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【番外編】マリモリ先生の受難3
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王太子もよく気晴らしに来られる場所を私なんぞが使ってはいけないと、あれから温室には行っていない。
会ったらどんな顔して良いかわからないし。
1年生と3年生ではそもそも会う事は無かったので、その内王太子殿下に知られてしまった衝撃も薄れていった。
仕方ない、他にまた違うオアシスを見つけよう。
そう思っていたのだった。
「ねぇ、あれからどうして来ないの?ずっと待ってたのに」
休み時間でざわつく教室の私の机の前に肘をついてしゃがみ込むジークフリード王太子殿下。
唇を突き出して、ジト目でこちらを見ている。
な、な、何で、ここに?っていうか、何で皆んな気がつかないの?
目を白黒させている私を見たら、イタズラが成功したような顔になった。中々のお茶目っぷりに戸惑いを隠せない。
「みんなは気がつかないよ。今『隠密』っていう能力使ってるから。君にしか認知されていない」
「隠密・・・」
「そ。それよりどうして来ないの?僕は君の小説の役に立つと思うよ。今日の放課後待ってるから、来てね」
有無を言わさずそれだけ言うと、すいっと立ち上がって教室から去って行った。
殿下にはびっくりさせられっぱなしだし、いつの間にかペースに巻き込まれてしまう。
それにしても、殿下の護衛はいつもどこにいるんだろう。
いくら学校内でも一人でふらふらしすぎじゃないだろうか?
私の小説に殿下が役に立つ?殿下にじゃなく?
よくわからないまま、待ってると言われた以上、温室には行かないと。
放課後私はダッシュで向かうことにした。
「モリーシュ先輩!良かった!来てくれた」
「お待たせして申し訳ありません。王太子殿下」
「堅苦しいから、ジークで良いよ、先輩」
「とんでもございません。私のことは、エマリアで結構ですよ」
「わかった。じゃあエマリア。早速だけど、騎士団見に行かない?見たことある?」
「無いです」
「じゃあ行こう!案内するよ」
王太子殿下に連れられ、騎士団の第一隊に行く。
相変わらず殿下の護衛はいない。
「あの、殿下の護衛の方は?」
「ああ、学校内では目立たないように学生のふりしたり、用務員のふりしたりして、それとなくあちこちにいるよ」
そうだったんだ。クラス内にもいるってこと?凄いな騎士。
不意にクスクス笑いながら
「でもさっきみたいに隠密使って巻いたりするから怒られる」
「巻いちゃダメですよ。彼らの仕事なんですから」
はーい、ってわかったんだか、わかんないんだか、適当に返事するし。
もう。騎士団もこの人護衛するの大変だろう。
「何で騎士団なんですか?」
「だって、小説の舞台なんだろう?実際にどういうところか見た方がよりリアルになると思ったんだけど」
「そういうことなら、大変ありがたいです」
本当に協力してくれるらしい。
しかし、殿下の業務の妨げにならないだろうか。
「でも、良いんですか?お忙しいのでは?」
「このくらいで滞るなら王太子やめるよ。大丈夫」
「そ、そういうことなら」
殿下は学業も魔術も成績が良いし、身体能力も高いと聞く。
さらに王太子の仕事もあり、一体いつの間に休んでいるのだろう。
「意外とちゃんとしてて凄いでしょ」
「はい、凄いです」
ごく自然にそう思った。
満足したようにニッコリして、騎士団第一隊に連れて行ってくれた。
「第一隊隊長のケント・ローランドね。ケント、こちらはエマリア・モリーシュ。モリーシュ公爵のお嬢さんだよ」
「エマリアです。お忙しい中すみません。よろしくお願いします」
とは、言ったものの、いきなり隊長!?
