社畜モブの俺、異世界転移したら「Sub」っていわれたんだけど。え、「Sub」って何ですか?

鉾田 ほこ

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4章

2 そこをなんとか!

 まともな休息も取らず、連日のように日付が変わってから執務室を後にする。毎日疲れてはいるはずなのに、精神が逆立っているのか眠りも浅い。さすがにサイベリアン自身も、自分の精神と肉体の状態が芳しくないということは自覚していた。宮中に仕えるものにSubは少ないものの、このままでは事故を起こしかねない。レオンにも言われた通り、上手くダイナミクスを制御出来なくなっている。
 それは少しも進まないダイナミクス所持者行方不明の件の報告を受けているときだった。

「で、殿下、申し訳、ございません」
 常から冷静で温厚を絵に描いたようなサイベリアンは声を荒げることも激昂することもなく、報告する面々も穏やかなものである。だが、それがどうだ。いま目の前で謝罪する近衛騎士団の団長の顔は青ざめ、平伏する勢いだ。
 サイベリアンの後ろに控えていたレオンは小さくため息をつくと、机をまわって正面に立つ。
「サイベリアン殿下、お休みになられたほうがよろしいかと存じます」
 従兄であることに加えて、側近であることを言い訳にたとえ他の人がいる場所でも、普段は敬語を使って話したりしないレオンが、丁寧と言えば聞こえがいい、慇懃な進言をサイベリアンにする。
 ついたため息を半分飲み込んだのは、目の前の近衛騎士団長ヴルペスが細身の体を震わせているのが目に入ったからだ。
 サイベリアンはいよいよまずいと自覚した。抑えきれない苛立ちが「威嚇Glare」となって発せられている。しかも、訓練した騎士である男を震え上がらせるほどに。
「すまない。下がってくれ」
 ひねり出すようにそれだけ告げて、椅子の背もたれに大きく倒れ込む。両手で髪をかき上げて大きく息を吐いた。

* * *

「えぇ? ダメよ」
「そこを、なんとか!」
 ゾイの執務室に大きな声が響き渡る。
 目の前には床に膝をつき、両手をついて頭をさげる男がひとり。ばっさりと切られた断りの言葉に、懇願するように床に額を擦りつけている。
「本人が来ればいいじゃない」
 床に額づく男は思った、「それはあんたが仕事を終わらせるまで会わせない」と言ったからではないか、と。
「このままでは事故が起きかねません」
「でもぉ」
「俺が責任を持ちます」
 ばっと顔を上げて真剣な眼差しでゾイを見上げるのは、甥っ子のひとり。
 侯爵家の嫡男で第二皇子の側近にもかかわらず、真面目というより軽薄な雰囲気をまとい、要領がよく処世に長けている。普段は面倒は避けて、のらりくらりと立ちまわる抜け目ないレオンが、とゾイには少々意外だった。
 それに、第二皇子の身辺警護もする側近の彼が単身でここへきているのも、いかがなものかと思う。お前こそ仕事を放り出してきているのでは?
 そんなゾイの表情を読んだのか、「転移陣で来ました。これからまた転移陣で戻ります」と勢いよく答える。
 転移の魔法陣だって?
 転移陣は大変に高額な代物だ。一般人では到底購入できない。ただ高価なだけではない。それこそ、国家的な事情でなければ、使用の許可がされない。誰でもが使えたら、それを悪用するものが現れ、大問題が発生する。まあ、対策がされてはいるのだが……。そんな転移魔法陣の使用許可を文官が出すほどに、サイベリアンの窮状は目に余るものなのだろう。
 状況はわかったものの、ゾイは目をすがめてレオンを見る。
「税金の無駄遣い、職権乱用よ」
「自腹です」
 そんなどうでもいい会話をしている時間はあるのだろうか、と思うが、まあゾイには関係ない。どうやら、もう一人の甥っ子は自分の言いつけを愚直に守って、ここに訪ねてくることも出来ないようだ。本当に、サイベリアンは本来真面目でいい子なのだ。
 あれだけ執着していたのだから、きっとダイナミクスのストレスが限界まで溜まっているのはわかっていて、それでもほかのSubとプレイをしたくないのだろう。
 健気なものだ。
 とはいえ、皇宮で皇族がダイナミクスの事故を起こすのを見ないふりをすることもできまい。ゾイだって可愛い甥っ子たちに意地の悪い態度を取りたいわけではない。
 ゾイは縋るような目で見上げる甥を見下みおろして、小さくため息をつく。
「明日の夜に来るように伝えてちょうだい」
 見上げるレオンの瞳が喜びに見開かれる。
「いいんですか?」
「仕事の手を抜かないように言っただけよ。会いに来ちゃダメとは言ってないわ」
 ゾイはふんっと鼻を鳴らす。ケンに会いたいばかりに、仕事を疎かにするなとはいったが、会わせないとは言っていない。
 バーニーに依頼しているダイナミクスの勉強はどの程度進んでいるだろうかと頭の片隅で考える。明日の夜までに準備をさせなくては。
 ゾイは両手を叩いて、いまも床に座り込んでいる甥っ子を立たせる。
「ほら、早く帰って伝えてあげて。夕方まではきちんと執務を行うこと。通しでいいけど、朝にはちゃんと帰ること。まず、来たら私のところに来るように言ってね」
「もちろんです!」
 レオンは差っと立ち上がると、返事をした勢いのまま、その場で簡易魔法陣のスクロールを開き、一瞬で目の前から消える。
 なんとも慌ただしいことだ。
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