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2章
1 ケンが……いない?
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* * *
「おはようございます!」
ウンシアはいつものように洗濯場を訪れ、毎日自分より早く仕事を始めているケンに挨拶をしながら中に入った。夜が明けているとはいえ、建物の中でも裏手にあり窓が小さい洗濯場は薄暗い。板張りの廊下や部屋と違って、水を扱う洗濯場はタイル張りだ。寒い季節になると、冷えてなかなかツラそうな場所である。
普段なら「あぁ、おはよう」と返ってくる返事が今日はなかった。
ウンシアは部屋に入って首を傾げる。
「ケンさん?」
部屋の中に向かって呼びかけるが、それにもまた返事はなかった。
薄暗いといっても、ウンシアは大して気にならない。人間の見え方とは少々違っていて、猫科の獣人である自分にとっては、薄暗い部屋でもそれほど視界に問題はないのだ。
だが、奥まで見渡してもケンは見当たらない。洗濯場の中を探して歩きまわるが、そう広くないその部屋ではすぐに探し終えてしまった。
そして……洗濯場の中にケンの姿はなかった。
水を汲みに行ったところなのかと、水場まで足を運んでみるが、そこにもケンの姿はない。
「おじさん? どこ?」
一体どこに行ってしまったのか──。
再び洗濯場に戻ってみるが、今日はそもそもケンが来ていた形跡がなかった。いつもならもっと少ないはずの、籠に積みあがったままのタオルやシーツ。洗濯桶は裏返されたままで、バケツに水滴ひとつついていない。
何やら胸騒ぎがする──。
昨日、外出の帰りにケンは体調を崩した。それもダイナミクスのストレスが解消できていないための不調だった。ウンシアはその体調不良を解消するために、ほんの短い時間、最低限ストレス発散できる程度のプレイをケンにしてあげていた。だが、もしかしたら……立ち上がれないほどに、再び具合が悪くなって部屋から出られていないのかもしれない。
ウンシアは心配になって、ケンの部屋まで探しに行くことにした。
洗濯部屋の扉を開けて外へと出たところで、シュナと鉢合わせる。
「あ、どこいくの?」
呼び止められて、ウンシアは足を止めた。
「いや、ケンがいなくて……」
「え? 寝坊……?」
シュナはどうやら、体調が悪かったケンを心配して、様子を見に来たようだった。
「大丈夫かな」
心配そうに眉を寄せる。
「部屋で休んでいるなら、いいんだけど」
ウンシアも早く歩きだしたそうに廊下の先に視線を向けて、心配そうな声を漏らした。
「そだね、ちょっと様子を見にいこうか」
シュナと一緒に二人でケンの部屋へと向かうことにする。この時間帯はあまり活動する人がいない。もう少し早い時間だと、通しの仕事を終えた帰りに鉢会うか、もう少し後の時間になると、起き始めて、朝食を取ったりするメンバーに会ったりする。人気のない階段をのぼる。右すぐの部屋がケンの部屋だ。
ノックを何回かしてみる。併せて部屋の中に呼びかけてみるものの、中からは何の返事もない。
部屋の前に立ってみてわかったことだが、声がしないどころか中に人の気配がしない。
(部屋にはいない?)
不安がウンシアの胸をよぎる。シュナと二人、扉の前で顔を見合わせた。
普段なら、いくら返事がなかったとしてもウンシアもシュナも他人の部屋の扉を勝手に開けることなどない。
だが──。
二人の意思は一致していた。
「開けるよー、ケン」
そう声をかけて、シュナが扉に手をかける。
そのとき、後ろから声をかけられた。
「お前たち、朝から何してるんだ?」
ウンシアが振り向くと、そこにはがちむちマッチョSubのバーニーが立っていた。怪訝な顔をして、扉の前ですったもんだするシュナとウンシアを眺める。
「いや、ケンが見当たらなくて」
「昨日、体調悪かったみたいだから、心配になったんだ」
シュナとウンシアは口々に事情を話して、二人とも困惑した表情でバーニーを見つめ返した。
「あぁ」と、バーニーは納得した表情をして、「ケンは昨日プレイルームで通しの客とプレイしているはずだから……」と言った。
バーニーは最後まで言わなかったが、通しならおそらくまだプレイルームから帰ってこれていないのではないか、とそう思った。バーニーにしてみれば、こっちの住居スペースにケンがいなくてもなんら不思議じゃなかった。
そう言おうと口を開いた瞬間、
「え!? なんで! ケンはプレイヤーじゃないのに」
という、ウンシアは驚いたような、怒ったような声でバーニーを責める。
「え、僕も知らなかった!」
シュナも純粋に驚いた声を上げて、目を丸くした。
「いや、いろいろあったみたいで……」
濁して歯切れの悪いバーニーにウンシアは「いろいろって何?」と詰め寄る。
「えぇ……」
そんなに食いつかれるとは思っていなかったバーニーはのけぞるようにして、ウンシアを避ける。コマンドを使っていないとはいえ、ウンシアはDomなのだ。
「ウンシア、抑えて」
冷静にシュナに腕を掴まれて、一転しょんぼりして「ごめんなさい……」とバーニーに謝った。
まだ客がいるなら、プレイルームを確認することは無理だ。
だが、シュナもウンシアもケンの様子を……、率直に言えば元気かどうか、確かめておきたかった。そうしないと、胸の不安がなんだか晴れないのだ。
「ゾイに聞いてみよ!」
シュナの声にウンシアはハッとして、「確かに!」と大きく同意した後で、「教えてくれるかな……」と不安な声を漏らす。
「行ってみなきゃわかんないじゃん」
