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2章
41 帰宅
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「おかえりなさいませ、サイベリアン殿下」
夜も遅い時間だというのに、執事長はくたびれた様子はかけらもなく、折り目正しく屋敷の主人を向かい入れる。その横にならぶ使用人もピシッと背筋を伸ばして立ち並び、執事長の挨拶とともに、揃って頭を下げた。
当然いないとは思ってはいたが、ざっと眺めるが目当ての人の姿はない。
サイベリアンは馬の手綱を近づいてきた従僕に渡して、早速であり一番重要なことを尋ねる。
「戻った。ケンは?」
「はい。ケン様はすでにご就寝の支度を整えられて、お部屋にいらっしゃいます」
執事長の横のメイドが頭を下げたまま答えた。
よかった、抜け出したり、ハウスに無理やり戻ったりはしていなかったと、サイベリアンは安堵した。ここに連れて来た経緯や、この場所がどこかなどといった諸々の説明は翌朝にでも朝食をとりながらしようと考えていた。だが、結局朝食は一緒に食べれずに事情も誰からも説明されずに、ただただ屋敷にいることになり、さぞかし困惑したのではなかろうか──。
当家の優秀な使用人たちは不自由などを感じさせたりはしていないだろう。だが、理由もわからず見知らぬ場所に連れてこられて、一人にされてはさぞかし不安だったのではないかなどと、いまさらになって考えた。
玄関を入りながら、外套を使用人に渡しながら、「ケンの様子は?」と聞くと、「お元気でお過ごしでした。本日は庭の散策をなさいました」と報告される。
思ったより普通に過ごしているということに、サイベリアンは少々拍子抜けたものの、ストレスなど感じていないのであれば、よかったと胸をなでおろす。
ケンは思ったより図太いのかもしれない。
もしくは、ケンはサイベリアンが考えているよりもハウスに戻りたいと思っていないのかもしれないという希望が湧いてくる。
「このままケンの部屋に行く」
「かしこまりました」
執事長が先頭を歩き、サイベリアンを案内する。
(こっちは……)
その歩みの先は自分の寝室の方角で、客室がある建屋ではなく母屋に向いていた。ケンの部屋に割り当てられたのは客間ではなく、この屋敷で主人の寝室の次に良い部屋……主人の伴侶のための部屋だろう。サイベリアンは自分の執事長が細かく指示をしなくても、自分の考えていることを先回りして動いていることを嬉しく思った。
予想通りの部屋に案内し、執事長は扉の脇で腰を折って主人に道を譲る。
サイベリアンはノックも忘れて扉をあけた。
「ケン!」
部屋の中を見回すと、ベッドから降りようと中途半端な態勢で固まっているケンを見つける。
屋敷にいると言われていたものの、実際にその姿を目の前にして、サイベリアンは安堵の表情を浮かべた。それと同時に、何かしようとしていた猫が飼い主に見つかって固まってしまったかのようなケンの姿が可愛すぎて、自然と笑みがこぼれる。
そのケンは、はっと気づいて、「サイベリアン様、おかえりなさいませ」とベッドから飛び降りて駆け寄ってくる。
(!?)
サイベリアンは驚いた。近づいてくるケンが満面の笑みをたたえているのだ。まさに全身から喜びが溢れている。
そんなにサイベリアンが帰ってきて嬉しいのだろうか──。
これはサイベリアンにとっては嬉しい誤算だった。
正直、ケンにとって自分はこの屋敷にいようがいまいが、あまり関係ないのではないかと思っていた。知らない屋敷で多少なりとも心細かろうと、それは「サイベリアンがいないから」の寂しいのではなく、主人のいない屋敷に自分だけいてもいいのだろうかと悩むような慎ましさの話だと心の中では理解していた。
それなのに──。
ケンにとって、サイベリアンの帰宅はこれほど喜んでもらえることだったとは。
徒労に終わった三日間の大仕事の疲れが吹き飛ぶほどだった。
「リアン、だよ」
と抱き着かんばかりに近寄ってくるケンに、微笑みかける。
「おかえりなさいませ。リアン」
「ただいま。もしかしたら、ハウスに戻ってしまっているかもしれないと……気が気でなかった」
そう言って、サイベリアンはケンをぎゅっと抱きしめた。ケンの存在を確かめるように背中に回した手に力を込める。
「お、お仕事はおわ、られたのですか?」
その上、仕事が終わったかを聞いてくるというのは、しばらくは一緒にいられるのか? という確認だろうか──。
正直なところ、結局ハエニダエは現れなかったので、裏でハエニダエが男爵に指示を出していたという証拠を掴まないことには、ハエニダエを追求することはできない。第二騎士団と近衛騎士団に指示した捜索についても、すぐにでも確認が必要だった。
サイベリアンは仕事の合間をぬって帰宅したに過ぎない。
ケンには申し訳ないがまだまだまとまった時間をゆっくりと二人で過ごすことは出来そうになかった。
「とりあえず、一度帰宅することになったという感じかな」
