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2章
3 ゾイというひと
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ウンシアは普段は訪れることのない側のプレイルームの並びを新鮮な気持ちで眺めながめた。照明や装飾などは左右の棟で対称に作られているのか、普段自分が行く側のプレイルームと見間違えるほどに同じ作りをしている。だが、廊下の絨毯の色だけは唯一異なっていら。自分が使う方は赤で、こちら側は青だった。
なにか理由があるのだろうか──。
ウンシアにはわからなかったが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
目的のプレイルームの前に着いたゾイは扉をノックしていた。
後ろからついて来た、シュナとウンシアをノックしているのとは反対側の手で静止する。さすがに、プレイルームの中に四人で押し入るわけにもいかない。それはシュナもウンシアもわかっていたがそうも言っていられないという雰囲気をだしていた。
いまにもゾイを押しのけて部屋に突入しそうな若い二人を、バーニーが前に出て牽制する。
しかし、何度か間をあけて扉をノックし、声をかけるが中からは返事がない。いよいよもって中に人が居なさそうだと分かった時、ゾイは意を決して扉を開けた。
「え?」
扉の前にはゾイが立っており、ウンシアには中の様子が見えなかった。だが、ゾイの上げた困惑した声が嫌な予感をより確実なものにする気がして仕方ない。
「ねぇ、バーニーちゃん。この……部屋よね?」
ゾイの呼びかけに、シュナとウンシアの壁をしていたバーニーが、ゾイの肩越しに部屋を覗く。
「はい、そうですが……!」
振り向いたバーニーの目が大きく見開かれる。
ウンシアはバーニーとゾイを押し退けて、扉の中へと入った。
「ウンシア!」
後ろからウンシアを制するバーニーの声が聞こえたが、中の様子に困惑して聞こえてはいなかった。
そこでゾイとウンシアが目にしたのは、整えられたままのリネン、使われた形跡のないベッド、とても前の晩からプレイに誰かが使ったとは思えないほど綺麗なプレイルームだった。
* * *
サイベリアンはベッドの傍らに座って、すうすうと寝息を立てて眠るケンをじっと眺めながら、昨晩の出来事を反芻していた。
ケンがハウスで働いていると見回りの騎士から聞いた時、サイベリアンの目の前は怒りで真っ赤に染まった。誰だか知らない不特定多数のDomが、「自分のSub」とプレイをしているということに、サイベリアンは自分の感情を抑えられなかった。
居ても立っても居られず、予定も何も考えず飛び出すように屋敷を出てハウスへと向かい、責任者の部屋へと押しかける。
そこで聞かされた「ケンちゃんはプレイヤーじゃなくて、ここの下働きよ」という、責任者……叔父のゾイの言葉にホッと胸を撫で下ろしたと同時に、ならば今、ここで、自分と、もう一度プレイをさせたいという気持ちを抑えられなくなる。もし、何かの拍子でケンが誰かとプレイをするなんてことになる前に──。
自分というDomの存在をケンの中に強烈に刻みつけておきたかった。
サイベリアンは第二皇子とはいえ、今までその立場にお驕ることもなく、我が儘を通すことも、地位を傘に着るようなこともなかった。品行方正に、常に人の上に立つ立場ものとして節度を重んじて生きてきた。一方、望んだことを叶えることができる身分にいるということも同じくらい十分理解していた。
だが、身分と立場をもってしても、我儘を通すには、その相手としてこの叔父は少々分が悪い相手だった。
ゾイは喋り口調の柔らかさから、柔和な印象を抱かせる。しかし、サイベリアンがこの叔父をただの一度も怒らせるようなことをしななかっただけで、その実怒らせると滅法怖いということはよく知っていた。方法を間違えれば、合法的にケンと会ってプレイをする機会は失われる。
物分かりがよく素直ないい子だと認識されているサイベリアンはゾイから一定の信頼を勝ち得ている自信はある。
正攻法──。
これが一番いい気がする。
「プレイヤーでないことは理解しました。それでも、どうしてもケンとプレイをしたい」
「でも、何も訓練していない子よ? 最近、Subだってわかったくらいなんだから……」
「問題ないです。ケンのことはよく知っているから、安心して欲しい」
真っ赤な嘘をさも真実のように口にする。ゾイの鋭い視線がサイベリアンを試すように向けらるが、それを逸らすことなく正面から受け止めた。
「彼とプレイができるなら、彼が望むだけいくらでもお金は支払います」
「一番人気の子がたまたま空いてるから、その子じゃだめなの?」
「彼が断ったなら諦める。だが、彼も断ることはない」
サイベリアンは言い切った。これは嘘だが、ある意味真実でもあった。人の良いケンなら、この立場を突きつけたら嫌でも断るまいという確信がある。
「わかったわ……、そこまで言うなら。それにしても、どこで貴方たちに接点があったの?」
この答えに嘘はつけない。ケンに確認されたら、簡単にバレてしまうから。それならば、少しの真実を混ぜたそれらしく濁せばいい。
「ケンは私が皇子だということを知らない。ただの貴族だと思っていると思います。どう知り合ったか詳細はまた後日お話ししますよ、ゾイ叔父さん」
