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【番外編】マリモリ先生の受難4
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魔術学校を卒業して5年。私は23歳になっていた。
青薔薇騎士団シリーズも好評で、年一回ペースで出していたので、5冊になっていた。
僕のおじさまシリーズは3冊である。
決して早いとはいえないが、マクシミリアンもエトワールもアンドレもガイウスもジャンもみんな愛着のあるキャラクターだから、大事に物語にしていきたいんだよね。
そんなある日、魔術特化を卒業したジーク殿下のお妃候補の選定のニュースがテレビから流れていた。
学業に専念したいと、殿下は学生の間は特に婚約者を決めることはしなかったのだという。
ニュースでは各界の有名人の娘さんが候補に上がるだろうと、色々取り沙汰されていた。
もうそんな年齢になったんだなと感慨深い。
すぐにでも決まりそうな勢いで報道されていたが、結局その後、誰にも決まらないまま、さらに3年が過ぎていた。
私は26歳になった。
書き上げたばかりの新作を送らせていただき、すぐに殿下から手紙が届いた。
開けてみると、いつものようにお礼が書いてある。
それと、別に金の縁取りがあるカードが入っていた。
あれ?と思って見ると、”4/21日 午前11時に王宮に来てほしい”と書いてある。
こんな事は初で、何だろう?と思ったが、8年ぶりに殿下に会えるというのはなんだか懐かしく、嬉しかった。
***
約束の21日になったので、11時少し前に王宮前に着いた。
受付で名前と、念のためカードを持参して見せる。
「エマリア・モリーシュさんですね。案内が参りますので少しお待ち下さい」
受付の方はすぐに通信機で連絡を取ってくれ、程なくして案内のメイドさんがやって来て、殿下の待つ部屋へ案内してくれた。
ちょ、ちょっと待った。ここ、見覚えがあるんですけど・・・
目の前にどーんと構えた豪華な扉。
そして扉の前には護衛の方2名。
はぁ、相変わらず殿下は私を驚かすのがお得意らしい。
メイドさんがノックをすると、中から、懐かしい殿下の声がした。
「どうぞ~。入って」
「失礼します」
8年ぶりだというのに、態度はあの頃とちっとも変わってない、そこが殿下らしかった。
土足が申し訳なくなるくらいの絨毯を歩いて、殿下の座るソファに向かう。
ソファの少し手前で殿下が立ち上がった。
「お久しぶりです。殿下。お元気そうで何よりです」
「久しぶりだね、エマリア」
「ジーク殿下は大人になられましたね」
「まあ、もう24だからね」
本当に、立派になられて。背が随分伸びてる。
前でも見上げてたのに、更に見上げる形になる。
あどけなさを残してた顔立ちも、すっかり大人の美青年になっていた。
「エマリアは変わんないね」
「はぃ・・・」
そうなのだ。本当に全然変わらない。背も伸びないし、少しは大人っぽくなって欲しいのに、童顔のまま。
今年26になるのに、未だに18、9に見られることすらある。
ニコニコしている殿下にソファにかけるよう促され、大人しく座る。
「わざわざ来てくれてありがとう。エマリアにお願いがあって。覚えてる?前に言ってた事」
「はい、もちろんです。何でしょう」
お願い事とは?と首を傾げる。
口元に笑みをはいて、殿下は私の両手を取ると、おもむろに言った。
「ねぇ、エマリア、僕と結婚して欲しい」
「は?え?」
何と?結婚?殿下が?私と?
突然のことで頭が真っ白になる。
「あはは。そうなるかぁ、やっぱり」
「あの、えっと」
「実は、高等部の時からエマリアを婚約者にって決めてたんだけど、成人してなかったし、成人してすぐ言ってもエマリアは速攻で断ってくるでしょ?だからずっとタイミングを待ってたんだよ」
た、確かに。
でも、今だって畏れ多いのは同じだ。
「実はエマリアの周りには、今までずーっと色んな護衛がついてたんだよ。気がついてた?」
「え!いいえ。全く気がついてませんでした」
そうだったんだ。全然知らなかった。
「僕は報告を聞いていたから、エマリアの事はずっと知っていて、あまり久しぶりって感じはしなかったんだけど、やっぱりちゃんと会えるのは嬉しいね」
そういうと殿下はギュッとハグして来た。
うわっ!ビックリした。小柄な私では殿下の胸元にすっぽりと収まってしまう。
「やっぱり可愛いなぁ」
ギュッとしながら、私の頭にスリスリしてくる殿下。
で、殿下に甘えられている。信じがたいこの状況に私は全く付いて行けてなかった。
殿下と結婚する?私が?
