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Side グラント3
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ミランダが気がついたと連絡が入ったので、すぐに迎えに行く。
救護室に入ると、何故かタオルで顔を半分隠した状態だった。
ミランダの可愛らしい顔が見えない。ちょっと残念。
自分がミランダの体調の変化に気づけずに申し訳なくて謝ると、私に落ち度は何も無いと逆に気遣ってくれた。
何と優しいのだろう。
「いやいや、3対1で応じていたのだ、戦場でも緊張する」
考えてみたらそうだ。女性とはいえ、そんな状況になった事も無い人にとっては恐怖だっただろう。
「はは、そうですね」
「今日はもう帰って良いぞ。執務室には伝えて来たので心配ない。送って行こう」
彼女は首がもげるんじゃないかという程首を振りながら一人で帰れると遠慮していたが、それでは俺の気が済まない。
一人で帰して万が一また倒れたりしたら、もう俺は自分自身を許せないだろう。
そう言えば、彼女がようやく了承してくれた。
後押ししてくれた女医にも感謝だ。
彼女の視線が俺の持ってる紙袋に注がれた。
勝手に私物に触られたと不快なのだろうか?
「あ、これはエメルさんに頼んで袋に入れてもらったのだ。私は触れていないから安心してくれ」
「いえ、本当にすみません」
申し訳なさそうな彼女の心を少しでも軽くしてやりたい。
「私の事務官なのだから、これくらい当たり前だ。気にするな」
おっと、つい『私の』に力が入ってしまった。
彼女は一瞬目を見開いた様に見えたが、気のせいか。
女医がクスクス笑いながら、俺がミランダを救護室に運んだ時のことを彼女に伝えた。
そ、そんなにオロオロしていただろうか・・・恥ずかしい。
「すみません」
ミランダに謝られてしまったでは無いか。
意識はしっかりしてそうなので、これなら帰れそうだ。
「もう、動けそうか?」
彼女は一瞬迷ってからゴソゴソとタオルの下で何かすると、頷きながら大丈夫だと言って立ち上がろうとするので、そのままで、と制して近づいた。
「失礼」
ヒョイと抱え上げる。
ひぇッ、と彼女にしては珍しい声を上げてびっくりしていたが、急に倒れた相手を歩かせる程鬼では無い。
それにしても、彼女は鍛えてる自分の腕には羽根の様に軽くてびっくりした。
ミランダは少し赤くなってしどろもどろになりながら言った。
「あの、グラント、副隊長、私、歩けますので」
何だと!衝撃のあまり立ち止まってしまった。
グラント!彼女の口から俺の名前が飛び出して来た。
それだけで、こんなに嬉しい気持ちになるとは。
「うん。良いな。今日からそう呼んでもらおう」
俺はニッコリと至近距離にある彼女の瞳に笑いかけた。
ミランダはハッとして口を押さえていたが、もう遅い。
聞いてしまったのだ。もう一度、いや、何度でも呼んで欲しい。
ご機嫌な気持ちで救護室にを出た。
「転移と馬とどっちがいい?」
俺としてはもうちょっと一緒にいたい気持ちもあって、馬でミランダを抱えて帰りたいのだが、転移の方が早いのは確かだ。
一応聞いてみる。
「転移で」と即答された。やはりな・・・
転移となると彼女に家の場所を共有してもらわなくてはならない。
彼女に手をと言われたが、この状態では無理なので、額を合わせて共有してもらう。
またもやオロオロしだした彼女が可愛くて、ちょっと意地悪したくなる気持ちが湧く。
ほら、早く、と急かす様に額を寄せた。
「し、失礼します」
「どうぞ」
笑いを堪えながら、上目遣いで彼女を見ていたら、こめかみにそっと冷たい指先が添えられ、軽く目を閉じたミランダが迫って来た。
思わず心臓が跳ね上がる。
彼女の金色の長いまつ毛が薔薇色の頬に影を落として、息が止まるほどに美しかった。
