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1章
37 見つからない
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外は良い天気で、気が滅入る要素など一つもない。だが、執務机の後ろの大きな窓から差し込む陽の光すら煩わしい。
「Glareが出てるぞ」
いつの間にか入ってきたレオンが指摘する。リアンの執務机の前で青ざめている騎士を勝手に部屋から出して、その場所に代わって立っていた。
「ならば、代わりにお前が見つけてくるか?
「穏やかじゃないな。品行方正で優しいと評判のサイベリアン様とは思えないぞ」
「そんなのどうでもいい!」
机を叩いて、声を荒げる。
「少しは落ち着けよ」
リアンは不思議で仕方がなかった。先ほどの騎士にはあのような悪態をついたが、実際自分の家の『草』──隠密や諜報を主な業務とする者たちは大変優秀だ。たった一人の庶民を探し出すことくらい造作もないと考えていた。
そう、ケンは庶民なのだと思う。あのようなボロボロ……悪しざまに言うならみすぼらしいほどに擦り切れて汚れた服を来た貴族はいない。身分を隠すための変装だったとしたら、会ったときに自分に気づいただろう。リアンが相手に気づくことは無くても、相手が貴族ならどのような爵位だろうと、自分に気づかないはずはないからだ。
「なぜ見つけられない?」
疲労を声ににじませて、率直な疑問をレオンに投げかける。
「庶民街をくまなく探した。この一か月だ。それは大々的にではないが騎士の街の見回りに黒髪に黒い目をした、この国の一般男性よりも身長は低い、むしろ女性より少し高い程度。服は質素、細く貧相な体つき……」
「貧相ではない!」
「おいおい、あれは一般的には貧相な部類だ」
ちょっと肉がついていなく、薄い身体をしているだけだ、貧相ではない。リアンは心の中で反論した。口に出すことはしなかったが……。
「続けるぞ。貧民街も確認した。庶民が仕事に出る時間や帰宅する時間を中心に、該当しそうな人物がいないか。だが、一致しそうな者はいなかった」
「そうか……」
話を聞く限りだと、騎士たちや『草』のものたちの捜索に落ち度はなさそうだ。
「登録は真っ先に確認したんだったか?」
この国……のなかでも、この領内では住民を登録している。名前や年齢だけではなく、どの種族で、どこに住んでいて、どんな職業をしているのかといった基本的な情報だ。この国……カニス帝国全体ではDomやSubといったダイナミクスを登録する制度は一般的だが、領民の情報をくまなく把握しているのは、帝都とこの領だけだ。
そのため、人探しをするのはそれほど難しいこととは思っていなかった。ケンがいなくなった朝、ケンがいなくなったことに驚きはしたものの、ケン自身のことを何も聞かず、知らないことはそれほど大きな問題ではないと、いずれは探し出せると高を括っていた。
それがひと月たっても見つからない。
そうとう上手く身を隠す術を持っているとしか考えられない。
「そうだ。似たような名前のものは数人いたが、年齢が合わなかったり、種族が異なったりと、決定的じゃない」
「ダイナミクス登録のほうもか?」
「あぁ、あの日に『ダイナミクスの診断をされた』と言っていたんだろう?」
「そうだ」
「その後、一週間の新規登録を確認したが、名前が一致するものはいなかった」
この国では、ダイナミクスを持つものは必ず登録をしなくてはいけない。それは、医者に診断されたときにも必ず伝えられているはずだ。
それがないとなると、登録をしに行けない事情があるのか……それとも。
眉間に刻まれた深い皺を手で揉む。だんだん頭痛がしてきた気がする。
「引き続き、捜索をしてくれ」
深いため息をついて、レオンに指示する。
「寝れているのか?」
机の前に立つレオンがリアンの顎を掴んで、顔を上に向けさせる。
リアンはぱっと顔をそらせた。だが、レオンにはその一瞬でリアンの目の下に深いくまが刻まれていることに気づいた。
「横にはなっている……」
「なるべく早く見つけるようにするから、お前は休め」
レオンは首をふって、ため息をついた。
「わかっている」
「寝れないほどなら、誰でもいいからSubとプレイしろ」
低い声でリアンに言い含めるように言う。
「それは嫌だ」
「なら寝ろ」
リアンはそれに返事をしなかった。
レオンがリアンの執務室から出ようと扉の前までいく。ドアノブに手をかけようとしたとき、扉の向こう側が少し騒がしくなる。
コン、コン、コン
と、少しせわしない勢いでノックの音が響いた。
「どうした?」
レオンはそう言いながら、執務室の扉を勝手に開ける。
そこには「草」のものと騎士が数人立っていた。
「見つけました。ケン様と思われます」
「本当か!?」
リアンが椅子から勢いよく立ち上がる。
「はい!」
「どこだ?」
「庶民街で見つけ、いま尾行しております!」
「Glareが出てるぞ」
いつの間にか入ってきたレオンが指摘する。リアンの執務机の前で青ざめている騎士を勝手に部屋から出して、その場所に代わって立っていた。
「ならば、代わりにお前が見つけてくるか?
