ホールケーキを七等分!

春山ひろ

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4,子供ができました!

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※この回から、ラミィはバーネット様のことを、「女官長」あるいは「バーネット女官長」と呼んでいます。


 結婚して早、3カ月。
 このところ、僕はずっとだるいです。だるいし、眠いし。
 結婚して最初のころは、公務で緊張しつつも、元気溌剌だったのに。慣れてきたから緊張感が薄れてしまったのかな…。

 なんて、そう思った時もありました!

 心配したセオドア様が王医を秘密裡に呼んでくれ、診察してもらった結果!なんと僕は妊娠してました!

 すごい!
 王医の診立てでは、どうやら初夜でヒートを起こした時にできたのではないか、ということでした!
 バーネット女官長が、「さすがですわ!最初のヒートでご懐妊とは」と、満面の笑顔で指摘するものだから、僕はいたたまれません!

 もっと驚いたのは、妊娠を伝えた時のセオドア様の喜びようでした。

「おめでとうございます!ご懐妊です!」

 王医から告げられ、僕は真っ赤になりながらも、ソファに並んで座っているセオドア様の横顔を見つめます。
 セオドア様は「え、え?」と言いながら、ギ、ギ、ギという音がしそうなほどぎこちなく、僕の方へ顔を向け、「え?え?」と、まだ理解が追いついてない様子。
 僕は、セオドア様の手を取って、お腹の上へ。
「ここに赤ちゃんがいます。僕とセオドア様の子供です…」
 
 セオドア様は口に手を当て、そのまま顔を覆ってしまい、しばらく震えたかと思うと、「やったー」と両腕を上げて歓喜の雄たけび!
 女官長が慌てて、「まだ御内密に!とにかく安定期に入るまでは」と言ったけど、セオドア様は聞いてない!
「ラミィ!ラミィ!ラミィ!」
 僕をギューッと抱きしめ、しばらくまた震えて固まり、その後は「やった!やった!」と部屋を駆け回ると、そのまま廊下に飛び出してしまいました!

 セオドア様と付き合いの長い王太子付き家令が、あっけにとられながら「こんな殿下は初めて見ました」と呟く始末。その後で家令は、ハッとして「で、殿下はどちらに?」と、同じく部屋を飛び出して追いかけていきました。

 残された僕と女官長と侍従たちは茫然。しばらくして、正気に戻った女官長が「どちらに行かれたのかしら?」と言えば、イディアが「おそらく王宮内を駆け回っているのではないかと」と答え、「は、はやく殿下を連れ戻してきなさい!」と女官長が命じ、慌ててイディアを残して、みんな部屋を飛び出しました。

 しかし、飛び出したはずの侍従が、すぐに戻ってきて「た、大変です」というので、「セオドア様、王城外まで出たの?」と、僕が慌てて尋ねると、「いえ、いえ、で、殿下が池に飛び込んでしまわれました!」というではありませんか!

「なんですって!」
「叔母上、いえ、女官長!落ち着いてください!ここの池は膝までの水位しかありませんから!」


 池、池。池かぁ。
 セオドア様、殺された子犬に報告しにいったんだな。
 子供のころのセオドア様の唯一の友達…。

「好きなだけ池に入らせてあげてください。そして池から殿下が出たら、すぐに浴室へお願いします」
 そう言ったあと、部屋を出ようする僕に女官長が心配して「妃殿下は池には入らないでください」と、声を掛けてきました。
「入りません。池の見える場所まで移動するだけですよ」

 僕はイディアだけを連れて、私室を出ると廊下を挟んで反対側の部屋、通称「蓮華の間」と呼ばれているサロンに入りました。
 この部屋は、前王妃様がこよなく愛した部屋だそうで、あちこちに蓮華の絵画が飾ってあります。前王妃様亡き後、陛下は「蓮華の間」にしばらく籠ってしまわれ、ようやく出てきた時、王命で部屋の模様替えを禁じました。これは有名な話だそうです。
そういう部屋なので、現王妃は絶対に入りません。

 そして、この部屋から池が一望できるのです。
 僕は窓から下を見ました。
 池の中に入って、見ようによっては項垂れたな風情のセオドア様が見えます。
 あれは悲しんでいるんじゃない、子犬(ともだち)に、子供が出来たことを報告しているんだ。

 
 セオドア様。
 一人で池に入るなんてずるい。次に入るときは僕も一緒に入りたい。僕だけでなく、僕たちの子も一緒に入りましょう。
 
 ふいに、セオドア様が後ろを振り返りました。
 窓越しに下を見る僕と、見上げるセオドア様。
 しばらく見つめ合い、にっこり笑いながら、池を出て僕に体全体をつかって手を振っています。
 
 そうして、家令に促されるまで、セオドア様は手を振り続けました。

 僕たちの間で「王太子殿下の池飛び込み事件」と呼ぶことになる、このセオドア様の歓喜の振る舞いは、女官長の「他言禁止」の命令により、王妃の耳には入らなかったようで安心しました。

