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4章
第5話 起き上がれないから
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夏になりかけの、青く澄んだ空を見上げる。肌に感じる温度はじんわりと暑いが、たまに吹く風のお陰で苦痛というほどのこともない。
「…………あ。
五時間目の授業、サボっちゃったなー…」
裏庭のベンチに寝そべりながら、シエルは思い付いたようにそう呟いた。
(………まあいいか。どうせ思想とか政治とか、つまんない授業だった気がするし……)
シエルは嫌いな教科がわりとハッキリしてる。単位が欲しいからテスト勉強はするが、授業は出たり出なかったり。
それでも、こうやってまるっきりサボるのは随分久しぶりな気がする。一年生の春ごろなんかは、毎日のようにここへ来ていたのに。
なんでかな、と考えてふとアステオの存在に思い当たる。
(………いやいや)
そんなんじゃないだろ、と誰に言うでもなく否定する。だってシエルがアステオを魅力的と思ったのは、一年の冬のことで。それより前から惹かれてたなんて、まさかまさか………。
(………でも、あいつをもっと知りたい、って思ったのは本当か……)
そこまで考えて突然、シエルは先日のことを思い出した。
『シエル、僕さ………』
あれは、なんて言おうとしたのだろうか。
あのときのアステオの、表情やしぐさ、息遣いまで明瞭に思い出すことができる。
『僕、シエルのこと………』
そう言う声は震えていた。雨で掻き消えてしまいそうな小ささだ。
それなのに、どうしても目を離すことができなかった。甘い蜜に引き寄せられる愚かな虫みたいに、アステオの声に聞き惚れていた。
雷が鳴らなければ、俺はどうしていた?
あの音で、我に返った。
俺はあのとき、話を逸らしたのか。続きを喋らせまいとしていたのか──。
思考はどこまでも展開していく。そしてシエルは──とうとう考えるのをやめた。
授業をサボって寝転び、近くの木にとまる鳥の声を聞いてさえこんなことに思い悩む自分が、馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。
努めて頭を空にし、微睡みへ落ちていく。
眠りの世界に進歩はない。なんと心地よく、楽なことだろう。
♯♯
「…………る、シエル!」
揺すぶられるような感覚がして、意識が覚醒していく。ぼうっと考えごとをしているうちに、いつの間にか居眠りをしていたようだ。
「……全く、もう夏とはいえ外で寝るなんてどういうつもり? しかも授業までサボって!」
「…………アステオ?」
そこにいたのは確かにアステオだった。プリプリと怒った様子で、ベンチに寝そべるシエルを見下ろしている。
そう認識した瞬間、シエルはほとんど何も考えずに目の前にあった彼の手のひらをそっと掴んでいた。
「な、なに……?」
戸惑うアステオを見て、ようやく頭がハッキリしてくる。何をやってるんだか、と自分で思った。
それでもなぜか離す気にならなくて、口は咄嗟に下手な言い訳を紡ぐ。
「───アステオ。起き上がれないから、起こしてくれ」
「はあああ?」
「…………あ。
五時間目の授業、サボっちゃったなー…」
裏庭のベンチに寝そべりながら、シエルは思い付いたようにそう呟いた。
(………まあいいか。どうせ思想とか政治とか、つまんない授業だった気がするし……)
シエルは嫌いな教科がわりとハッキリしてる。単位が欲しいからテスト勉強はするが、授業は出たり出なかったり。
それでも、こうやってまるっきりサボるのは随分久しぶりな気がする。一年生の春ごろなんかは、毎日のようにここへ来ていたのに。
なんでかな、と考えてふとアステオの存在に思い当たる。
(………いやいや)
そんなんじゃないだろ、と誰に言うでもなく否定する。だってシエルがアステオを魅力的と思ったのは、一年の冬のことで。それより前から惹かれてたなんて、まさかまさか………。
(………でも、あいつをもっと知りたい、って思ったのは本当か……)
そこまで考えて突然、シエルは先日のことを思い出した。
『シエル、僕さ………』
あれは、なんて言おうとしたのだろうか。
あのときのアステオの、表情やしぐさ、息遣いまで明瞭に思い出すことができる。
『僕、シエルのこと………』
そう言う声は震えていた。雨で掻き消えてしまいそうな小ささだ。
それなのに、どうしても目を離すことができなかった。甘い蜜に引き寄せられる愚かな虫みたいに、アステオの声に聞き惚れていた。
雷が鳴らなければ、俺はどうしていた?
あの音で、我に返った。
俺はあのとき、話を逸らしたのか。続きを喋らせまいとしていたのか──。
思考はどこまでも展開していく。そしてシエルは──とうとう考えるのをやめた。
授業をサボって寝転び、近くの木にとまる鳥の声を聞いてさえこんなことに思い悩む自分が、馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。
努めて頭を空にし、微睡みへ落ちていく。
眠りの世界に進歩はない。なんと心地よく、楽なことだろう。
♯♯
「…………る、シエル!」
揺すぶられるような感覚がして、意識が覚醒していく。ぼうっと考えごとをしているうちに、いつの間にか居眠りをしていたようだ。
「……全く、もう夏とはいえ外で寝るなんてどういうつもり? しかも授業までサボって!」
「…………アステオ?」
そこにいたのは確かにアステオだった。プリプリと怒った様子で、ベンチに寝そべるシエルを見下ろしている。
そう認識した瞬間、シエルはほとんど何も考えずに目の前にあった彼の手のひらをそっと掴んでいた。
「な、なに……?」
戸惑うアステオを見て、ようやく頭がハッキリしてくる。何をやってるんだか、と自分で思った。
それでもなぜか離す気にならなくて、口は咄嗟に下手な言い訳を紡ぐ。
「───アステオ。起き上がれないから、起こしてくれ」
「はあああ?」
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