にっこり笑って、後ろめたさなどおくびにも出さない。相手に内心を悟られないように表情を作ることなど、サイベリアンにとっては幼いころから日常で造作もないことだ。
「わかったわ、ちょっと確認してくるからここで待ってて」
ゾイが部屋を出て行ったのを確認して、サイベリアンは大きくため息をついた。
なにか理由があるのだろうか──。
ウンシアにはわからなかったが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
目的のプレイルームの前に着いたゾイは扉をノックしていた。
後ろからついて来た、シュナとウンシアをノックしているのとは反対側の手で静止する。さすがに、プレイルームの中に四人で押し入るわけにもいかない。それはシュナもウンシアもわかっていたがそうも言っていられないという雰囲気をだしていた。
いまにもゾイを押しのけて部屋に突入しそうな若い二人を、バーニーが前に出て牽制する。
しかし、何度か間をあけて扉をノックし、声をかけるが中からは返事がない。いよいよもって中に人が居なさそうだと分かった時、ゾイは意を決して扉を開けた。
「え?」
扉の前にはゾイが立っており、ウンシアには中の様子が見えなかった。だが、ゾイの上げた困惑した声が嫌な予感をより確実なものにする気がして仕方ない。
「ねぇ、バーニーちゃん。この……部屋よね?」
ゾイの呼びかけに、シュナとウンシアの壁をしていたバーニーが、ゾイの肩越しに部屋を覗く。
「はい、そうですが……!」
振り向いたバーニーの目が大きく見開かれる。
ウンシアはバーニーとゾイを押し退けて、扉の中へと入った。
「ウンシア!」
後ろからウンシアを制するバーニーの声が聞こえたが、中の様子に困惑して聞こえてはいなかった。
そこでゾイとウンシアが目にしたのは、整えられたままのリネン、使われた形跡のないベッド、とても前の晩からプレイに誰かが使ったとは思えないほど綺麗なプレイルームだった。
* * *
サイベリアンはベッドの傍らに座って、すうすうと寝息を立てて眠るケンをじっと眺めながら、昨晩の出来事を反芻していた。
ケンがハウスで働いていると見回りの騎士から聞いた時、サイベリアンの目の前は怒りで真っ赤に染まった。誰だか知らない不特定多数のDomが、「自分のSub」とプレイをしているということに、サイベリアンは自分の感情を抑えられなかった。
居ても立っても居られず、予定も何も考えず飛び出すように屋敷を出てハウスへと向かい、責任者の部屋へと押しかける。
そこで聞かされた「ケンちゃんはプレイヤーじゃなくて、ここの下働きよ」という、責任者……叔父のゾイの言葉にホッと胸を撫で下ろしたと同時に、ならば今、ここで、自分と、もう一度プレイをさせたいという気持ちを抑えられなくなる。もし、何かの拍子でケンが誰かとプレイをするなんてことになる前に──。
自分というDomの存在をケンの中に強烈に刻みつけておきたかった。
サイベリアンは第二皇子とはいえ、今までその立場にお驕ることもなく、我が儘を通すことも、地位を傘に着るようなこともなかった。品行方正に、常に人の上に立つ立場ものとして節度を重んじて生きてきた。一方、望んだことを叶えることができる身分にいるということも同じくらい十分理解していた。
だが、身分と立場をもってしても、我儘を通すには、その相手としてこの叔父は少々分が悪い相手だった。
ゾイは喋り口調の柔らかさから、柔和な印象を抱かせる。しかし、サイベリアンがこの叔父をただの一度も怒らせるようなことをしななかっただけで、その実怒らせると滅法怖いということはよく知っていた。方法を間違えれば、合法的にケンと会ってプレイをする機会は失われる。
物分かりがよく素直ないい子だと認識されているサイベリアンはゾイから一定の信頼を勝ち得ている自信はある。
正攻法──。
これが一番いい気がする。
「プレイヤーでないことは理解しました。それでも、どうしてもケンとプレイをしたい」
「でも、何も訓練していない子よ? 最近、Subだってわかったくらいなんだから……」
「問題ないです。ケンのことはよく知っているから、安心して欲しい」
真っ赤な嘘をさも真実のように口にする。ゾイの鋭い視線がサイベリアンを試すように向けらるが、それを逸らすことなく正面から受け止めた。
「彼とプレイができるなら、彼が望むだけいくらでもお金は支払います」
「一番人気の子がたまたま空いてるから、その子じゃだめなの?」
「彼が断ったなら諦める。だが、彼も断ることはない」
サイベリアンは言い切った。これは嘘だが、ある意味真実でもあった。人の良いケンなら、この立場を突きつけたら嫌でも断るまいという確信がある。
「わかったわ……、そこまで言うなら。それにしても、どこで貴方たちに接点があったの?」
この答えに嘘はつけない。ケンに確認されたら、簡単にバレてしまうから。それならば、少しの真実を混ぜたそれらしく濁せばいい。
「ケンは私が皇子だということを知らない。ただの貴族だと思っていると思います。どう知り合ったか詳細はまた後日お話ししますよ、ゾイ叔父さん」
にっこり笑って、後ろめたさなどおくびにも出さない。相手に内心を悟られないように表情を作ることなど、サイベリアンにとっては幼いころから日常で造作もないことだ。
「わかったわ、ちょっと確認してくるからここで待ってて」
ゾイが部屋を出て行ったのを確認して、サイベリアンは大きくため息をついた。
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