いやいや、適当に訓練風景見せてくれるだけで良いのに。
殿下ぁぁぁ。
ローランド隊長はニッコリと笑って副隊長以下、全員に紹介してくれた。
だから、殿下ぁぁぁぁ。もう、恐縮してしまう。
「じゃあ、適当に見学させてもらうね」
「はい、どうぞ。演習場は危ないので、見学者席からご覧下さい」
「ありがとう。行こう、エマリア」
すっかり殿下のペースに巻き込まれて、騎士の待機室を見学したり、寮の部屋見せてもらったり、もちろん演習風景も見学させてもらった。
みんな、笑顔で了承してくれて、本当に良い人ばかりだった。
「第一隊は基本要人警護だから、個人の身体能力が高い人が多いんだ。いかにもって大柄な人も居るけど、学校や街中でも目立たないよう小柄な人もいる。そのうち、僕の近衛たちも紹介するよ」
さすが、生まれた時から警護がついてるだけあって、殿下は詳しかった。
なるほどね~、第二、三隊みたいに体の大きい人ばかりで無いのは面白い。
「疲れたでしょ、休憩しよう」
「はい、そうですね」
つい、返事をしてしまったが。
言った途端に人の手をとり、そのまま転移した。
どこに?どこに行く殿下!!!
「ただいま~」
「「おかえりなさいませ」」
「!!!」
またもやびっくりだ!
ここはもしかして、王太子の部屋とかじゃないよね?
豪華な扉の前に立ってるのは警備の人だと思うけど。
殿下はさっさと扉を開けて入って行く。
手を繋いでいたため、もれなく私もその中へ入ることとなった。
いやぁぁぁぁ!もう、なんてところに連れてきてくれたの、殿下ぁ!
ここ、殿下の部屋ですよね、間違いないですよね。
見たこともないくらい豪華かつ上品にしつらえた部屋の、信じられないくらいフッカフカなソファまで案内され、唖然としたまま座らされた。
「まぁ、ゆっくりして。今お茶もらうから」
「全然ゆっくり出来ませんけど。ここってまさか・・・」
「僕の私室。寝室はあっち。見たい?」
からかうように聞かれ、慌てて首を振る。
もう、本当にお腹いっぱい。
人をからかうのも大概にして欲しい。
「エマリアって、本当に面白いよね」
「そんな事は今まで言われたこと無いんですが」
「そうなの?じゃあ、僕だけが知ってるんだ」
ニッコリして言った。
う?どういう意味なんだろう?全然読めない、この人。
メイドさんがお茶とお茶菓子を運んでくれた。
入り口にも騎士さんが待機してるし、メイドさんも隅に控えているので、まったく二人っきりっていうわけでは無いけれど、何しろ広いので彼らからは遠い。
年ごろの異性とこんな近くで接触したのは、考えてみれば初めてで、にわかにドギマギして来た。
「どうぞ、エマリア。遠慮なく召し上がれ」
「い、いただきます」
もう良いや。きっと凄い美味しいお茶にお菓子だろう。
こんな機会はないから食べてしまえ。
カップを持ち上げ、殿下を見ればニコニコして頷いたので、先に口をつけさせてもらう。
う~ん、美味しい。
「美味しいです。良い香り」
「ケーキも食べてみて。パティシエが作ってくれたんだよ」
「では、遠慮なく。いただきます」
フォークで崩すのが勿体無いくらい、繊細に飾られ、フルーツがふんだんに乗ったケーキを一口いただく。
「!!!」
びっくりするくらい美味しい。
フルーツの甘味と酸味のバランスが絶妙!天才!