自分の額に全神経が集中すると、やがて優しく温かく、何とも心地よい魔力と共に彼女の家の住所と家の外観が流れ込んで来た。
時間にしてほんの数秒だろうか。
魔力の相性など、大して気にした事は無かったが、こんなに心地良いものだとは知らなかった。
「ミランダの魔力は心地良いな」
思わずうっとりしながら言っていた。
すぐに彼女の家の前に着いた。
涙目になって必死に下ろして欲しいと言うので、渋々彼女を下ろす。
玄関の呼び鈴を押すと、彼女の父親と弟妹が揃って出迎えてくれた。
前触れもなくこんな大男が来たのでびっくりしたのだろう。
3人はポカンとして俺を見上げていた。
すぐに自己紹介をして、ミランダを送って来た事伝えた。
それにしても、父親は俳優と言っていたが、なるほど、ミランダとよく似た美形だった。
彼女は父親似なのだな。
弟妹も、彼女にどことなく面影がある様だ。
利発そうな弟がミカエルだと名乗ってくれた。
続いて中等部だった頃のミランダを思わせる妹がシェリルと名乗った。
こんな無骨な大男相手に健気だと、思わず屈んで頭を撫でてしまった。
しまった!子供扱いしてしまって良かっただろうか・・・
二人とも笑顔になってくれたので、ホッとする。
父親がヴィクトルと名乗ってくれ、お茶を勧めてくれたが、生憎すぐに戻らなくてはならない。
この後ウォルフに会う約束があるのだ。
名残惜しいが、すぐにデパル家を後にする。
ウォルフが指定した応接室に転移する。
彼は今、宰相の第一補佐官となっていた。
「何だ急用とは?」
「ああ、まだ決定では無いがグラントには教えといた方がいいかと思ってね」
「?」
何だ?ウォルフが人払いまでして教える事?見当もつかない。
「実は王太子妃候補の一人にミランダ・デパルが上がるかもしれない」
「何だと!!」
衝撃だった。一瞬で血の気が引く。
「彼女は難関の騎士団事務官の試験をトップで合格したらしいじゃないですか。事務官になってからも、実に優秀で王室にまでその噂が届いているんです。大臣たちが興味を持って軽く身辺調査をしたところ、母親は特殊公務員のサマンサ・デパルさんだというし、最有力候補になり得ると」
ダメだ!ミランダは、ミランダだけは絶対にダメだ!
ジロリと思わずウォルフを睨んでしまう。
「何故俺に教えた?」
「いえね、彼女には決まった相手が今のところいない様なので候補者に上がる可能性があるというだけで、決まった相手がいるなら候補者からは外れますよ、と教えておこうかと思いまして」
言葉の存外にさっさとモノにしろ!と言われているか?
コイツは・・・
「ぐずぐずしてると、手遅れになりますよ、グラント」
「わかってる。教えてくれて感謝する。王太子妃候補には永遠にさせない」
「そうですか。わかりました」
ウォルフがニッコリと笑った。
不思議にいつも本心を隠してる様な胡散臭い笑みではなく、心から笑っている様だった。
「イマイチわからなかったんですよね。グラントは自分の気持ちに鈍いから。候補者になるかもと言ったら引いてしまうんじゃないかと思いましたが、杞憂でしたね。もう決めてましたか」
「どういう意味だ?」
「引くなら、私がもらおうと思ったんです」
澄ました顔してウォルフが言った。
コイツたまにこうして人の心を試すところがある。
俺はやや獰猛に言った。
「生憎だったな。悪いが諦めてくれ」
「その様ですね。はぁ・・・あの時、私がジャンケンで負けてれば良かったと、割と本気で思ってますよ。騎士団事務官の試験を受けたので薄々こうなるってわかってたんですけどね。珍しく我儘言ったそうですし」
「知ってたのか?」
「えぇ。褒賞蹴った分、ミランダ・デパルを事務官にって、必死だったみたいじゃ無いですか。物事にあまり執着を持たないあたなたが、珍しく彼女だけは執着してましたからね」
「まあな」