「穏やかじゃないな。品行方正で優しいと評判のサイベリアン様とは思えないぞ」
「そんなのどうでもいい!」
机を叩いて、声を荒げる。
「少しは落ち着けよ」
リアンは不思議で仕方がなかった。先ほどの騎士にはあのような悪態をついたが、実際自分の家の『草』──隠密や諜報を主な業務とする者たちは大変優秀だ。たった一人の庶民を探し出すことくらい造作もないと考えていた。
そう、ケンは庶民なのだと思う。あのようなボロボロ……悪しざまに言うならみすぼらしいほどに擦り切れて汚れた服を来た貴族はいない。身分を隠すための変装だったとしたら、会ったときに自分に気づいただろう。リアンが相手に気づくことは無くても、相手が貴族ならどのような爵位だろうと、自分に気づかないはずはないからだ。
「なぜ見つけられない?」
疲労を声ににじませて、率直な疑問をレオンに投げかける。
「庶民街をくまなく探した。この一か月だ。それは大々的にではないが騎士の街の見回りに黒髪に黒い目をした、この国の一般男性よりも身長は低い、むしろ女性より少し高い程度。服は質素、細く貧相な体つき……」
「貧相ではない!」
「おいおい、あれは一般的には貧相な部類だ」
ちょっと肉がついていなく、薄い身体をしているだけだ、貧相ではない。リアンは心の中で反論した。口に出すことはしなかったが……。
「続けるぞ。貧民街も確認した。庶民が仕事に出る時間や帰宅する時間を中心に、該当しそうな人物がいないか。だが、一致しそうな者はいなかった」
「そうか……」
話を聞く限りだと、騎士たちや『草』のものたちの捜索に落ち度はなさそうだ。
「登録は真っ先に確認したんだったか?」
この国……のなかでも、この領内では住民を登録している。名前や年齢だけではなく、どの種族で、どこに住んでいて、どんな職業をしているのかといった基本的な情報だ。この国……カニス帝国全体ではDomやSubといったダイナミクスを登録する制度は一般的だが、領民の情報をくまなく把握しているのは、帝都とこの領だけだ。
そのため、人探しをするのはそれほど難しいこととは思っていなかった。ケンがいなくなった朝、ケンがいなくなったことに驚きはしたものの、ケン自身のことを何も聞かず、知らないことはそれほど大きな問題ではないと、いずれは探し出せると高を括っていた。
それがひと月たっても見つからない。
そうとう上手く身を隠す術を持っているとしか考えられない。
「そうだ。似たような名前のものは数人いたが、年齢が合わなかったり、種族が異なったりと、決定的じゃない」
「ダイナミクス登録のほうもか?」
「あぁ、あの日に『ダイナミクスの診断をされた』と言っていたんだろう?」
「そうだ」
「その後、一週間の新規登録を確認したが、名前が一致するものはいなかった」
この国では、ダイナミクスを持つものは必ず登録をしなくてはいけない。それは、医者に診断されたときにも必ず伝えられているはずだ。
それがないとなると、登録をしに行けない事情があるのか……それとも。
眉間に刻まれた深い皺を手で揉む。だんだん頭痛がしてきた気がする。
「引き続き、捜索をしてくれ」
深いため息をついて、レオンに指示する。
「寝れているのか?」
机の前に立つレオンがリアンの顎を掴んで、顔を上に向けさせる。
リアンはぱっと顔をそらせた。だが、レオンにはその一瞬でリアンの目の下に深いくまが刻まれていることに気づいた。
「横にはなっている……」
「なるべく早く見つけるようにするから、お前は休め」
レオンは首をふって、ため息をついた。
「わかっている」
「寝れないほどなら、誰でもいいからSubとプレイしろ」
低い声でリアンに言い含めるように言う。
「それは嫌だ」
「なら寝ろ」
リアンはそれに返事をしなかった。
レオンがリアンの執務室から出ようと扉の前までいく。ドアノブに手をかけようとしたとき、扉の向こう側が少し騒がしくなる。
コン、コン、コン
と、少しせわしない勢いでノックの音が響いた。
「どうした?」
レオンはそう言いながら、執務室の扉を勝手に開ける。
そこには「草」のものと騎士が数人立っていた。
「見つけました。ケン様と思われます」
「本当か!?」
リアンが椅子から勢いよく立ち上がる。
「はい!」
「どこだ?」
「庶民街で見つけ、いま尾行しております!」
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