「美味しいですね。初めて食べました。こんな美味しいケーキ」
本当、泣きそうになるくらい美味しい。緊張吹っ飛んだ。
でしょう?と自分の手柄のように嬉しそうな殿下だった。
さらにお茶とケーキをもう一つ食べて、学校の寮まで送ってくれた。
恐縮して辞退したんだけど、ジェントルマンだから送ると言って聞いてくれなかった。
「今日はありがとうございました」
「来週の水曜、また来てね。今度は原稿持って」
「はい?」
「じゃあ、またね」
こちらの言い分は聞かず転移して行ってしまった。
はぁぁ。
***
指定された水曜日、無視するわけにもいかず、また温室にやって来た。
殿下はまだ来ていない。
椅子に座り、昨日書いた原稿の続きでも書くか、と取り出して書き始めた。
額をツンとされ、ハッとして顔を上げると、目の前に瑠璃色の瞳があった。
またもや集中して周りが見えなくなっていたらしい。
「ご、ご機嫌よう。殿下」
「なにそれ。ご機嫌は悪くないけど。この間も思ったけど、凄い集中力だねエマリア」
「すみません。どうやら周りが見えなくなるみたいです」
「続き書いてたの?」
「はいそうです。ご協力いただいたおかげで、よりリアルに騎士団の生活が書けるようになりました」
「でしょう?役に立つでしょ。それとね、君の小説読ませてもらったよ。BLっていうの?あれ。面白いよね。登場人物がやけにリアルだけど」
ギクっ!!
「僕の知ってる人に物凄くよく似てるんだよ。アンドレとか」
ギクっ、ギクっっ!!
それはウォルフくんですね。宰相の息子さんなんで、よくご存じだと思いますとも。
「大丈夫、本人には言わないよ。彼の相手ってもしかして、アルスとビルと迷ってる?」
「そうなんです。二人とも良いんですが、より物語を面白くするなら・・・」
「ビルだね」
「やっぱりそうですか?でも先輩なのであまりよくわからなくて」
「大丈夫、情報提供はするよ。楽しみにしてるからジャンジャン書いて」
「ありがとうございます」
こうして、いつの間にやら殿下は私のアドバイザーとして、毎週のように温室で会ったり、お茶に招かれたり、たまに騎士団も見学させてくれたりして物凄くありがたい人になっていたのだった。
それは私が卒業するまで続いた。
***
卒業する直前、時間的に今日が最後になる日、約束の時間に温室にやって来た。
殿下はまたもやふらりと現れた。
「ジーク殿下、今までありがとうございました。おかげさまで、小説の売れ行きも順調で、何とお礼をして良いかわかりませんが、私にできることでしたら何でもおっしゃって下さい」
「う~ん、まあ、あると言うか何と言うか、それはまた後でお願いするかも」
「?わかりました。本当にありがとうございました。殿下も残りの学生生活、実りある日々をお過ごし下さい」
「この後の進路は?文化系の専科に行くんでしょう?」
「はい。やっと両親を説得できました。大変でしたが、小説を書くことも了承してくれたので、専科に行きます」
「良かったね。新作、楽しみにしてるから」
「ありがとうございます。殿下のお陰です。私、頑張って続けますから。新作良かったらお送りさせて下さい」
「良いの?ありがとう」
「はい、ぜひ。そのくらいしか出来ないので」
「そんなこともないけど。よろしくね」
最後に差し出された右手を握手?と思って握り返すと、そのまますいっと引き寄せられて、ギュッとハグをされた。
ちょっとびっくりしたけど、私も感謝を込めてハグを返した。
「ちゃんと覚えていてね」
「はい、ちゃんと覚えてますよ」
いつもより真剣な声で言うので、おや?と思ったが、忘れるわけがない。
本当に殿下には感謝しかない。
***
あれから3年、私は専科に行き、今年卒業してからはBL小説家として王都で活動を続けている。
相変わらず、新作が出るたびに殿下には手紙と共に献上させてもらっているが、良いのだろうか?