「良かったですね」
「まだこれからなんだが・・・」
「ふふふ、グラントが本気になれば誰だってイチコロなんですよ」
俺は肩をすくめた。
こんな何の面白味もない普通の男を買い被りすぎだろ。
「じゃ、そろそろ行く」
「ええ、また飲みましょう。グロリア亭で」
「そうだな。そういえばしばらく行ってないな」
グロリア亭か。あそこは何でも美味いんだよな。
日曜は休みだから土曜日に補佐官のシモンを連れて行ってみるか。
***
土曜日、兼ねてからの予定通り、シモンを連れてグロリア亭に来た。
腹ペコの男二人で、時間はもう夜10時になる所だった。
シモンとカウンターの前の席に座る。
女将にビールと、食べ物を適当に見繕ってもらう。
客は少し遅いからか、俺たちとカウンターの女性客の二組だった。
シモンがカウンターの女性客に目を留める。
「あの二人組どっちも綺麗ですね。俺はミントグリーンの髪の子が良いなぁ。オシャレでめちゃくちゃ可愛い」
「コラ、あまり不躾に見るなよ。怖がられるぞ」
苦笑しながら軽く嗜めると、ハイハイと肩をすくめた。
全く、と何気なくカウンターを見ると、何とミランダだった。
珍しく髪を下ろしている。
楽しそうに隣の彼女と話していた。酒も進んでいた。案外飲めるのだな。
すぐにビールと肉の煮込みとパン、サラダにスープが置かれた。
食欲をそそる匂いに負け、二人でガッツリ食べ始めた。
はぁ、お腹もいっぱいになった所で、もう少し飲むか、とシモンが自分が持って行くと言うのを制して、グラスをカウンターに持って行く。
実はちょっと気になっていたのだ。
チラリと横を見ると
「とにかくさぁ~、うちの副隊長さまはモテ過ぎるんだよね~」
ドキリとした。俺の事話してる?
悪いと思いながら、思わずそのまま聞いてしまった。
「もうさ、とっとと結婚して欲しいよ。そうだよ、結婚してくれれば雑用もあんな暗殺並みの危ないプレゼントも、私宛のどーでもいいイチャモンも減るよ!!」
思いっきり力説された。そうか、そう思ってるのか。なるほどな。
「そう思うか?」
「思う、思う。身を固めるに限る」
「そうか、良い案だな。検討してみよう」
カウンターに手をついてミランダの耳元に口を寄せて囁いた。
途端に彼女は固まった。おや?俺だとやっと気がついたか?
油の切れた機械のようにぎこちなくこちらを向く。
俺はニッコリとミランダに笑いかけた。
二人に一緒に飲まないかと誘ったら、ミランダの友人は聡い人らしく、空気を読んで明日も仕事だから帰ると言った。
さすがミランダの友人、ローザといったな。
あの時図書館で対応してくれた子だ。
シモンが「俺が送ります」とすかさず彼女に挨拶し、彼女も好印象だったのか、二人は仲良く帰って行った。
良かったなシモン。彼女とお近づきになれるチャンスがあって。
彼も彼女はいないし、真面目で出来る男だから問題無い。
さて、もう逃さないぞ、ミランダ。
【Side ウォルフ】
グラントが転移して行った後、後ろの扉からモーリス陛下がひょっこりと姿を現した。
「こんな感じで良かったですか?陛下」
「オッケー、オッケー。上出来だよウォルフ君。しかし君も中々やるね。あれならグラント君は無事グロリア亭に行って絶対にミランダ君をゲットするよ」
ゲットって・・・全く、この陛下は人使いが荒い。
急に私の所に来たと思ったら、グラントをグロリア亭に向かわせろなどと無茶ぶりしてくるし。
王族の、しかも王特有の能力である『予知』。これを知る者は限られる。
何故か私は第一補佐官になってからというもの、度々こうして陛下にいいように使われるのだ。
「まあまあ、君には残念だったけど、大丈夫」
肩をポンポンと叩いて、バッチンとウィンクしてくる陛下。
本当なんでしょうね~。意外と私は傷心なんですからね。
しかし、たかが第二隊の副隊長に過ぎないグラントを何故気にかけるのか?