確かにいい年で、学生時代の友達や周りはどんどん結婚して、いい加減そろそろ結婚しないと、とどこか他人事のように思っていたけど・・・
そういえば、あの厳しい実家がずっと私を放置していた。
あの実家なら早く結婚しろ!くらい言いそうだったのに。
「あの~、もしや、私の実家には話が言っていたりします?」
「もちろんだよ。ずっと前から根回しは完璧」
ニッコリと、殿下はいい笑顔で言った。
やっぱり。通りで好きにさせてくれた訳だ。
私一人がノンキにBL小説を書いていだのだ。
「エマリアはさ、卒業直前に出来ることがあれば何でもするって言ったよね」
ぐっ。言った。確かに言った。
でも、まさか王太子妃だとは思わない。
「言いました、けど・・・」
「今じゃなくて、後からお願いするって、言ったよね」
「言ってました・・・」
「だから、今お願い事をしてるんだけど」
「・・・」
そんな大それたお願い事だと誰が思うのだろう。
いやいやいや、無理無理。勇気を振り絞って意見してみた。
「わ、私ではとても務まりそうにありません。殿下のお妃様候補は有名な方が沢山いらしたではないですか」
「あー、あれね。もう全然ダメ。王妃を自分のステイタスを上げるためだけの手段としか見てない奴ばかりでお話にならない。そんなのは大臣達が勝手に落としてくれた」
思惑通りに事が運んだよと、ニンマリしている。
出た、この笑顔。
「その点、エマリアは古くからの公爵家で作法はバッチリだし。所作は綺麗だし、良いとこのお嬢さんなのに偉ぶったところも無いし、ほんの些細な事にでもいちいちきちんとお礼を言うよね。意外とそういう人はいないんだよ」
そんな細かい所まで見られていたとは思わなかった。
いや、流されるわけにはいかない!
「私は人前に出るのは苦手ですし、私など平凡で何の取り柄もありません。務まるとは思えません」
殿下は、はぁぁぁ、とため息をついた。
「謙虚なのは悪い事じゃ無いけど、エマリアは自己評価低すぎじゃない?学生の頃から小説家としてデビューして、今も第一線で活躍してる人のどこか平凡なのさ。凄い才能だと思うよ。ちゃんと自立した立派な女性だよね」
私は目を丸くした。だって、小説を書く事は私に取って当たり前で、才能とかそんな風に考えた事も無かった。
確かに、ありがたいことに本の売れ行きも良くて、生活に困ることもない。
派手な事をする性分ではなく、贅沢な事といえば、たまにふらりと一人で旅行した時に自分へのご褒美にと良い宿に泊まってリフレッシュするくらいだ。
「そんな風に考えた事もありませんでした」
「そこがエマリアらしいけどね。君は素晴らしいよ」
いつものからかう様な感じではなく、優しく包み込む様に微笑まれて、心臓がドキリとした。
今まで、殿下のことは雲の上の人過ぎて、恋愛とか考えた事も無く、一人の男性として意識したのは初めての事だった。
赤くなった顔を上げていられなくて、不敬とは思いながらも思わず顔を逸らしてしまう。
私の様子を見た殿下はクスクスと笑うと
「ねぇ、本当に僕がエマリアに好意を持っていたの、今まで気がつかなかったの?あんなに一緒にいたのに?」
私は面を上げられないまま、コクコクと頷いた。
だって、私みたいな人を好きになる人などいるとは思わなかった。
もう一度、すいっと私を引き寄せると
「周りを牽制するの、結構大変だったんだよ。エマリアはすっごく可愛いから」
え?と思って思わず顔を上げてしまった。
物凄く近くに殿下の顔があってビックリする。
「その顔はやっぱり気がついて無かったんだね。温室で初めて見た時、あんまりに可愛くて、その綺麗な宝石みたいな瞳に囚われて、天使を見つけたと思ったのに」
「い、言い過ぎでは」
もう、無理。ギュッとハグされているので身動きも取れず、思わず殿下の胸に顔を埋めてしまう。
「とにかく、約束だからね。エマリアにしか頼めないんだから」
もう逃さないよ、と殿下は私の耳元で囁く様に言った。
ずっと長いこと、用意周到に包囲網を敷かれていた私に抵抗できる術はない。
うぅ、実家に言ってもムダだろうなぁ・・・
何という事だ!やっぱり殿下は只者では無かったのだ。
殿下はご機嫌な様子で益々ムギュウと私を抱きしめた。
あぁぁぁ、どうしよう・・・
「僕は気が長いから。これから説得していくからね」
「うぅぅぅ」
肯定も否定も出来ず、ただ唸ることしかできなかった。
「あ、そうだ。一応ね、これから大臣たちがダミーの候補者二人も交えて査定すると思うけど、あんまり気にしないで。元々エマリアにするって、父や母には言ってあって、二人とも大賛成してくれてるから」
「は?ダミーって、何ですかそれ」
思わず恥ずかしさも忘れて聞いてしまった。
瑠璃色の瞳がイタズラっぽい光を浮かべる。
「うん?将来の王妃だからさ、自分の好き勝手に決めると大臣達が後から小さい事で文句言ってきてうるさいんだよ。だから予めこちらでそれっぽいダミー用意してあるの。あ、ダミー達は了解済みだから。それとなく辞退したり、選考から漏れる様に動くんだよ。大臣達みんな納得してエマリアにするって訳。万事解決」
え?王宮って、そんな騙し合いするの?怖っっっ!