ちゃんと短いお礼の手紙と花束が届く。
それ以外に今は繋がりはない。
殿下も魔術専科に行き、その後は特化に行くであろから、かなり忙しいと思う。
そもそも、高等部時代がおかしかったのだ。
このくらいの繋がりでも十分凄いことなのに、やはり一抹の寂しさはある。
たまに王族がテレビに映る時があるが、元気そうだし、何よりすごく背が伸びて大人っぽくなった。
私は相変わらず背も低いし、童顔で、きっと今ではどちらが年上かわからないだろう。
色々と振り回されたが、今となっては楽しい思い出だったなぁと、今日も小説の続きを書くのであった。
会ったらどんな顔して良いかわからないし。
1年生と3年生ではそもそも会う事は無かったので、その内王太子殿下に知られてしまった衝撃も薄れていった。
仕方ない、他にまた違うオアシスを見つけよう。
そう思っていたのだった。
「ねぇ、あれからどうして来ないの?ずっと待ってたのに」
休み時間でざわつく教室の私の机の前に肘をついてしゃがみ込むジークフリード王太子殿下。
唇を突き出して、ジト目でこちらを見ている。
な、な、何で、ここに?っていうか、何で皆んな気がつかないの?
目を白黒させている私を見たら、イタズラが成功したような顔になった。中々のお茶目っぷりに戸惑いを隠せない。
「みんなは気がつかないよ。今『隠密』っていう能力使ってるから。君にしか認知されていない」
「隠密・・・」
「そ。それよりどうして来ないの?僕は君の小説の役に立つと思うよ。今日の放課後待ってるから、来てね」
有無を言わさずそれだけ言うと、すいっと立ち上がって教室から去って行った。
殿下にはびっくりさせられっぱなしだし、いつの間にかペースに巻き込まれてしまう。
それにしても、殿下の護衛はいつもどこにいるんだろう。
いくら学校内でも一人でふらふらしすぎじゃないだろうか?
私の小説に殿下が役に立つ?殿下にじゃなく?
よくわからないまま、待ってると言われた以上、温室には行かないと。
放課後私はダッシュで向かうことにした。
「モリーシュ先輩!良かった!来てくれた」
「お待たせして申し訳ありません。王太子殿下」
「堅苦しいから、ジークで良いよ、先輩」
「とんでもございません。私のことは、エマリアで結構ですよ」
「わかった。じゃあエマリア。早速だけど、騎士団見に行かない?見たことある?」
「無いです」
「じゃあ行こう!案内するよ」
王太子殿下に連れられ、騎士団の第一隊に行く。
相変わらず殿下の護衛はいない。
「あの、殿下の護衛の方は?」
「ああ、学校内では目立たないように学生のふりしたり、用務員のふりしたりして、それとなくあちこちにいるよ」
そうだったんだ。クラス内にもいるってこと?凄いな騎士。
不意にクスクス笑いながら
「でもさっきみたいに隠密使って巻いたりするから怒られる」
「巻いちゃダメですよ。彼らの仕事なんですから」
はーい、ってわかったんだか、わかんないんだか、適当に返事するし。
もう。騎士団もこの人護衛するの大変だろう。
「何で騎士団なんですか?」
「だって、小説の舞台なんだろう?実際にどういうところか見た方がよりリアルになると思ったんだけど」
「そういうことなら、大変ありがたいです」
本当に協力してくれるらしい。
しかし、殿下の業務の妨げにならないだろうか。
「でも、良いんですか?お忙しいのでは?」
「このくらいで滞るなら王太子やめるよ。大丈夫」
「そ、そういうことなら」
殿下は学業も魔術も成績が良いし、身体能力も高いと聞く。
さらに王太子の仕事もあり、一体いつの間に休んでいるのだろう。
「意外とちゃんとしてて凄いでしょ」
「はい、凄いです」
ごく自然にそう思った。
満足したようにニッコリして、騎士団第一隊に連れて行ってくれた。
「第一隊隊長のケント・ローランドね。ケント、こちらはエマリア・モリーシュ。モリーシュ公爵のお嬢さんだよ」
「エマリアです。お忙しい中すみません。よろしくお願いします」
とは、言ったものの、いきなり隊長!?