まぁ、この国にとってそれが必要だからなのだろう。
この方は案外無駄を嫌う。
ふぅと息をついて、宰相執務室に戻った。
救護室に入ると、何故かタオルで顔を半分隠した状態だった。
ミランダの可愛らしい顔が見えない。ちょっと残念。
自分がミランダの体調の変化に気づけずに申し訳なくて謝ると、私に落ち度は何も無いと逆に気遣ってくれた。
何と優しいのだろう。
「いやいや、3対1で応じていたのだ、戦場でも緊張する」
考えてみたらそうだ。女性とはいえ、そんな状況になった事も無い人にとっては恐怖だっただろう。
「はは、そうですね」
「今日はもう帰って良いぞ。執務室には伝えて来たので心配ない。送って行こう」
彼女は首がもげるんじゃないかという程首を振りながら一人で帰れると遠慮していたが、それでは俺の気が済まない。
一人で帰して万が一また倒れたりしたら、もう俺は自分自身を許せないだろう。
そう言えば、彼女がようやく了承してくれた。
後押ししてくれた女医にも感謝だ。
彼女の視線が俺の持ってる紙袋に注がれた。
勝手に私物に触られたと不快なのだろうか?
「あ、これはエメルさんに頼んで袋に入れてもらったのだ。私は触れていないから安心してくれ」
「いえ、本当にすみません」
申し訳なさそうな彼女の心を少しでも軽くしてやりたい。
「私の事務官なのだから、これくらい当たり前だ。気にするな」
おっと、つい『私の』に力が入ってしまった。
彼女は一瞬目を見開いた様に見えたが、気のせいか。
女医がクスクス笑いながら、俺がミランダを救護室に運んだ時のことを彼女に伝えた。
そ、そんなにオロオロしていただろうか・・・恥ずかしい。
「すみません」
ミランダに謝られてしまったでは無いか。
意識はしっかりしてそうなので、これなら帰れそうだ。
「もう、動けそうか?」
彼女は一瞬迷ってからゴソゴソとタオルの下で何かすると、頷きながら大丈夫だと言って立ち上がろうとするので、そのままで、と制して近づいた。
「失礼」
ヒョイと抱え上げる。
ひぇッ、と彼女にしては珍しい声を上げてびっくりしていたが、急に倒れた相手を歩かせる程鬼では無い。
それにしても、彼女は鍛えてる自分の腕には羽根の様に軽くてびっくりした。
ミランダは少し赤くなってしどろもどろになりながら言った。
「あの、グラント、副隊長、私、歩けますので」
何だと!衝撃のあまり立ち止まってしまった。
グラント!彼女の口から俺の名前が飛び出して来た。
それだけで、こんなに嬉しい気持ちになるとは。
「うん。良いな。今日からそう呼んでもらおう」
俺はニッコリと至近距離にある彼女の瞳に笑いかけた。
ミランダはハッとして口を押さえていたが、もう遅い。
聞いてしまったのだ。もう一度、いや、何度でも呼んで欲しい。
ご機嫌な気持ちで救護室にを出た。
「転移と馬とどっちがいい?」
俺としてはもうちょっと一緒にいたい気持ちもあって、馬でミランダを抱えて帰りたいのだが、転移の方が早いのは確かだ。
一応聞いてみる。
「転移で」と即答された。やはりな・・・
転移となると彼女に家の場所を共有してもらわなくてはならない。
彼女に手をと言われたが、この状態では無理なので、額を合わせて共有してもらう。
またもやオロオロしだした彼女が可愛くて、ちょっと意地悪したくなる気持ちが湧く。
ほら、早く、と急かす様に額を寄せた。
「し、失礼します」
「どうぞ」
笑いを堪えながら、上目遣いで彼女を見ていたら、こめかみにそっと冷たい指先が添えられ、軽く目を閉じたミランダが迫って来た。
思わず心臓が跳ね上がる。
彼女の金色の長いまつ毛が薔薇色の頬に影を落として、息が止まるほどに美しかった。
自分の額に全神経が集中すると、やがて優しく温かく、何とも心地よい魔力と共に彼女の家の住所と家の外観が流れ込んで来た。
時間にしてほんの数秒だろうか。
魔力の相性など、大して気にした事は無かったが、こんなに心地良いものだとは知らなかった。
