社畜モブの俺、異世界転移したら「Sub」っていわれたんだけど。え、「Sub」って何ですか?

鉾田 ほこ

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3章

48 暦の概念2

 健介が部屋から出て、洗濯場に行く時間は早すぎて他の人に会うことは滅多にない。夜通しの客を見送った帰りのプレイヤーと鉢合わせることがないこともないが、通しの客は珍しい。
 さて、掃除だけでいいのか、洗濯もある日なのか、とにかく洗濯場に行けば、シュナかウンシアはいるだろうと、扉をあけるがまだ誰もいなかった。
 大人しく? 洗濯に取り掛かっていると、しばらくしてシュナが来て、健介は胸をなでおろしつつ、挨拶より先に「シュナさん、今日は何曜日でしたか?」と尋ねて、シュナをあきれさせた。
「ケンは記憶が無いだけじゃなくて、ちょっと変わってるよね」
 使用済みのリネン類を洗濯機のような魔道具に入れながら、こちらを見ずにそういったシュナの言葉に健介はびくりと小さく肩を震わせた。
「そ、そうですか、ね?」
「うん。曜日を知らないのはまあ記憶が無いからな、とは思うけど。あれからしばらくたってるのに、まったく曜日を気にしてなかったんでしょ?」
 あれとは曜日についての質問をした日のことだと思う。指摘のとおりだが、どう反応するのが正解なのかわからず、二の句が継げない。
「月についても説明したじゃん?」
 そう言われて、健介はその時のことを思い出した。その日は曜日の書き方を習ったのだが、そもそも曜日の概念があることをその時に知ったのだ。そんな健介の様子を見たシュナは「もしかして、月とか曜日とかそういうのもわかんない?」と驚いていた。記憶喪失ということで、シュナもその時は納得してこの世界の暦について教えてくれた。
 この世界では一年は十の月に分かれている。
 元の世界と同様に一月、二月と数字で月を呼ぶのだが、それとは別に月には名前がついている。例えば、一月は「大地の月」、四月は「空の月」、十月は「生命の月」といったもので、さしずめ外国語の月の呼び方に近い。
 意味のない別名というわけではなく、この大陸の成り立ちにそって名付けられているそうで、言葉は違えどカニス帝国以外の国でも同じ意味の言葉でよばれている。この場合、自分にはどのような言葉で聞こえるのかと、ウンシアの国での月の呼び方を聞かせてもらったが、変わらず一月は「大地の月」、十月は「生命の月」だった。
 実にややこしい。これでは知らず知らずのうちに自分が何か国語も理解できる、スーパーマルチリンガルの人になってしまう。健介はこのまま「記憶喪失」で誤魔化しきれる自信が全くなくなってきたのはいうまでもない。
 暦を気にしなかった尤もらしい理由をひねり出そうと、眉間に皺を寄せてからはっとする。
 嘘をつかなくても、そのままの理由でいいじゃないか──。
「は、ハウスはお休みの日がない、ので、よ、曜日を気にする必要はないかなって。朝起きて、から、ま、毎日同じように掃除と洗濯をするのに、曜日は要らなくないですか?」
 最後を疑問形にすることが重要だ。尋ねて答えさせることで、相手にもその答えを自分で出したように思わせて、納得してもらう。サラリーマンのときに培ったテクニック。
 仕事をしていると、「AかBか、はたまたCか」という選択を迫られる状況は往々にして発生する。たとえ、相手が「Aが最適だ」と思っていたとしても、誰かから「Aがいいです」といわれて、「A」を選んだ場合、だいたい後から「俺はAじゃないほうがいいと思っていた」とか言い出すのだ。だが、「Bもいいですけど、Aも捨てがたいですよね、どう思いますか?」などと尋ねたうえで、「あぁ、俺もそう思っていた、でも今回はAかな」と言わしめれば、その相手は後から自分の考えを覆すことはそうそうない。
 まあ、健介が勤めていたブラック企業では「俺はAがいいとは言っていない」などとのたまって、無駄な仕事を増やす輩が発生していたのだが……。
「そうか……な? うん、まあ確かに、ハウスには定休はないもんね」
 シュナもなんとなく納得したようで、うやむやにできたことに健介は頭の中で拳を勝利に高々と掲げた。
「確かにケンはプレイヤーでもないし、曜日も月も関係ない……のかな」
「プレイヤーだと関係あるのですか?」
 健介にはプレイヤーだと曜日と月が必要となる理由がわからない。「いついつまでに」という納期がある仕事ならいざ知らず、その日の訪れを対応する仕事に暦が必要だとは思えない。不思議に思って、目の前のシュナに視線を投げる。次に魔道具に入れる洗濯ものをたらいの中でちゃぷちゃぷとこねくり回しながら、視線に気づいたシュナが、「だいたいみんな、ひと月以内でプレイに来るから」と答える。
「そう……なんですか?」
 定期的にプレイをするもの、だということは最初に罹った医者にも言われていたので知っている。自分がSubだと判明してから……、何度プレイをしただろうか。
 サイベリアンと、ウンシアと、それでまたサイベリアンと……。そこで、健介はウンシアと初めてプレイをしたときのことを思い出した。確か、ひと月プレイをしていないと言ったことにシュナが酷く驚いて、「今すぐプレイをするように」と半ば無理やりウンシアとプレイをしたのだ。
「僕から教えることもできるけど、詳しいことはバーニーに教えて貰うといいよ」
 そう言って、シュナは視線を再びたらいに戻した。
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