「お疲れ様です」と返事した声は、少し寂しさを含んでいるように聞こえるのはサイベリアンの願望かもしれない。
「プレイなさいますか?」
夜も遅い時間だというのに、執事長はくたびれた様子はかけらもなく、折り目正しく屋敷の主人を向かい入れる。その横にならぶ使用人もピシッと背筋を伸ばして立ち並び、執事長の挨拶とともに、揃って頭を下げた。
当然いないとは思ってはいたが、ざっと眺めるが目当ての人の姿はない。
サイベリアンは馬の手綱を近づいてきた従僕に渡して、早速であり一番重要なことを尋ねる。
「戻った。ケンは?」
「はい。ケン様はすでにご就寝の支度を整えられて、お部屋にいらっしゃいます」
執事長の横のメイドが頭を下げたまま答えた。
よかった、抜け出したり、ハウスに無理やり戻ったりはしていなかったと、サイベリアンは安堵した。ここに連れて来た経緯や、この場所がどこかなどといった諸々の説明は翌朝にでも朝食をとりながらしようと考えていた。だが、結局朝食は一緒に食べれずに事情も誰からも説明されずに、ただただ屋敷にいることになり、さぞかし困惑したのではなかろうか──。
当家の優秀な使用人たちは不自由などを感じさせたりはしていないだろう。だが、理由もわからず見知らぬ場所に連れてこられて、一人にされてはさぞかし不安だったのではないかなどと、いまさらになって考えた。
玄関を入りながら、外套を使用人に渡しながら、「ケンの様子は?」と聞くと、「お元気でお過ごしでした。本日は庭の散策をなさいました」と報告される。
思ったより普通に過ごしているということに、サイベリアンは少々拍子抜けたものの、ストレスなど感じていないのであれば、よかったと胸をなでおろす。
ケンは思ったより図太いのかもしれない。
もしくは、ケンはサイベリアンが考えているよりもハウスに戻りたいと思っていないのかもしれないという希望が湧いてくる。
「このままケンの部屋に行く」
「かしこまりました」
執事長が先頭を歩き、サイベリアンを案内する。
(こっちは……)
その歩みの先は自分の寝室の方角で、客室がある建屋ではなく母屋に向いていた。ケンの部屋に割り当てられたのは客間ではなく、この屋敷で主人の寝室の次に良い部屋……主人の伴侶のための部屋だろう。サイベリアンは自分の執事長が細かく指示をしなくても、自分の考えていることを先回りして動いていることを嬉しく思った。
予想通りの部屋に案内し、執事長は扉の脇で腰を折って主人に道を譲る。
サイベリアンはノックも忘れて扉をあけた。
「ケン!」
部屋の中を見回すと、ベッドから降りようと中途半端な態勢で固まっているケンを見つける。
屋敷にいると言われていたものの、実際にその姿を目の前にして、サイベリアンは安堵の表情を浮かべた。それと同時に、何かしようとしていた猫が飼い主に見つかって固まってしまったかのようなケンの姿が可愛すぎて、自然と笑みがこぼれる。
そのケンは、はっと気づいて、「サイベリアン様、おかえりなさいませ」とベッドから飛び降りて駆け寄ってくる。
(!?)
サイベリアンは驚いた。近づいてくるケンが満面の笑みをたたえているのだ。まさに全身から喜びが溢れている。
そんなにサイベリアンが帰ってきて嬉しいのだろうか──。
これはサイベリアンにとっては嬉しい誤算だった。
正直、ケンにとって自分はこの屋敷にいようがいまいが、あまり関係ないのではないかと思っていた。知らない屋敷で多少なりとも心細かろうと、それは「サイベリアンがいないから」の寂しいのではなく、主人のいない屋敷に自分だけいてもいいのだろうかと悩むような慎ましさの話だと心の中では理解していた。
それなのに──。
ケンにとって、サイベリアンの帰宅はこれほど喜んでもらえることだったとは。
徒労に終わった三日間の大仕事の疲れが吹き飛ぶほどだった。
「リアン、だよ」
と抱き着かんばかりに近寄ってくるケンに、微笑みかける。
「おかえりなさいませ。リアン」
「ただいま。もしかしたら、ハウスに戻ってしまっているかもしれないと……気が気でなかった」
そう言って、サイベリアンはケンをぎゅっと抱きしめた。ケンの存在を確かめるように背中に回した手に力を込める。
「お、お仕事はおわ、られたのですか?」
その上、仕事が終わったかを聞いてくるというのは、しばらくは一緒にいられるのか? という確認だろうか──。
正直なところ、結局ハエニダエは現れなかったので、裏でハエニダエが男爵に指示を出していたという証拠を掴まないことには、ハエニダエを追求することはできない。第二騎士団と近衛騎士団に指示した捜索についても、すぐにでも確認が必要だった。
サイベリアンは仕事の合間をぬって帰宅したに過ぎない。
ケンには申し訳ないがまだまだまとまった時間をゆっくりと二人で過ごすことは出来そうになかった。
「とりあえず、一度帰宅することになったという感じかな」
「お疲れ様です」と返事した声は、少し寂しさを含んでいるように聞こえるのはサイベリアンの願望かもしれない。
「プレイなさいますか?」
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