元に座る、小さなフェンリル。
 
 白銀のもふもふの毛。
 長めの尻尾。
 身体的特徴は受け継いでいる。

 だが、声と体はまるで子犬のようだ。

「くぅん」

 声は高くあどけない。
 体はエアルよりも小さく、巨大なフェンリルと比べれば五分の一程度だろう。

「わふぅ」

 子はぐぐぐっと立ち上がり、親フェンリルの腹でほっぺをすりすりする。
 親フェンリルも、子に頭を近づけてお互いに触れ合った。
 
「ヴォ」
「ふぅー」

 そんな光景を、リザとエアルはじっくり見つめる。

「素敵ね」
「うん」

 綺麗事だというのは百も承知だ。

 リザやエアルを含め、探索者は日々魔物を狩っている。
 それで生活している人もいるため、否定しようとは考えていない。

「でも、こんな時ぐらい温かく見守りたかったんだ」
「ええ、賛成よ」

 だが、新たな命を産む瞬間ぐらいは、手を取り合って見守ってもいいじゃないか。
 エアルはそう思っていた。

「「「ギャウ……」」」

 魔物の強者たちも、後ろでそれを見守る。
 彼らはエアルに敗北したのだ。
 弱肉強食にのっとるならば、ここは従うしかない。

 そして、親フェンリルがチラリと視線を移した。
 視線の先は──エアルだ。

「え、僕?」
「クォン」

 そのまま親フェンリルはゆっくりとうなずいた。
 
「子を受け取ってほしいってこと?」
「クォン」
「え、でも……」

 さすがのエアルも戸惑ってしまう。
 生まれたばかりの子を受け取るなんて、とても「はい」とは言えない。
 だが、リザが言葉を加えた。

「受け取ってあげて」
「リザ?」
「この二匹はここでお別れなのよ」

 リザは狼型魔物の習性を思い出していた。

 それは──『一匹狼』。
 子は産まれた瞬間に親から離される。
 それが長く受け継がれてきた習性であり、子も遺伝的に理解している。

「じゃあ本当は、このまま一人で生きていくの?」
「……ええ」

 リザはこくりとうなずき、目を伏せながらに続けた。

「それだけならまだいいわ。でも、ほとんどの個体はすぐに狩られて命を落とす」
「そんな……!」
「それが生態、それが弱肉強食よ。そうして強い個体だけが生き残り、種族の強さが担保される。これだけは不変の事実だわ」

