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 ガタン!
 ドタ、バタン!

 クライヴが離れの寝室で書類仕事をしていると、突然背後で大きな音がした。
 気配も何もなかった、と思う。
 誰かが侵入しようとしていたなら、自分にわからないはずがないのに。
 間をおかず、そばに置いてあったペーパーナイフを掴み、すかさず構えて振り返ると、そこには奇妙なものが転がっていた。

 大ざっぱに言えば、それは女だった。

 珍しい黒い髪。見たこともないひらひらとした服装。
 だが。
 何故かその女は後ろ手に縛られ、ご丁寧に猿ぐつわまでかまされている。
 そんな状態の女が、1人。
 屋敷の中でも警備の厳重なクライヴの寝室の床に転がっていた。
 まだ宵の口といった時刻。
 今日は週に一度の客人が来る予定だったので早めの夕食をとり風呂を浴びた。
 執事も女中もこの日ばかりは気を使って早めに自室へと引き上げる。
 そうして人の気配の絶えた屋敷で、1人客が来るのを待っていたわけだが。
「……おい、大丈夫か。」
 転がったきり動かない女にそう声をかけた。
 不審人物には違いないが、拘束されている状態で何か出来るとも思えない。
 するとクライヴの声に反応したのかピクリとと身じろぎし、女がゆっくりと頭を上げた。
 乱れた髪の間から見えたその双眸にクライヴは知らず息をのむ。
 濡れたように潤む漆黒の闇。
 黒曜石のような見たこともない黒い瞳を、女はしていた。
 クライヴは吸い寄せられるように女に近づく。
 もっと近くで見てみたかった。
 そうしてゆっくりと腰を下ろしその瞳をのぞき込むと女は驚いたようにその目を見開き、唐突に窮屈な体勢そのままでぐりぐりと首を動かし周囲を見回しはじめる。
 そしてクライヴに視線を戻すと潤んだ瞳で、うぅ、と呻き声をもらした。
 そんな声を出されてもな、とクライヴは困ったように手を伸ばし彼女の顔にかかった髪を、すい、と横によけてやった。
 その、瞬間。
 クライヴは弾かれたように手をひいた。
 そうして自身の太く無骨な指を眺めると唖然としたように、女へと視線をやる。

 なんて、清らかな浄化力。

 髪に少し触れただけだというのに、指先の凝って停滞しかけていた魔力がサラサラと流れていくのがわかった。

 触れただけで、これほど。

 その指でクライヴは頭をガシガシとかいた。
 金の髪は短く切りそろえられ、その精悍な顔つきの頬には額から顎先まで縦に切られたような大きな傷跡がある。
 背も高く肩幅もあり筋肉隆々、熊ですら素手で倒せるのではという体躯である。
 クライヴはチラリと女を見る。
 今日派遣されてきた女はもしかしてこの女なのだろうか?
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