というか、まんまといいように動かされる大臣達。それで良いのか?
「あ、でも、2年くらい前にノーマークだったミランダ・デパルが候補に上がりそうだったんだけど、上手い事父がウォルフを動かしてグラントを焚き付けてくれてね。正式に候補者になる前にさっさと結婚してくれたから本当に助かったよ」
唖然とした。2年前、王都中の女性の憧れの的とまで言われた、グラント君が事務官だったミランダさんと電撃結婚したのはそんな訳があったのか!
あの衝撃の結婚の裏に、まさか陛下まで絡んでたなんて。
もう私ごときが、この決定に反対するのは無理だ。
殿下ぁぁぁ。
全くもう、殿下ってばぁぁぁぁ!!
***
ジークの思惑通り、それから2年後、満場一致の賛成により、本当に私は王太子妃になってしまった。
世の人は王太子妃だと知らないまま、マリモリとして今まで通りのゆっくりペースでBL小説も書き続けている。
ありがたいことに、ジークは一番の理解者であり、小説の素晴らしいアドバイザーでもある。
彼の情報でよりリアルに、面白い話が書けているのだ。
もう、この曲者王族たちには敵わない。
あの日、あの温室でジークに捕まった事が私の受難のようなものだったのかもしれない。
【完】
青薔薇騎士団シリーズも好評で、年一回ペースで出していたので、5冊になっていた。
僕のおじさまシリーズは3冊である。
決して早いとはいえないが、マクシミリアンもエトワールもアンドレもガイウスもジャンもみんな愛着のあるキャラクターだから、大事に物語にしていきたいんだよね。
そんなある日、魔術特化を卒業したジーク殿下のお妃候補の選定のニュースがテレビから流れていた。
学業に専念したいと、殿下は学生の間は特に婚約者を決めることはしなかったのだという。
ニュースでは各界の有名人の娘さんが候補に上がるだろうと、色々取り沙汰されていた。
もうそんな年齢になったんだなと感慨深い。
すぐにでも決まりそうな勢いで報道されていたが、結局その後、誰にも決まらないまま、さらに3年が過ぎていた。
私は26歳になった。
書き上げたばかりの新作を送らせていただき、すぐに殿下から手紙が届いた。
開けてみると、いつものようにお礼が書いてある。
それと、別に金の縁取りがあるカードが入っていた。
あれ?と思って見ると、”4/21日 午前11時に王宮に来てほしい”と書いてある。
こんな事は初で、何だろう?と思ったが、8年ぶりに殿下に会えるというのはなんだか懐かしく、嬉しかった。
***
約束の21日になったので、11時少し前に王宮前に着いた。
受付で名前と、念のためカードを持参して見せる。
「エマリア・モリーシュさんですね。案内が参りますので少しお待ち下さい」
受付の方はすぐに通信機で連絡を取ってくれ、程なくして案内のメイドさんがやって来て、殿下の待つ部屋へ案内してくれた。
ちょ、ちょっと待った。ここ、見覚えがあるんですけど・・・
目の前にどーんと構えた豪華な扉。
そして扉の前には護衛の方2名。
はぁ、相変わらず殿下は私を驚かすのがお得意らしい。
メイドさんがノックをすると、中から、懐かしい殿下の声がした。
「どうぞ~。入って」
「失礼します」
8年ぶりだというのに、態度はあの頃とちっとも変わってない、そこが殿下らしかった。
土足が申し訳なくなるくらいの絨毯を歩いて、殿下の座るソファに向かう。
ソファの少し手前で殿下が立ち上がった。
「お久しぶりです。殿下。お元気そうで何よりです」
「久しぶりだね、エマリア」
「ジーク殿下は大人になられましたね」
「まあ、もう24だからね」
本当に、立派になられて。背が随分伸びてる。
前でも見上げてたのに、更に見上げる形になる。
あどけなさを残してた顔立ちも、すっかり大人の美青年になっていた。
「エマリアは変わんないね」
「はぃ・・・」
そうなのだ。本当に全然変わらない。背も伸びないし、少しは大人っぽくなって欲しいのに、童顔のまま。
今年26になるのに、未だに18、9に見られることすらある。
ニコニコしている殿下にソファにかけるよう促され、大人しく座る。
「わざわざ来てくれてありがとう。エマリアにお願いがあって。覚えてる?前に言ってた事」
「はい、もちろんです。何でしょう」
お願い事とは?と首を傾げる。
口元に笑みをはいて、殿下は私の両手を取ると、おもむろに言った。
「ねぇ、エマリア、僕と結婚して欲しい」
「は?え?」
何と?結婚?殿下が?私と?
