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3章
32 また今度聞かせてちょうだい
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健介は言われたことが一瞬わからなかった。なおも心配そうな表情でゾイを見つめる。
昨日の拙く、ところどころ意味不明の説明で、自分の状況を理解してもらえたとは思えなかったのだ。
そんな健介にゾイは顎に人差し指をかけて、少し考えるようにしてから、「この国のことがよくわからないんでしょう。だったら、記憶喪失ってことにしておいたら、いいじゃない。記憶にないんだもの、大して変わらないわ」と言った。そして、顎に置いていた人差し指をすっと前に出すと、健介の眉間に刻まれた深い皺をとトンと押した。
それは昨日の何か探る様に健介を見てきたゾイではなくて、いつもの優しく親切なオネェのゾイだった。
昨日、健介の説明を聞いたあと、ゾイは全てを納得したわけではなかった。「保留」といわれたのだって、「とりあえず、今は」と言外についたものだったということは健介にもわかっていた。それなのに、どうしてみんなに対しては引き続き「記憶喪失」ということにするのだろう。
ゾイはぐいぐいと健介の眉間の皺を指で伸ばそうとするが、猜疑心から皺は伸びきらない。そんな心の内を読んでだのか、「そうね……私って人を見る目が結構あるのよ。……最近ちょっとだけ自信をなくしているけど」とそう言うと、ばちんと音が鳴りそうなウインクを健介に投げてよこした。
「また、折を見てあなたの出身地や今までどんなことをしてきたのかとか、聞かせてもらうわ」
そう言って、ゾイが健介の手を握る。その触れ方は疑っている相手を逃さないというものではなく、優しくいたわるような温かみを感じるものだった。
「はい! もちろん、いつでも、あの、お答えします」
ゾイがあの時健介が話したことをどの程度、どのように理解しているかはわからない。今後ゾイになにを聞かれるかもわからない。
それでも、健介は聞かれたことには真摯に答えようと、信じてもらえるかはわからないが、異世界から来たことをきちんと話そうと思った。
やっと健介は肩に入っていた力を抜いて、ほっと息をつけた。
「さ、もうすぐでハウスに着くわよ。いいわね、ケンちゃんはわたしの用事で帝都に行っていた。私はその用事のために帝都に遅れて行って、ケンちゃんを連れて一緒に帰ってきた。用事の内容は荷物のお届け。誰に、何をは言ってはいけないと言われている、ってことで何か聞かれたときには答えてね」
「は、はい。荷物のお届け、内緒の荷物……」
「まあ、深く考えないで。特に誰も聞いては来ないと思うし」
「そ、そうなのですか?」
「まあ、ハウスを閉めたのは私がハウスを不在にするからだし。その理由をケンちゃんを迎えに行くからとは言っていないから。貴方の不在に気づいているのはシュナとウンシアぐらいじゃない?」
そう言われて、健介も確かに! と思う。自分の不在をハウスのみんなが気にしているとばかりに、自意識過剰になっていたと恥ずかしくなった。
健介の仕事はプレイヤーとして働く人たちとはとことん出会わない。使い終わって、人がいなくなってからプレイルームは掃除に入るし、用事もないのに洗濯場に来るプレイヤーもいない。プレイヤーのみんなはそれぞれのダイナミクス専用のラウンジのようなところで、待機をしていることもあるが、プレイヤーではない健介はそこに行くこともない。
自分の住む部屋はプレイヤーのみんなと並びにあるものの、活動を開始する時間が違うので実はそれほど会うこともない。それは食堂でも同様だった。
常に顔を合わせるのは一緒に掃除や洗濯をしてくれているウンシアと、文字を教えるために時間を取ってくれているシュナくらいのものだ。
それでも、来た当初よりかはそれ以外のみんなと打ち解けて、会えば世間話のようなことをすることもある。だが、普段から三日四日と顔を合わせることがない相手が、六日顔を合せなかったとして、大した違いはないし、不在にしていたとも思わないのかもしれない。少しくらい、「なんか、顔を合わすの久しぶりだね」と言われる程度に違いない。
そう思うと、うかつなことに口を滑らせてしまったらどうしようという不安もすっかりとなくなった。