「ミランダの魔力は心地良いな」
思わずうっとりしながら言っていた。
すぐに彼女の家の前に着いた。
涙目になって必死に下ろして欲しいと言うので、渋々彼女を下ろす。
玄関の呼び鈴を押すと、彼女の父親と弟妹が揃って出迎えてくれた。
前触れもなくこんな大男が来たのでびっくりしたのだろう。
3人はポカンとして俺を見上げていた。
すぐに自己紹介をして、ミランダを送って来た事伝えた。
それにしても、父親は俳優と言っていたが、なるほど、ミランダとよく似た美形だった。
彼女は父親似なのだな。
弟妹も、彼女にどことなく面影がある様だ。
利発そうな弟がミカエルだと名乗ってくれた。
続いて中等部だった頃のミランダを思わせる妹がシェリルと名乗った。
こんな無骨な大男相手に健気だと、思わず屈んで頭を撫でてしまった。
しまった!子供扱いしてしまって良かっただろうか・・・
二人とも笑顔になってくれたので、ホッとする。
父親がヴィクトルと名乗ってくれ、お茶を勧めてくれたが、生憎すぐに戻らなくてはならない。
この後ウォルフに会う約束があるのだ。
名残惜しいが、すぐにデパル家を後にする。
ウォルフが指定した応接室に転移する。
彼は今、宰相の第一補佐官となっていた。
「何だ急用とは?」
「ああ、まだ決定では無いがグラントには教えといた方がいいかと思ってね」
「?」
何だ?ウォルフが人払いまでして教える事?見当もつかない。
「実は王太子妃候補の一人にミランダ・デパルが上がるかもしれない」
「何だと!!」
衝撃だった。一瞬で血の気が引く。
「彼女は難関の騎士団事務官の試験をトップで合格したらしいじゃないですか。事務官になってからも、実に優秀で王室にまでその噂が届いているんです。大臣たちが興味を持って軽く身辺調査をしたところ、母親は特殊公務員のサマンサ・デパルさんだというし、最有力候補になり得ると」
ダメだ!ミランダは、ミランダだけは絶対にダメだ!
ジロリと思わずウォルフを睨んでしまう。
「何故俺に教えた?」
「いえね、彼女には決まった相手が今のところいない様なので候補者に上がる可能性があるというだけで、決まった相手がいるなら候補者からは外れますよ、と教えておこうかと思いまして」
言葉の存外にさっさとモノにしろ!と言われているか?
コイツは・・・
「ぐずぐずしてると、手遅れになりますよ、グラント」
「わかってる。教えてくれて感謝する。王太子妃候補には永遠にさせない」
「そうですか。わかりました」
ウォルフがニッコリと笑った。
不思議にいつも本心を隠してる様な胡散臭い笑みではなく、心から笑っている様だった。
「イマイチわからなかったんですよね。グラントは自分の気持ちに鈍いから。候補者になるかもと言ったら引いてしまうんじゃないかと思いましたが、杞憂でしたね。もう決めてましたか」
「どういう意味だ?」
「引くなら、私がもらおうと思ったんです」
澄ました顔してウォルフが言った。
コイツたまにこうして人の心を試すところがある。
俺はやや獰猛に言った。
「生憎だったな。悪いが諦めてくれ」
「その様ですね。はぁ・・・あの時、私がジャンケンで負けてれば良かったと、割と本気で思ってますよ。騎士団事務官の試験を受けたので薄々こうなるってわかってたんですけどね。珍しく我儘言ったそうですし」
「知ってたのか?」
「えぇ。褒賞蹴った分、ミランダ・デパルを事務官にって、必死だったみたいじゃ無いですか。物事にあまり執着を持たないあたなたが、珍しく彼女だけは執着してましたからね」
「まあな」
「良かったですね」
「まだこれからなんだが・・・」
「ふふふ、グラントが本気になれば誰だってイチコロなんですよ」
俺は肩をすくめた。
こんな何の面白味もない普通の男を買い被りすぎだろ。
「じゃ、そろそろ行く」
「ええ、また飲みましょう。グロリア亭で」