突然のことで頭が真っ白になる。
「あはは。そうなるかぁ、やっぱり」
「あの、えっと」
「実は、高等部の時からエマリアを婚約者にって決めてたんだけど、成人してなかったし、成人してすぐ言ってもエマリアは速攻で断ってくるでしょ?だからずっとタイミングを待ってたんだよ」
た、確かに。
でも、今だって畏れ多いのは同じだ。
「実はエマリアの周りには、今までずーっと色んな護衛がついてたんだよ。気がついてた?」
「え!いいえ。全く気がついてませんでした」
そうだったんだ。全然知らなかった。
「僕は報告を聞いていたから、エマリアの事はずっと知っていて、あまり久しぶりって感じはしなかったんだけど、やっぱりちゃんと会えるのは嬉しいね」
そういうと殿下はギュッとハグして来た。
うわっ!ビックリした。小柄な私では殿下の胸元にすっぽりと収まってしまう。
「やっぱり可愛いなぁ」
ギュッとしながら、私の頭にスリスリしてくる殿下。
で、殿下に甘えられている。信じがたいこの状況に私は全く付いて行けてなかった。
殿下と結婚する?私が?
確かにいい年で、学生時代の友達や周りはどんどん結婚して、いい加減そろそろ結婚しないと、とどこか他人事のように思っていたけど・・・
そういえば、あの厳しい実家がずっと私を放置していた。
あの実家なら早く結婚しろ!くらい言いそうだったのに。
「あの~、もしや、私の実家には話が言っていたりします?」
「もちろんだよ。ずっと前から根回しは完璧」
ニッコリと、殿下はいい笑顔で言った。
やっぱり。通りで好きにさせてくれた訳だ。
私一人がノンキにBL小説を書いていだのだ。
「エマリアはさ、卒業直前に出来ることがあれば何でもするって言ったよね」
ぐっ。言った。確かに言った。
でも、まさか王太子妃だとは思わない。
「言いました、けど・・・」
「今じゃなくて、後からお願いするって、言ったよね」
「言ってました・・・」
「だから、今お願い事をしてるんだけど」
「・・・」
そんな大それたお願い事だと誰が思うのだろう。
いやいやいや、無理無理。勇気を振り絞って意見してみた。
「わ、私ではとても務まりそうにありません。殿下のお妃様候補は有名な方が沢山いらしたではないですか」
「あー、あれね。もう全然ダメ。王妃を自分のステイタスを上げるためだけの手段としか見てない奴ばかりでお話にならない。そんなのは大臣達が勝手に落としてくれた」
思惑通りに事が運んだよと、ニンマリしている。
出た、この笑顔。
「その点、エマリアは古くからの公爵家で作法はバッチリだし。所作は綺麗だし、良いとこのお嬢さんなのに偉ぶったところも無いし、ほんの些細な事にでもいちいちきちんとお礼を言うよね。意外とそういう人はいないんだよ」
そんな細かい所まで見られていたとは思わなかった。
いや、流されるわけにはいかない!
