社畜モブの俺、異世界転移したら「Sub」っていわれたんだけど。え、「Sub」って何ですか?

鉾田 ほこ

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2章

2 やんごとない

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「たーーのーーーもーーーー!!」
 ウンシアとバーニーが止める間もなく、シュナがゾイの執務部屋の扉をノックも無しに開けた。
 これでは本当に道場破りのそれだ。
 育ちが悪くないはずなのに、シュナは本当に奔放だなと、バーニーには後ろからそれを半ば呆れた様子で眺める。
「え、え!? なあに?」
「ゾイ! 聞きたいことがあるんだけど?!」
「こんな朝早くから? 三人連れ添ってどうしたっていうの?」
「どうしたじゃないよー」
 慌てふためくゾイにシュナが詰め寄る。
「ケンがプレイヤーとして、プレイしたって!」
 ゾイは驚きに目を見開いたあと、シュナの後ろにいるバーニーを軽く睨んだ。当のバーニーはばつが悪そうにその視線から逃れるように、白々しく天井を向く。
「なんで、ですか? ケンさんはプレイヤーじゃないのに……」
 ウンシアからもゾイを非難する視線を向けて、言い立てる。
「……もう」
 ゾイも観念したのか、「中に入って、扉を占めてちょうだい」と、そしらぬ顔をしていたバーニーに向かって言った。
 三人は部屋の中に入って、ゾイの前に並んで立つ。窓から差し込む朝日が逆光になって、ゾイの表情はわからない。
「仕方がなかったのよ、やんごとない事情……というか、やんごとない方がいらしたの」
 シュナは「何が『仕方がない』ものか」と心の中で思う。
 
 シュナは帝国有数の伯爵家の非嫡子なわけだが、幼いときに伯爵である父に引き取られ、貴族としての教育をきちんと受けている。そのため、このゾイがハウスのただのオネェの支配人なわけでは無いことを知っていた。
 そもそも、ハウスの支配人をしているのはこの領以外でも地位が高い人が多い。領主の息子だったり、親族だったりという貴族が就いているのだが、それには理由がある。
 ダイナミクスを持つ人々のために、ハウスは帝国がその設置を領主に義務づけ、国と領とが費用を折半して運営をされている。定期的に国からの監査が入り、そこで働くプレイヤーが奴隷的労働や搾取をされないように管理されているのだ。客もたとえダイナミクス持ちだとしても、何かこの場所で問題を起こせば警ら隊に引き渡される。
 そんな施設ではあるものの、その支配人の身分が低かったら、身分の高い客が訪れた際に対等に交渉、折衝が行えない。そのため、領主の身内や同じくらいに身分があるものがその責任者となっているというわけだった。
 このゾイも、この帝国で四つしかない公爵家、ボルハウンドの現当主の弟である。そんなゾイは「やんごとない」のは自身であって、ゾイより「やんごとない」身分の人物はそれこそ数えるほどしかいない。
 そして、ゾイの特別さはボルハウンド公爵家の現当主の弟というだけではない。ボルハウンドが貴族の身分として位が高いのはもちろんのことだが、ゾイの姉は皇帝の正妃──皇后だ。そんな公爵家と皇族を敵に回すような貴族はまあ、いないだろう。
 そして、ゾイは「ボルハウンド公爵家の末っ子」としても、大変に有名なのだ。現当主である兄や皇后である姉は歳が離れた末の弟を大層可愛がっていたことでも有名だった。ゾイの小さいころは人形のように可憐で女の子とよく間違われたらしい。姉二人と小さい頃からことあるごとに一緒に過ごしていたため、女性の仕草が刷り込まれているが、歳を経るにつれて、兄と同様にボルハウンド公爵家らしい立派な体躯を手に入れたため、ゴリマッチョのオネェという現在のゾイに仕上がっている。
 そんなこんな事情で、やんごとないはずのゾイはたとえどんな客が来ようとも、「仕方がない」と相手の言いなりになるようなことはないのだ。
 むしろ、そんなゾイは「やんごとない人」と表現するのは……、聞かずとも察せれたが。
 
「ゾイ、『やんごとない方』って誰?」
 シュナは思ったことをそのまま口にする。
「それは……」
 ゾイは言いよどんだ。それもそのはずで、シュナも素直にゾイがその名前を口にするとは思っていない。ハウスに来る客の名前はおいそれと話していいことではないからだ。
 第二性……ダイナミクスというのは、一般的にも知られている常識ではあるものの、その数は第二性を持たない人に比べると圧倒的に少数だ。国が積極的に保護をしているが、偏見も少なくない。そして、定期的にプレイを行わないとダイナミクス特有のストレスが溜まるのは知られているため、ハウスに来る人というのは特定の相手、つまり「パートナー」がいないことを意味している。そういった非常に私的な事情を他人に知られたがる者はいない。よって、ハウスの顧客情報は最重要機密となる。まあ、それ以外の事情もあるだろうが。
 ハウスの正面玄関も大通りに面しておらず、馬車が入っていくところが一目に触れないように作られている。その馬車だって、貴族なら家紋が入っている馬車は利用しない。他の客と入口で鉢合わせることがないように、来客時間は調整されており、プレイヤーどうしも「こんなプレイをする客だった」という世間話をすることはあっても、「誰が客としてきたか」を話題にするものはいないし、そのように教育されている。
「わかってるよ、言えないよね」
 シュナは白い額に皺を寄せる。だが、ここで引き下がるわけにはいかないとも思う。
「……でも、ケンがいないんだよ」
「え? どういうことよ?」
「いつもなら、もう洗濯場に来ている時間なのに、洗濯場にはいなかったってウンシアが……」
 表情を曇らせて、シュナは隣のウンシアを見上げる。
「そうです。ケンさんが洗濯場にいないのでお部屋にいるのかと思って、見に行ったのですが、部屋にも人がいる気配がなくて……そしたら、バーニーさんが『通し客とプレイをしている』って言うから」
 ウンシアは斜め向かいに座ったバーニーを不安げに見つめた。
「で、二人が勢いよくゾイに事情を聴きに行くっていうから、ついてきた俺」
 と、バーニーは自分自身を親指で指して言った。
「え!? 遠しの客って言っても、流石に帰っている時間よ!」
 驚いた表情で三人を見るゾイ。
「だ!か!ら!! ここに来たんだよ」
 憤慨、といった様子でソファから腰を浮かせて、前のめりにシュナが言いは放つ。
 それを聞いたゾイが顔を青ざめさせて、おもむろにソファから立ち上がった。三人に何も告げずに置き去りにして、執務室を走って出ていく。
 シュナとウンシアもそのあとを追って外に出た。
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