社畜モブの俺、異世界転移したら「Sub」っていわれたんだけど。え、「Sub」って何ですか？

3章

31 いまは恵まれた職場

　帰ってくる馬車の中で、健介はゾイからこの数日間の不在について、本当のことを言わないでほしいとお願いされた。
「バーニーは準備を手伝ってくれたから、あの夜ケンちゃんが臨時プレイヤーとしてプレイをしたことを知っているわ。あとは、シュナとウンシアは翌日ケンちゃんが居ないって探し回ったから、プレイヤーをしたことを知っているの。でも、それ以外の子たちは事情を知らない。それに、ケンちゃんがプレイをした相手がだれかは私とバーニーしか知らないわ」
「は、はい」
　それもそうだろうと思う。どこでどうやったら、この国の第二皇子がこのしがないくたびれたおっさんとプレイをしにハウスにやってくるというのか。それに、そこで働く見目麗しく、素晴らしい体をしたプレイヤーのみんなを想像しても、自分がいくらＳｕｂだからといって、プレイヤーをするとは考えられない。健介は理解していることを伝えようと、何度もうなずいた。
「そうね……、私のお使いで帝都に荷物を届けに行っていたってことにしましょ。いいかしら？」
「わかり、ました。あの、俺の不在の間の掃除とか洗濯とかは……」
「あぁ、安心して。この四日は私がハウスを不在にするから、閉めてきているから」
「え！？」
　驚く健介にゾイは怪訝な顔をする。
「どうかした？」
「い、いえ、ハウス……を閉めているとは、思いません、でした。も、申し訳ありません。ご、ご迷惑をお……」
「いいのよ。それにケンちゃんは何一つ悪くないわ。勝手に連れ出したサイベリアンがいけないんだから。ケンちゃんが謝る必要なんてないわ」
　健介の言葉に被せるようにゾイが言った。それでも、自分の勘違いのせいで、ハウスに損害を与えてしまったことを申し訳なく思い再度謝罪の言葉を口にする。
「そ、それでも、申し訳ないです」
　健介はゾイに向き直って、深く頭を下げる。
「それに、謝るなら私の方だわ。まさかサイベリアンがこんなことをするとは思わなくて。軽々に話を受けたんだもの。しかも張り切って……。プレイヤーとして働いてもらうことはないにしても、ケンちゃんのダイナミクスの知識があまりにもないのが心配だから、戻ったらバーニーあたりにダイナミクスについてとか、ハウスについて説明してもらうようにしましょうね」
　健介は自分の心得違いで迷惑をかけてしまったのに、怒られるどころか謝られてしまった。そのうえ、健介の無知をあざけるでもなく、きちんとした知識を授ける機会を与えてくれようとしている。文字が読めなかったときもそうだが、ゾイは大変に素晴らしい雇用主だと思った。
　今まで、上司といえば、怒鳴る、怒る、馬鹿にするのどれかでしかなかった。ブラック企業に勤めていた時には、「無能」、「のろま」、「要領が悪い」、「給料泥棒」と言われたい放題だった。まあ、事実自分の能力が低く、まともに時間内に仕事ができていなかったのだからしかたがない。
　過去を思い返して、現在の素晴らしい雇用主に感謝の眼差しを向けると、再び怪訝な顔をされてしまった。
「ケンちゃん不在のあいだのお掃除とお洗濯はシュナとウンシアが変わってくれているから、心配しないでね」
「！」
　おそらくその二人が代わってくれているだろうとは思ったが、本当にそうだということをきくと、胸の中が感謝でいっぱいになる。これまた、過去に同僚といえば、足をひっぱり、仕事を押しつけ、非協力的なものでしかなかった。それが、この異世界ではどうだ──自分の不在の間、代わりに仕事をしてくれている。
　いや、ゾイに言われて仕方がなく……してくれたのかもしれない、と一瞬だけ卑屈な考えが頭をよぎる。しかし、普段自分に対して接してくれる二人の態度を考えれば、率先して代わりを務めてくれていたに違いない、と思い直した。
　いきなり知らない土地に来てしまって、最初こそ奴隷商に捕まったりしたが、今はなんとも恵まれた環境で働かせてもらえている。身元不明で、わけのわからない人間をこんなに好待遇で雇ってくれて、なおかつ教育まで施してくれる雇用主。不在時に嫌がりもせず仕事を代わってくれる同僚。自分は運がよかった。
「あ！　あと、記憶喪失のことだけど……」
　健介は肩をおもいきりびくっとした。これでは後ろ暗いことを隠していると言っているようなものだ。不安げにゾイの顔を窺う。
「そんな顔をしないで、大丈夫よ。そのまま記憶喪失ってことにしておきましょって言いたかっただけよ」