「私は人前に出るのは苦手ですし、私など平凡で何の取り柄もありません。務まるとは思えません」
殿下は、はぁぁぁ、とため息をついた。
「謙虚なのは悪い事じゃ無いけど、エマリアは自己評価低すぎじゃない?学生の頃から小説家としてデビューして、今も第一線で活躍してる人のどこか平凡なのさ。凄い才能だと思うよ。ちゃんと自立した立派な女性だよね」
私は目を丸くした。だって、小説を書く事は私に取って当たり前で、才能とかそんな風に考えた事も無かった。
確かに、ありがたいことに本の売れ行きも良くて、生活に困ることもない。
派手な事をする性分ではなく、贅沢な事といえば、たまにふらりと一人で旅行した時に自分へのご褒美にと良い宿に泊まってリフレッシュするくらいだ。
「そんな風に考えた事もありませんでした」
「そこがエマリアらしいけどね。君は素晴らしいよ」
いつものからかう様な感じではなく、優しく包み込む様に微笑まれて、心臓がドキリとした。
今まで、殿下のことは雲の上の人過ぎて、恋愛とか考えた事も無く、一人の男性として意識したのは初めての事だった。
赤くなった顔を上げていられなくて、不敬とは思いながらも思わず顔を逸らしてしまう。
私の様子を見た殿下はクスクスと笑うと
「ねぇ、本当に僕がエマリアに好意を持っていたの、今まで気がつかなかったの?あんなに一緒にいたのに?」
私は面を上げられないまま、コクコクと頷いた。
だって、私みたいな人を好きになる人などいるとは思わなかった。
もう一度、すいっと私を引き寄せると
「周りを牽制するの、結構大変だったんだよ。エマリアはすっごく可愛いから」
え?と思って思わず顔を上げてしまった。
物凄く近くに殿下の顔があってビックリする。
「その顔はやっぱり気がついて無かったんだね。温室で初めて見た時、あんまりに可愛くて、その綺麗な宝石みたいな瞳に囚われて、天使を見つけたと思ったのに」
「い、言い過ぎでは」
もう、無理。ギュッとハグされているので身動きも取れず、思わず殿下の胸に顔を埋めてしまう。
「とにかく、約束だからね。エマリアにしか頼めないんだから」
もう逃さないよ、と殿下は私の耳元で囁く様に言った。
ずっと長いこと、用意周到に包囲網を敷かれていた私に抵抗できる術はない。
うぅ、実家に言ってもムダだろうなぁ・・・
何という事だ!やっぱり殿下は只者では無かったのだ。
殿下はご機嫌な様子で益々ムギュウと私を抱きしめた。
あぁぁぁ、どうしよう・・・
「僕は気が長いから。これから説得していくからね」
「うぅぅぅ」
肯定も否定も出来ず、ただ唸ることしかできなかった。
「あ、そうだ。一応ね、これから大臣たちがダミーの候補者二人も交えて査定すると思うけど、あんまり気にしないで。元々エマリアにするって、父や母には言ってあって、二人とも大賛成してくれてるから」
「は?ダミーって、何ですかそれ」
思わず恥ずかしさも忘れて聞いてしまった。
瑠璃色の瞳がイタズラっぽい光を浮かべる。
「うん?将来の王妃だからさ、自分の好き勝手に決めると大臣達が後から小さい事で文句言ってきてうるさいんだよ。だから予めこちらでそれっぽいダミー用意してあるの。あ、ダミー達は了解済みだから。それとなく辞退したり、選考から漏れる様に動くんだよ。大臣達みんな納得してエマリアにするって訳。万事解決」
え?王宮って、そんな騙し合いするの?怖っっっ!
というか、まんまといいように動かされる大臣達。それで良いのか?
「あ、でも、2年くらい前にノーマークだったミランダ・デパルが候補に上がりそうだったんだけど、上手い事父がウォルフを動かしてグラントを焚き付けてくれてね。正式に候補者になる前にさっさと結婚してくれたから本当に助かったよ」
唖然とした。2年前、王都中の女性の憧れの的とまで言われた、グラント君が事務官だったミランダさんと電撃結婚したのはそんな訳があったのか!
あの衝撃の結婚の裏に、まさか陛下まで絡んでたなんて。
もう私ごときが、この決定に反対するのは無理だ。
殿下ぁぁぁ。
全くもう、殿下ってばぁぁぁぁ!!
***
ジークの思惑通り、それから2年後、満場一致の賛成により、本当に私は王太子妃になってしまった。
世の人は王太子妃だと知らないまま、マリモリとして今まで通りのゆっくりペースでBL小説も書き続けている。
ありがたいことに、ジークは一番の理解者であり、小説の素晴らしいアドバイザーでもある。
彼の情報でよりリアルに、面白い話が書けているのだ。
もう、この曲者王族たちには敵わない。
あの日、あの温室でジークに捕まった事が私の受難のようなものだったのかもしれない。
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