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3章
26 あまりにもチグハグだ
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始めはあまりにもケンが無知なことに驚いた。だが、記憶喪失だと聞き、それも仕方がないことだと納得した。
受け答えは全く問題なく、礼儀も言葉遣いも正しい。契約書にサインをしたところを見て、教育を受けている帝国民だと感じた。実際には文字は読めなかったのだが──。
そこで感じた違和感。
一つはそれだけの教育を受けている人なら、家の誰かが捜索をしているに違いないと思った。貴族だとしても、すべての人物を把握してはいない。まして、地方領の跡継ぎでも無い人間はゾイだって知りはしないが、さすがに行方不明になっていたとしたら、家族が捜索をする。だが、いくら調べても風体が一致する行方不明者の捜索はでていなかった。
もう一つはシュナにウンシアとともに文字を教えてもらうことになり、その様子を聞いた時のことだ。シュナ曰く、ペンと紙を使うことに慣れているのに、帝国語の文字の読み書きができないということだった。
帝国民ではないのかとも考えたが、それにしては帝国の言語どころか他地域の言語も会話に関しては遜色がない。それなのに文字は読めない。不思議な人だと思った。
次に感じた違和感はダイナミクスについての知識があまりにもないことだった。これも記憶喪失で覚えていないのかとも思ったが、それにしては「娼館」というものを知っていて、それと勘違いしていることだった。
もしかして、自分に関することだけ記憶から抜け落ちているのかとも思った。年齢や出身、いままで何をしていたのか、そういったことが思い出せないと。そのため、ケンは自分がSubであることも記憶にないのかとも思ったのだ。しかし、そうなのだとしたらこの国の常識であるダイナミクスに関して知らない、というのはあまりにもチグハグだ。
ハウスでプレイヤーとして働かないか? と尋ねたときの反応もいま思い返してみればおかしなものだった。ハウスのプレイヤーにと誘われたなら、誰もが下男の仕事などさっさと辞めてその職に着きたがるだろう。
ハウスでプレイヤーになることはそう容易なことではない。
まず、ダイナミクスがないとプレイヤーにはなれないが、ダイナミクスを持っていること自体が稀だ。そして、ハウスも各領に設置されているとはいえ、その規模はまちまちである。
国がその支援をしているとはいえ、ハウスは領主が管理する。つまり、ハウスの規模は領にそれを管理する体力がどれだけあるかに依存する。
ボルハウンドは公爵領で、領地自体もかなり豊かだ。ハウスを管理する体力が十分にあり、帝国内でも規模が大きめのハウスを運営している。
一方、地方の領などでは限界があり、その規模は小さくなる。勤務する人も規模によった限られた人数となる。いくらダイナミクス持ちが稀少とはいえ、誰もが誰も自領のハウスにプレイヤーとして雇ってもらえるわけではないのだ。
そうなると、自領からあぶれたダイナミクス持ちはなんとか高給なプレイヤーの職を得ようと大きな領に移動してくる。うちならワイラーがそれだ。ボルハウンド領のハウスにはそうしたダイナミクス持ちが推薦書を持って、それなりの頻度で訪れるのだ。だが、たとえボルハウンドのハウスが大きいからと言って、その全てを雇えるわけではない。
Domはまだいい。相手からその加虐性を恐れられることはあったとして、支配されることはない。しかし、Subは被虐性によって不当な扱いを受けたり、Domの命令に従わされて、望まない仕事に就かされることや、違法な施設で奴隷同然の使役をされることも少なくはない。
そんなSubにとって、安定して高給が望めて、待遇が優良なハウスでの職は誰もがうらやむ仕事なのだ。それをケンは断ったのだ。ダイナミクスの知識が皆無と考えてもおかしくはない。
もしくは、記憶喪失を装っているだけなのではないか──。
他国や他領の間者の可能性も考えた。ボルハウンド領を探るためか帝国そのものを探るため、皇族に取り入ってその情報を盗み出すために誰かから送り込まれたのでは? と。
だが、それは考えづらかった。
まず、ケンがハウスに下男として雇われるに至った経緯だが、彼自身が望んだわけではない。人買いにかどわかされて、助け出された先の救護院で仕事を探していたケンに、ハウスを紹介したのは救護院の人間だ。救護院の人間が買収されていたとして、救護院自体はボルハウンド領内にいくつも存在する。買収された人が務める救護院にケンが収容されるとは限らない。他領のいくつもある救護院すべてに買収した人間を置ける人物など、ボルハウンドの抱える隠密部隊にだって難しいだろう。なにより、救護院にハウスで下男を必要としているという求人を出したのは他でもないゾイ自身だ。
それに、推薦状を持ってハウスを訪れたケンと面談して、採用すると決めたのもゾイだった。
ゾイは腹に一物を抱える貴族を相手にしてきた自分は人を見る目があると思っていた。初めて会ったケンは痛ましいほどにボロボロで、それでいて仕事を得ることに切実だった。なにか企みがあるようには全く見えなかった。
