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3章
3 ゾイ襲来
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ケンと朝食をとれない呪いにでもかけられているのだろうか──。
あと、数時間遅いだけでケンと朝食が食べられていたのに。なにもこんな早朝に抜け駆けしてこなくてもよいではないか──。
ゾイの待つ応接室まで続く長い廊下を歩きながら、サイベリアンはこの状況を恨んだ。
後ろからついてくる執事長の表情が心なしか暗い。これはゾイは相当にお怒りに違いない。
ゾイが来ることはサイベリアンの想定の範囲内だった……が、タイミングが実に悪い。中途半端だ。
ケンがハウスにいないことなど翌日にはわかっていたはずなのだから、なにか連絡でもあるとしたら、翌日だと考えていた。しかし、その翌日にも、翌々日にもゾイからは何の連絡も届いていなかった。サイベリアンはそれをあまりに肯定的にとらえ過ぎていた。
ケンがいなくなったとしても、サイベリアンとともにいるのなら問題ない。
ゾイがそう考えたのだろうと。
むしろ、サイベリアン自身も今日にはゾイに、「ケンがここで暮らす手続きをする」と連絡をしようと思っていたのだ。
それが、何の連絡もなく、突然ゾイ本人が現れるなんて──。
サイベリアンだって、翌日の朝からバタバタと出かけなければ、ゾイに連絡をしていたはずだった。黙ってつれてきたのだから、「ケンは自分と一緒にいる」と連絡してしかるべきである。
いまさら、いくら言い訳しても、後悔しても遅かった。
本当に、実にタイミングが悪い。
いや、タイミングが悪いのは自分なのかもしれない、とも思い始める。
何にせよもう少しで応接室についてしまう。その前にサイベリアンはどうしたらゾイを納得させられるか、歩みの速度を落とすことなく頭の中で考えた。
屋敷の中で一番広く、最も豪華な応接室の扉を前に、サイベリアンは深く深く深呼吸をした。
サイベリアンが扉を開けても、部屋の中にいるはずの人物は出迎えもしない。サイベリアンが部屋に入ったことはわかるはずだが、部屋の奥に置かれた応接セットに見える人影は席を立ちあがる気配すらなかった。
人を訪ねるには失礼過ぎる程度には早朝に、屋敷の主人を呼び出しておいてなおその態度。それは自身に一切の非がないという抗議の態度ともとれる。
いや、実際そうだ。
ゾイには訪問の正当な理由がある。
サイベリアンは無言でゾイの座るソファまで近づいた。
「叔父上、おはようございます」
「おはようございます。サイベリアン殿下」
「……」
これはまずい。
相当に怒っている。
サイベリアンは二の句がつげられず、おとなしくゾイの前に座った。
「リアン」
「はい」
目の前に座る叔父の視線が痛い。
「私がなぜここにきたのかはわかっているな」
普段の女性のような柔らかな口調ではなく、貴族男性然とした口調で話し始める。
「はい」
「ケンはここにいるのかい?」
「はい」
「では、わたしがここにいる理由もわかるね?」
「はい」
サイベリアンはただただ「是」とだけ答えることしかできない。会話の主導権は完全にゾイにあった。さきほどは慇懃にもわざわざ「殿下」と他人行儀にしていたにもかかわらず、もう甥っ子をたしなめる叔父になっている。
「他ならぬお前だからこそ、プレイヤーではないケンの相手を許可したんだ」
「はい」
サイベリアンは神妙に返事をする。
「本当にわかっているのか? お前が……あまりにも真剣に頼むから!」
目の前の叔父が声を荒げることなど滅多にない。そして、その怒りがサイベリアンに向かったことも過去に一度もなかった。
それはサイベリアンがわがままを言わず、品行方正に努め、常に皇子である自覚をもって正しくあったからだ。
「それを! お前は……信頼を裏切った」
その通り。
ズバリとゾイに言われて、サイベリアンはぐうの音も出なかった。だが、サイベリアンだって言われるまま引き下がることは出来ない。
「申し訳ありません。ですが、どうしても彼を私のものにしたいのです」
「ケンはものじゃない」
「それは、そういう意味では!」