 リザは少し悲し気な表情を浮かべる。
 情報通だからこそ知る自然の厳しさだ。

「でも、あなたが受け取ればこの子は育つ」
「……!」
「親フェンリルさんはそういう意図があるんじゃないかしら」

 そう締めくくり、リザに続いてエアルも親フェンリルへ目を向けた。

「そうなの? フェンリルさん」
「クォン」
「……分かった」

 その目はリザが正しいと言っている様だった。
 ならばと、エアルは受け取ることを決意する。

 そして最後に、親フェンリルが子フェンリルに寄りう。

「クォン」
「くぅん」

 何を伝えているかは分からない。
 それでも理解できることはある。
 今この瞬間に、親フェンリルが一生分の愛を注いでいるのだ。
 
「クォン」
「うん」

 そうして、親フェンリルとエアルが目を合わせた。

 後は任せた。
 エアルにはそう聞こえたのかもしれない。
 そのままエアルは大きく手を広げる。

「おいで」
「わふっ!」

 子フェンリルはエアルを押し倒し、顔をペロペロ舐める。
 早速なつき始めているようだ。

「わふ~」
「あははっ」

 そんなエアルに、隣のリザは身をかがませた。
 戦闘が終わってから聞こうと思っていたことがあるようだ。

「ねえエアル、どうしてフェンリルが子を宿しているって分かったの?」
「うーん……なんとなく?」
「はい?」

 だが、エアルは明確な答えを持っていなかった。
 それから言葉を付け加えて話す。

「あの遠吠えは“近づくな”と言っていた。でも同時に“助けて”にも聞こえたんだ」
「え?」
「そうだよね、親フェンリルさん」

 エアルは親フェンリルの方に目を向ける。

「……」

 しかし、すくっとたたずむ姿からの返答はない。
 頂上種たる種族は、その質問に「はい」とは答えられないのだ。

「ははっ、こんなとこ似てる」

 エアルが遠吠えを『助けて』と言っているように聞こえたのは、自身の経験からだ。
 おそらく、故郷のダンジョンでつちかった感性なのだろう。

 そして、親フェンリルはきびすを返した。

「行くんだね」
「……クォン」
 
 そのまま親フェんリルは静かに姿を消す。
 出産直後でフラフラしながらも、その姿は最後まで気高さを保っていた。

「わふ……」
「大丈夫だよ」

 少し寂しげな子フェンリルに、エアルは笑顔を向ける。

 どこかでまた会える。
 そんな気がしていたからだ。

 それから、エアルは子フェンリルを抱っこした。

「君の親は過保護だったからなあ」
「わふ?」

 子を誰かにたくす狼型魔物など、まず存在しない。
 普通は習性に従い、すぐに手放すのだ。
 あの親フェンリルは過保護だったと言えるだろう。

「その分、いっぱい愛情を注いであげないとね」
「わふ~っ!」
「ははっ、くすぐったいなあ」

 こうして、エアルは“頂上種”フェンリルの子を授かった。

「……ふふっ、まったく」

 また、それを隣で眺めるリザは改めてエアルについて考えていた。

 エアルは、あの遠吠えで全てを察知した。
 育った環境由来なのか、独特の感性を持っているのだ。
 まさに『野生』と言えるものだ。

「あなたには驚かされてばかりね」

 ラビリンスの頂点に認められる実力。
 魔物の気持ちを読み取る不思議な感性。
 すぐに愛される魅力。

 不思議な少年エアルは、これからもラビリンスの歴史をひっくり返すだろう。
 リザはそう確信していた。




「ふむ」

 そして、そんなエアル達の様子をはるか遠くから見ていた者がいる。
 見た目はまるで“老人”のようだ。

「フェンリルが出産しそうだから駆けつけてみたが……」

 だが、内に秘める力は本物だ。
 攻略組……否、それ以上・・・・かもしれない。
 
「まさかエアルの奴が来るとはの」

 どうやら老人はエアルを知っているようだ。
 その姿にもエアルの面影が見える。

「それにしてもエアルめ」

 老人は、右手で作った輪っかをエアルへ向けた。
 どうやら思う事があるらしい。

随分ずいぶんと立派に……立派に……」

 感心しているようだが、やがてタラリと冷や汗・・・を流した。

「あいつ、わしより立派じゃねー?」

 そうして、どこか本音じみた言葉をらす。
 だが、思わず出てしまった独り言に自ら付け加える。
 
「で、でも、わしもまだまだ現役じゃもん!」

 予想を大きく上回るエアルの強さに焦ってしまったようだ。
 しかし、それもの成長だと考えれば嬉しく思える。

「ふっ。まあいいわい」

 立派な姿に安心したのか、老人はニヤリとした表情を浮かべて振り返った。

「であれば、そのうち辿り着くじゃろう」
 
 次の瞬間には、すでにその場にいない。
 老人が乗っている魔物の雰囲気は、どこか頂上種を思わせる。

「では約束通り、追ってくるがよい」

 老人はその時・・・を心待ちにした。

「わしがいる『大魔境』へとな」




───────────────────────
あとがき


一連の「異常事態イレギュラー」は、これにて決着!

今一度起きていたことを説明すると、

頂上種フェンリルが出産のため『ガラル密林』へ

弱っているフェンリルを倒すため、色んなダンジョンから魔物の強者たちが集まってきていた

本来『ガラル密林』にいた魔物たちは、奥地から手前まで場所を追われていた

という感じです!
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