いやいや、適当に訓練風景見せてくれるだけで良いのに。
殿下ぁぁぁ。
ローランド隊長はニッコリと笑って副隊長以下、全員に紹介してくれた。
だから、殿下ぁぁぁぁ。もう、恐縮してしまう。
「じゃあ、適当に見学させてもらうね」
「はい、どうぞ。演習場は危ないので、見学者席からご覧下さい」
「ありがとう。行こう、エマリア」
すっかり殿下のペースに巻き込まれて、騎士の待機室を見学したり、寮の部屋見せてもらったり、もちろん演習風景も見学させてもらった。
みんな、笑顔で了承してくれて、本当に良い人ばかりだった。
「第一隊は基本要人警護だから、個人の身体能力が高い人が多いんだ。いかにもって大柄な人も居るけど、学校や街中でも目立たないよう小柄な人もいる。そのうち、僕の近衛たちも紹介するよ」
さすが、生まれた時から警護がついてるだけあって、殿下は詳しかった。
なるほどね~、第二、三隊みたいに体の大きい人ばかりで無いのは面白い。
「疲れたでしょ、休憩しよう」
「はい、そうですね」
つい、返事をしてしまったが。
言った途端に人の手をとり、そのまま転移した。
どこに?どこに行く殿下!!!
「ただいま~」
「「おかえりなさいませ」」
「!!!」
またもやびっくりだ!
ここはもしかして、王太子の部屋とかじゃないよね?
豪華な扉の前に立ってるのは警備の人だと思うけど。
殿下はさっさと扉を開けて入って行く。
手を繋いでいたため、もれなく私もその中へ入ることとなった。
いやぁぁぁぁ!もう、なんてところに連れてきてくれたの、殿下ぁ!
ここ、殿下の部屋ですよね、間違いないですよね。
見たこともないくらい豪華かつ上品にしつらえた部屋の、信じられないくらいフッカフカなソファまで案内され、唖然としたまま座らされた。
「まぁ、ゆっくりして。今お茶もらうから」
「全然ゆっくり出来ませんけど。ここってまさか・・・」
「僕の私室。寝室はあっち。見たい?」
からかうように聞かれ、慌てて首を振る。
もう、本当にお腹いっぱい。
人をからかうのも大概にして欲しい。
「エマリアって、本当に面白いよね」
「そんな事は今まで言われたこと無いんですが」
「そうなの?じゃあ、僕だけが知ってるんだ」
ニッコリして言った。
う?どういう意味なんだろう?全然読めない、この人。
メイドさんがお茶とお茶菓子を運んでくれた。
入り口にも騎士さんが待機してるし、メイドさんも隅に控えているので、まったく二人っきりっていうわけでは無いけれど、何しろ広いので彼らからは遠い。
年ごろの異性とこんな近くで接触したのは、考えてみれば初めてで、にわかにドギマギして来た。
「どうぞ、エマリア。遠慮なく召し上がれ」
「い、いただきます」
もう良いや。きっと凄い美味しいお茶にお菓子だろう。
こんな機会はないから食べてしまえ。
カップを持ち上げ、殿下を見ればニコニコして頷いたので、先に口をつけさせてもらう。
う~ん、美味しい。
「美味しいです。良い香り」
「ケーキも食べてみて。パティシエが作ってくれたんだよ」
「では、遠慮なく。いただきます」
フォークで崩すのが勿体無いくらい、繊細に飾られ、フルーツがふんだんに乗ったケーキを一口いただく。
「!!!」
びっくりするくらい美味しい。
フルーツの甘味と酸味のバランスが絶妙!天才!