そう言って、シュナは先頭をきって歩き始めた。二人も後に続き、三人はばたばたとゾイの執務へと向かった。
「おはようございます!」
ウンシアはいつものように洗濯場を訪れ、毎日自分より早く仕事を始めているケンに挨拶をしながら中に入った。夜が明けているとはいえ、建物の中でも裏手にあり窓が小さい洗濯場は薄暗い。板張りの廊下や部屋と違って、水を扱う洗濯場はタイル張りだ。寒い季節になると、冷えてなかなかツラそうな場所である。
普段なら「あぁ、おはよう」と返ってくる返事が今日はなかった。
ウンシアは部屋に入って首を傾げる。
「ケンさん?」
部屋の中に向かって呼びかけるが、それにもまた返事はなかった。
薄暗いといっても、ウンシアは大して気にならない。人間の見え方とは少々違っていて、猫科の獣人である自分にとっては、薄暗い部屋でもそれほど視界に問題はないのだ。
だが、奥まで見渡してもケンは見当たらない。洗濯場の中を探して歩きまわるが、そう広くないその部屋ではすぐに探し終えてしまった。
そして……洗濯場の中にケンの姿はなかった。
水を汲みに行ったところなのかと、水場まで足を運んでみるが、そこにもケンの姿はない。
「おじさん? どこ?」
一体どこに行ってしまったのか──。
再び洗濯場に戻ってみるが、今日はそもそもケンが来ていた形跡がなかった。いつもならもっと少ないはずの、籠に積みあがったままのタオルやシーツ。洗濯桶は裏返されたままで、バケツに水滴ひとつついていない。
何やら胸騒ぎがする──。
昨日、外出の帰りにケンは体調を崩した。それもダイナミクスのストレスが解消できていないための不調だった。ウンシアはその体調不良を解消するために、ほんの短い時間、最低限ストレス発散できる程度のプレイをケンにしてあげていた。だが、もしかしたら……立ち上がれないほどに、再び具合が悪くなって部屋から出られていないのかもしれない。
ウンシアは心配になって、ケンの部屋まで探しに行くことにした。
洗濯部屋の扉を開けて外へと出たところで、シュナと鉢合わせる。
「あ、どこいくの?」
呼び止められて、ウンシアは足を止めた。
「いや、ケンがいなくて……」
「え? 寝坊……?」
シュナはどうやら、体調が悪かったケンを心配して、様子を見に来たようだった。
「大丈夫かな」
心配そうに眉を寄せる。
「部屋で休んでいるなら、いいんだけど」
ウンシアも早く歩きだしたそうに廊下の先に視線を向けて、心配そうな声を漏らした。
「そだね、ちょっと様子を見にいこうか」
シュナと一緒に二人でケンの部屋へと向かうことにする。この時間帯はあまり活動する人がいない。もう少し早い時間だと、通しの仕事を終えた帰りに鉢会うか、もう少し後の時間になると、起き始めて、朝食を取ったりするメンバーに会ったりする。人気のない階段をのぼる。右すぐの部屋がケンの部屋だ。
ノックを何回かしてみる。併せて部屋の中に呼びかけてみるものの、中からは何の返事もない。
部屋の前に立ってみてわかったことだが、声がしないどころか中に人の気配がしない。
(部屋にはいない?)
不安がウンシアの胸をよぎる。シュナと二人、扉の前で顔を見合わせた。
普段なら、いくら返事がなかったとしてもウンシアもシュナも他人の部屋の扉を勝手に開けることなどない。
だが──。
二人の意思は一致していた。
「開けるよー、ケン」
そう声をかけて、シュナが扉に手をかける。
そのとき、後ろから声をかけられた。
「お前たち、朝から何してるんだ?」
ウンシアが振り向くと、そこにはがちむちマッチョSubのバーニーが立っていた。怪訝な顔をして、扉の前ですったもんだするシュナとウンシアを眺める。
「いや、ケンが見当たらなくて」
「昨日、体調悪かったみたいだから、心配になったんだ」
シュナとウンシアは口々に事情を話して、二人とも困惑した表情でバーニーを見つめ返した。
「あぁ」と、バーニーは納得した表情をして、「ケンは昨日プレイルームで通しの客とプレイしているはずだから……」と言った。
バーニーは最後まで言わなかったが、通しならおそらくまだプレイルームから帰ってこれていないのではないか、とそう思った。バーニーにしてみれば、こっちの住居スペースにケンがいなくてもなんら不思議じゃなかった。
そう言おうと口を開いた瞬間、
「え!? なんで! ケンはプレイヤーじゃないのに」
という、ウンシアは驚いたような、怒ったような声でバーニーを責める。
「え、僕も知らなかった!」
シュナも純粋に驚いた声を上げて、目を丸くした。
「いや、いろいろあったみたいで……」
濁して歯切れの悪いバーニーにウンシアは「いろいろって何?」と詰め寄る。
「えぇ……」
そんなに食いつかれるとは思っていなかったバーニーはのけぞるようにして、ウンシアを避ける。コマンドを使っていないとはいえ、ウンシアはDomなのだ。
「ウンシア、抑えて」
冷静にシュナに腕を掴まれて、一転しょんぼりして「ごめんなさい……」とバーニーに謝った。
まだ客がいるなら、プレイルームを確認することは無理だ。
だが、シュナもウンシアもケンの様子を……、率直に言えば元気かどうか、確かめておきたかった。そうしないと、胸の不安がなんだか晴れないのだ。
「ゾイに聞いてみよ!」
シュナの声にウンシアはハッとして、「確かに!」と大きく同意した後で、「教えてくれるかな……」と不安な声を漏らす。
「行ってみなきゃわかんないじゃん」
そう言って、シュナは先頭をきって歩き始めた。二人も後に続き、三人はばたばたとゾイの執務へと向かった。
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