火に油を注いでしまったことにサイベリアンは気づいたが、一度口をついて出た言葉をもとに戻せはしない。
「彼は。…ケンは私の『番』です」
あと、数時間遅いだけでケンと朝食が食べられていたのに。なにもこんな早朝に抜け駆けしてこなくてもよいではないか──。
ゾイの待つ応接室まで続く長い廊下を歩きながら、サイベリアンはこの状況を恨んだ。
後ろからついてくる執事長の表情が心なしか暗い。これはゾイは相当にお怒りに違いない。
ゾイが来ることはサイベリアンの想定の範囲内だった……が、タイミングが実に悪い。中途半端だ。
ケンがハウスにいないことなど翌日にはわかっていたはずなのだから、なにか連絡でもあるとしたら、翌日だと考えていた。しかし、その翌日にも、翌々日にもゾイからは何の連絡も届いていなかった。サイベリアンはそれをあまりに肯定的にとらえ過ぎていた。
ケンがいなくなったとしても、サイベリアンとともにいるのなら問題ない。
ゾイがそう考えたのだろうと。
むしろ、サイベリアン自身も今日にはゾイに、「ケンがここで暮らす手続きをする」と連絡をしようと思っていたのだ。
それが、何の連絡もなく、突然ゾイ本人が現れるなんて──。
サイベリアンだって、翌日の朝からバタバタと出かけなければ、ゾイに連絡をしていたはずだった。黙ってつれてきたのだから、「ケンは自分と一緒にいる」と連絡してしかるべきである。
いまさら、いくら言い訳しても、後悔しても遅かった。
本当に、実にタイミングが悪い。
いや、タイミングが悪いのは自分なのかもしれない、とも思い始める。
何にせよもう少しで応接室についてしまう。その前にサイベリアンはどうしたらゾイを納得させられるか、歩みの速度を落とすことなく頭の中で考えた。
屋敷の中で一番広く、最も豪華な応接室の扉を前に、サイベリアンは深く深く深呼吸をした。
サイベリアンが扉を開けても、部屋の中にいるはずの人物は出迎えもしない。サイベリアンが部屋に入ったことはわかるはずだが、部屋の奥に置かれた応接セットに見える人影は席を立ちあがる気配すらなかった。
人を訪ねるには失礼過ぎる程度には早朝に、屋敷の主人を呼び出しておいてなおその態度。それは自身に一切の非がないという抗議の態度ともとれる。
いや、実際そうだ。
ゾイには訪問の正当な理由がある。
サイベリアンは無言でゾイの座るソファまで近づいた。
「叔父上、おはようございます」
「おはようございます。サイベリアン殿下」
「……」
これはまずい。
相当に怒っている。
サイベリアンは二の句がつげられず、おとなしくゾイの前に座った。
「リアン」
「はい」
目の前に座る叔父の視線が痛い。
「私がなぜここにきたのかはわかっているな」
普段の女性のような柔らかな口調ではなく、貴族男性然とした口調で話し始める。
「はい」
「ケンはここにいるのかい?」
「はい」
「では、わたしがここにいる理由もわかるね?」
「はい」
サイベリアンはただただ「是」とだけ答えることしかできない。会話の主導権は完全にゾイにあった。さきほどは慇懃にもわざわざ「殿下」と他人行儀にしていたにもかかわらず、もう甥っ子をたしなめる叔父になっている。
「他ならぬお前だからこそ、プレイヤーではないケンの相手を許可したんだ」
「はい」
サイベリアンは神妙に返事をする。
「本当にわかっているのか? お前が……あまりにも真剣に頼むから!」
目の前の叔父が声を荒げることなど滅多にない。そして、その怒りがサイベリアンに向かったことも過去に一度もなかった。
それはサイベリアンがわがままを言わず、品行方正に努め、常に皇子である自覚をもって正しくあったからだ。
「それを! お前は……信頼を裏切った」
その通り。
ズバリとゾイに言われて、サイベリアンはぐうの音も出なかった。だが、サイベリアンだって言われるまま引き下がることは出来ない。
「申し訳ありません。ですが、どうしても彼を私のものにしたいのです」
「ケンはものじゃない」
「それは、そういう意味では!」
火に油を注いでしまったことにサイベリアンは気づいたが、一度口をついて出た言葉をもとに戻せはしない。
「彼は。…ケンは私の『番』です」
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