健介が安心したと同時に馬車はハウスの裏門を入っていくところだった。
昨日の拙く、ところどころ意味不明の説明で、自分の状況を理解してもらえたとは思えなかったのだ。
そんな健介にゾイは顎に人差し指をかけて、少し考えるようにしてから、「この国のことがよくわからないんでしょう。だったら、記憶喪失ってことにしておいたら、いいじゃない。記憶にないんだもの、大して変わらないわ」と言った。そして、顎に置いていた人差し指をすっと前に出すと、健介の眉間に刻まれた深い皺をとトンと押した。
それは昨日の何か探る様に健介を見てきたゾイではなくて、いつもの優しく親切なオネェのゾイだった。
昨日、健介の説明を聞いたあと、ゾイは全てを納得したわけではなかった。「保留」といわれたのだって、「とりあえず、今は」と言外についたものだったということは健介にもわかっていた。それなのに、どうしてみんなに対しては引き続き「記憶喪失」ということにするのだろう。
ゾイはぐいぐいと健介の眉間の皺を指で伸ばそうとするが、猜疑心から皺は伸びきらない。そんな心の内を読んでだのか、「そうね……私って人を見る目が結構あるのよ。……最近ちょっとだけ自信をなくしているけど」とそう言うと、ばちんと音が鳴りそうなウインクを健介に投げてよこした。
「また、折を見てあなたの出身地や今までどんなことをしてきたのかとか、聞かせてもらうわ」
そう言って、ゾイが健介の手を握る。その触れ方は疑っている相手を逃さないというものではなく、優しくいたわるような温かみを感じるものだった。
「はい! もちろん、いつでも、あの、お答えします」
ゾイがあの時健介が話したことをどの程度、どのように理解しているかはわからない。今後ゾイになにを聞かれるかもわからない。
それでも、健介は聞かれたことには真摯に答えようと、信じてもらえるかはわからないが、異世界から来たことをきちんと話そうと思った。
やっと健介は肩に入っていた力を抜いて、ほっと息をつけた。
「さ、もうすぐでハウスに着くわよ。いいわね、ケンちゃんはわたしの用事で帝都に行っていた。私はその用事のために帝都に遅れて行って、ケンちゃんを連れて一緒に帰ってきた。用事の内容は荷物のお届け。誰に、何をは言ってはいけないと言われている、ってことで何か聞かれたときには答えてね」
「は、はい。荷物のお届け、内緒の荷物……」
「まあ、深く考えないで。特に誰も聞いては来ないと思うし」
「そ、そうなのですか?」
「まあ、ハウスを閉めたのは私がハウスを不在にするからだし。その理由をケンちゃんを迎えに行くからとは言っていないから。貴方の不在に気づいているのはシュナとウンシアぐらいじゃない?」
そう言われて、健介も確かに! と思う。自分の不在をハウスのみんなが気にしているとばかりに、自意識過剰になっていたと恥ずかしくなった。
健介の仕事はプレイヤーとして働く人たちとはとことん出会わない。使い終わって、人がいなくなってからプレイルームは掃除に入るし、用事もないのに洗濯場に来るプレイヤーもいない。プレイヤーのみんなはそれぞれのダイナミクス専用のラウンジのようなところで、待機をしていることもあるが、プレイヤーではない健介はそこに行くこともない。
自分の住む部屋はプレイヤーのみんなと並びにあるものの、活動を開始する時間が違うので実はそれほど会うこともない。それは食堂でも同様だった。
常に顔を合わせるのは一緒に掃除や洗濯をしてくれているウンシアと、文字を教えるために時間を取ってくれているシュナくらいのものだ。
それでも、来た当初よりかはそれ以外のみんなと打ち解けて、会えば世間話のようなことをすることもある。だが、普段から三日四日と顔を合わせることがない相手が、六日顔を合せなかったとして、大した違いはないし、不在にしていたとも思わないのかもしれない。少しくらい、「なんか、顔を合わすの久しぶりだね」と言われる程度に違いない。
そう思うと、うかつなことに口を滑らせてしまったらどうしようという不安もすっかりとなくなった。
健介が安心したと同時に馬車はハウスの裏門を入っていくところだった。
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