「そうだな。そういえばしばらく行ってないな」
グロリア亭か。あそこは何でも美味いんだよな。
日曜は休みだから土曜日に補佐官のシモンを連れて行ってみるか。
***
土曜日、兼ねてからの予定通り、シモンを連れてグロリア亭に来た。
腹ペコの男二人で、時間はもう夜10時になる所だった。
シモンとカウンターの前の席に座る。
女将にビールと、食べ物を適当に見繕ってもらう。
客は少し遅いからか、俺たちとカウンターの女性客の二組だった。
シモンがカウンターの女性客に目を留める。
「あの二人組どっちも綺麗ですね。俺はミントグリーンの髪の子が良いなぁ。オシャレでめちゃくちゃ可愛い」
「コラ、あまり不躾に見るなよ。怖がられるぞ」
苦笑しながら軽く嗜めると、ハイハイと肩をすくめた。
全く、と何気なくカウンターを見ると、何とミランダだった。
珍しく髪を下ろしている。
楽しそうに隣の彼女と話していた。酒も進んでいた。案外飲めるのだな。
すぐにビールと肉の煮込みとパン、サラダにスープが置かれた。
食欲をそそる匂いに負け、二人でガッツリ食べ始めた。
はぁ、お腹もいっぱいになった所で、もう少し飲むか、とシモンが自分が持って行くと言うのを制して、グラスをカウンターに持って行く。
実はちょっと気になっていたのだ。
チラリと横を見ると
「とにかくさぁ~、うちの副隊長さまはモテ過ぎるんだよね~」
ドキリとした。俺の事話してる?
悪いと思いながら、思わずそのまま聞いてしまった。
「もうさ、とっとと結婚して欲しいよ。そうだよ、結婚してくれれば雑用もあんな暗殺並みの危ないプレゼントも、私宛のどーでもいいイチャモンも減るよ!!」
思いっきり力説された。そうか、そう思ってるのか。なるほどな。
「そう思うか?」
「思う、思う。身を固めるに限る」
「そうか、良い案だな。検討してみよう」
カウンターに手をついてミランダの耳元に口を寄せて囁いた。
途端に彼女は固まった。おや?俺だとやっと気がついたか?
油の切れた機械のようにぎこちなくこちらを向く。
俺はニッコリとミランダに笑いかけた。
二人に一緒に飲まないかと誘ったら、ミランダの友人は聡い人らしく、空気を読んで明日も仕事だから帰ると言った。
さすがミランダの友人、ローザといったな。
あの時図書館で対応してくれた子だ。
シモンが「俺が送ります」とすかさず彼女に挨拶し、彼女も好印象だったのか、二人は仲良く帰って行った。
良かったなシモン。彼女とお近づきになれるチャンスがあって。
彼も彼女はいないし、真面目で出来る男だから問題無い。
さて、もう逃さないぞ、ミランダ。
【Side ウォルフ】
グラントが転移して行った後、後ろの扉からモーリス陛下がひょっこりと姿を現した。
「こんな感じで良かったですか?陛下」
「オッケー、オッケー。上出来だよウォルフ君。しかし君も中々やるね。あれならグラント君は無事グロリア亭に行って絶対にミランダ君をゲットするよ」
ゲットって・・・全く、この陛下は人使いが荒い。
急に私の所に来たと思ったら、グラントをグロリア亭に向かわせろなどと無茶ぶりしてくるし。
王族の、しかも王特有の能力である『予知』。これを知る者は限られる。
何故か私は第一補佐官になってからというもの、度々こうして陛下にいいように使われるのだ。
「まあまあ、君には残念だったけど、大丈夫」
肩をポンポンと叩いて、バッチンとウィンクしてくる陛下。
本当なんでしょうね~。意外と私は傷心なんですからね。
しかし、たかが第二隊の副隊長に過ぎないグラントを何故気にかけるのか?
まぁ、この国にとってそれが必要だからなのだろう。
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ふぅと息をついて、宰相執務室に戻った。
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