「美味しいですね。初めて食べました。こんな美味しいケーキ」
本当、泣きそうになるくらい美味しい。緊張吹っ飛んだ。
でしょう?と自分の手柄のように嬉しそうな殿下だった。
さらにお茶とケーキをもう一つ食べて、学校の寮まで送ってくれた。
恐縮して辞退したんだけど、ジェントルマンだから送ると言って聞いてくれなかった。
「今日はありがとうございました」
「来週の水曜、また来てね。今度は原稿持って」
「はい?」
「じゃあ、またね」
こちらの言い分は聞かず転移して行ってしまった。
はぁぁ。
***
指定された水曜日、無視するわけにもいかず、また温室にやって来た。
殿下はまだ来ていない。
椅子に座り、昨日書いた原稿の続きでも書くか、と取り出して書き始めた。
額をツンとされ、ハッとして顔を上げると、目の前に瑠璃色の瞳があった。
またもや集中して周りが見えなくなっていたらしい。
「ご、ご機嫌よう。殿下」
「なにそれ。ご機嫌は悪くないけど。この間も思ったけど、凄い集中力だねエマリア」
「すみません。どうやら周りが見えなくなるみたいです」
「続き書いてたの?」
「はいそうです。ご協力いただいたおかげで、よりリアルに騎士団の生活が書けるようになりました」
「でしょう?役に立つでしょ。それとね、君の小説読ませてもらったよ。BLっていうの?あれ。面白いよね。登場人物がやけにリアルだけど」
ギクっ!!
「僕の知ってる人に物凄くよく似てるんだよ。アンドレとか」
ギクっ、ギクっっ!!
それはウォルフくんですね。宰相の息子さんなんで、よくご存じだと思いますとも。
「大丈夫、本人には言わないよ。彼の相手ってもしかして、アルスとビルと迷ってる?」
「そうなんです。二人とも良いんですが、より物語を面白くするなら・・・」
「ビルだね」
「やっぱりそうですか?でも先輩なのであまりよくわからなくて」
「大丈夫、情報提供はするよ。楽しみにしてるからジャンジャン書いて」
「ありがとうございます」
こうして、いつの間にやら殿下は私のアドバイザーとして、毎週のように温室で会ったり、お茶に招かれたり、たまに騎士団も見学させてくれたりして物凄くありがたい人になっていたのだった。
それは私が卒業するまで続いた。
***
卒業する直前、時間的に今日が最後になる日、約束の時間に温室にやって来た。
殿下はまたもやふらりと現れた。
「ジーク殿下、今までありがとうございました。おかげさまで、小説の売れ行きも順調で、何とお礼をして良いかわかりませんが、私にできることでしたら何でもおっしゃって下さい」
「う~ん、まあ、あると言うか何と言うか、それはまた後でお願いするかも」
「?わかりました。本当にありがとうございました。殿下も残りの学生生活、実りある日々をお過ごし下さい」
「この後の進路は?文化系の専科に行くんでしょう?」
「はい。やっと両親を説得できました。大変でしたが、小説を書くことも了承してくれたので、専科に行きます」
「良かったね。新作、楽しみにしてるから」
「ありがとうございます。殿下のお陰です。私、頑張って続けますから。新作良かったらお送りさせて下さい」
「良いの?ありがとう」
「はい、ぜひ。そのくらいしか出来ないので」
「そんなこともないけど。よろしくね」
最後に差し出された右手を握手?と思って握り返すと、そのまますいっと引き寄せられて、ギュッとハグをされた。
ちょっとびっくりしたけど、私も感謝を込めてハグを返した。
「ちゃんと覚えていてね」
「はい、ちゃんと覚えてますよ」
いつもより真剣な声で言うので、おや?と思ったが、忘れるわけがない。
本当に殿下には感謝しかない。
***
あれから3年、私は専科に行き、今年卒業してからはBL小説家として王都で活動を続けている。
相変わらず、新作が出るたびに殿下には手紙と共に献上させてもらっているが、良いのだろうか?
ちゃんと短いお礼の手紙と花束が届く。
それ以外に今は繋がりはない。
殿下も魔術専科に行き、その後は特化に行くであろから、かなり忙しいと思う。
そもそも、高等部時代がおかしかったのだ。
このくらいの繋がりでも十分凄いことなのに、やはり一抹の寂しさはある。
たまに王族がテレビに映る時があるが、元気そうだし、何よりすごく背が伸びて大人っぽくなった。
私は相変わらず背も低いし、童顔で、きっと今ではどちらが年上かわからないだろう。
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