ケンはあまりにも純粋だった。
受け答えは全く問題なく、礼儀も言葉遣いも正しい。契約書にサインをしたところを見て、教育を受けている帝国民だと感じた。実際には文字は読めなかったのだが──。
そこで感じた違和感。
一つはそれだけの教育を受けている人なら、家の誰かが捜索をしているに違いないと思った。貴族だとしても、すべての人物を把握してはいない。まして、地方領の跡継ぎでも無い人間はゾイだって知りはしないが、さすがに行方不明になっていたとしたら、家族が捜索をする。だが、いくら調べても風体が一致する行方不明者の捜索はでていなかった。
もう一つはシュナにウンシアとともに文字を教えてもらうことになり、その様子を聞いた時のことだ。シュナ曰く、ペンと紙を使うことに慣れているのに、帝国語の文字の読み書きができないということだった。
帝国民ではないのかとも考えたが、それにしては帝国の言語どころか他地域の言語も会話に関しては遜色がない。それなのに文字は読めない。不思議な人だと思った。
次に感じた違和感はダイナミクスについての知識があまりにもないことだった。これも記憶喪失で覚えていないのかとも思ったが、それにしては「娼館」というものを知っていて、それと勘違いしていることだった。
もしかして、自分に関することだけ記憶から抜け落ちているのかとも思った。年齢や出身、いままで何をしていたのか、そういったことが思い出せないと。そのため、ケンは自分がSubであることも記憶にないのかとも思ったのだ。しかし、そうなのだとしたらこの国の常識であるダイナミクスに関して知らない、というのはあまりにもチグハグだ。
ハウスでプレイヤーとして働かないか? と尋ねたときの反応もいま思い返してみればおかしなものだった。ハウスのプレイヤーにと誘われたなら、誰もが下男の仕事などさっさと辞めてその職に着きたがるだろう。
ハウスでプレイヤーになることはそう容易なことではない。
まず、ダイナミクスがないとプレイヤーにはなれないが、ダイナミクスを持っていること自体が稀だ。そして、ハウスも各領に設置されているとはいえ、その規模はまちまちである。
国がその支援をしているとはいえ、ハウスは領主が管理する。つまり、ハウスの規模は領にそれを管理する体力がどれだけあるかに依存する。
ボルハウンドは公爵領で、領地自体もかなり豊かだ。ハウスを管理する体力が十分にあり、帝国内でも規模が大きめのハウスを運営している。
一方、地方の領などでは限界があり、その規模は小さくなる。勤務する人も規模によった限られた人数となる。いくらダイナミクス持ちが稀少とはいえ、誰もが誰も自領のハウスにプレイヤーとして雇ってもらえるわけではないのだ。
そうなると、自領からあぶれたダイナミクス持ちはなんとか高給なプレイヤーの職を得ようと大きな領に移動してくる。うちならワイラーがそれだ。ボルハウンド領のハウスにはそうしたダイナミクス持ちが推薦書を持って、それなりの頻度で訪れるのだ。だが、たとえボルハウンドのハウスが大きいからと言って、その全てを雇えるわけではない。
Domはまだいい。相手からその加虐性を恐れられることはあったとして、支配されることはない。しかし、Subは被虐性によって不当な扱いを受けたり、Domの命令に従わされて、望まない仕事に就かされることや、違法な施設で奴隷同然の使役をされることも少なくはない。
そんなSubにとって、安定して高給が望めて、待遇が優良なハウスでの職は誰もがうらやむ仕事なのだ。それをケンは断ったのだ。ダイナミクスの知識が皆無と考えてもおかしくはない。
もしくは、記憶喪失を装っているだけなのではないか──。
他国や他領の間者の可能性も考えた。ボルハウンド領を探るためか帝国そのものを探るため、皇族に取り入ってその情報を盗み出すために誰かから送り込まれたのでは? と。
だが、それは考えづらかった。
まず、ケンがハウスに下男として雇われるに至った経緯だが、彼自身が望んだわけではない。人買いにかどわかされて、助け出された先の救護院で仕事を探していたケンに、ハウスを紹介したのは救護院の人間だ。救護院の人間が買収されていたとして、救護院自体はボルハウンド領内にいくつも存在する。買収された人が務める救護院にケンが収容されるとは限らない。他領のいくつもある救護院すべてに買収した人間を置ける人物など、ボルハウンドの抱える隠密部隊にだって難しいだろう。なにより、救護院にハウスで下男を必要としているという求人を出したのは他でもないゾイ自身だ。
それに、推薦状を持ってハウスを訪れたケンと面談して、採用すると決めたのもゾイだった。
ゾイは腹に一物を抱える貴族を相手にしてきた自分は人を見る目があると思っていた。初めて会ったケンは痛ましいほどにボロボロで、それでいて仕事を得ることに切実だった。なにか企みがあるようには全く見えなかった。
ケンはあまりにも純粋だった。
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