 僕が妊娠したことは、すぐさま陛下に伝えました。陛下はしばらく言葉を発せられず、「大事にな」と仰せられ、ただただお優しく、微笑んで下さいました。

 柑橘類以外は何も受け付けないつわりの時期はほんとに辛く、王妃に妊娠を悟られるわけにはいかないので、公務の会食時がきつかった!
 それでも僕のつわりは、女官長曰く「まだまだ軽いほう」らしいです。女官長は、「最初の子供を授かった時は、侯爵が医者を邸宅に住まわせたほどだった」そうです。
 
 その間、さらなる喜びの時が!
 なんと双子だったのです!
 喜びが二倍。
 双子だと分かり、それをセオドア様に伝える時は、前回を教訓に、ドアの前を侍従で固め、僕はセオドア様の手を放さず、「次に池に入る時は四人で入りましょう!」と、説得しました。セオドア様は「うん、うん」といい、僕たちは抱き合いました。

 そして、その晩。
 二人で「蓮華の間」にいき、手をつないで池を眺め、子犬に報告したのです。
 月明りの晩で、美しい夜でした。


 「王妃に懐妊を隠し通す作戦」の一番の山場は、王族の夏の恒例行事、蓮華離宮への静養でした。
 さすがに馬車に乗るのは無理です。そこで王妃には、陛下から「体調不良のため、王太子妃は離宮には行かない」と説明して頂き、僕は欠席。僕が行かないので、必然的にセオドア様も行かず、そうなると陛下も「行かない」とおっしゃり、今年の静養は、王妃とキール殿下だけで向かわれました。
 
 王都の夏は暑い!ですが、王妃がいない王宮は、夢のように快適でした。
 国王陛下は、セオドア様と僕を陛下の私室に呼んでくださり、三人で色々な話をしました。
 それは女官長が「妃殿下、もうそろそろ」と声をかるまで続いて、しんしんと更ける夜の時間が、ずっと続けばいい、そう思いました。


 そして今、僕は王妃と二人で、内庭でお茶会です。
 陛下を通して、僕から王妃を誘い、妊娠を報告するためです。
 二人といっても見える位置に、それぞれの女官長と侍従たちが控えています。
 僕から誘ったのは、誘った方がお茶からお菓子まで、全部、用意できるので、安心だからです。

「そう。それはおめでとう」
「ありがとうございます」
 少しもめでたいと思っていない声色で言う王妃に、こちらも少しもありがたいと思っていないことを色に出して返答する僕。こういう会話を辛いと思う時期は、とっくに終わっています。

「私から何かお祝いを用意するわ」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
 沈黙に気まずささえ感じません。

「だから、蓮華離宮に来なかったのね」
「はい」
「とても良い静養でしたのよ」
「それは良かったですね」

 王妃は扇に目を落としました。扇は女性の武器なので、何か言ってくると思います。
「…ラミエルは、見た目とだいぶ違うのね」
「…どういったところでしょうか?」
「そうね、見た目は弱そうなのに、芯が強い」
 それは図太いということですねと、僕は脳内変換します。

「…ダイヤモンドは最も固い鉱石です。それできっと僕も強いのかもしれません。その点、銀はよく延びて活用性が高い。柔軟でうらやましいです。ただ価値は、…全然違いますけど」
「ふふ、おもしろいこというのね。そろそろ少し冷えてきたわ。私は失礼するわね。出産まで大事にね」
「ありがとうございます」

 王妃が席を立ったので、僕も立ち上がります。

 王妃が僕に背を向けました。

『無事に生まれるわけないわ』

 その王妃の呟きはベルバトス語。
 僕にはベルバトス語は分からないと思ったのでしょう。


『ベルバトスには、アナリアナという薬草があるのをご存じですか?』
 僕は王妃の背に話しかけました。王妃は振り返りません。

 僕は独り言のように続けた。
『ベルバトスでは薬草研究が盛んで、薬師という職業さえあるとか。そのアナリアナという薬草は煎じて湯を入れると、無味無臭無色の液体になる。
 毒ではありません。オメガや女性が飲んでも何も問題ない。ただ男性、アルファやベータの男性が飲むと、子供が出来にくくなる。たとえばアナリアナを服用した男性と子づくりしても、中々、子供が出来ない。出来たとしても、子は流れてしまう。
 ベルバトスでは娼婦が使う薬と言われているそうです。

 ただアナリアナを飲んでも、効果が出ない場合がある。

 それは銀です。アナリアナは銀と反応すると、効果が無力化するそうです。
 ただ、混ざりものの銀食器だと、無力化できない。純銀に近くないとだめだそうですね。
 王家の銀食器は純銀に近い製品ですから、安心です。

 ああ、それで思い出した!
 セオドア様と私のご成婚の儀式の時、王妃様は銀食器を新しくして下さいました。
 ありがとうございます。
 わざわざ、王族ごとに使用する銀食器を分けて下さった。

 たまたまそれを棚に納品する際、私の侍従がその場におりまして、お手伝いさせて頂きました。
 ただその時、王太子殿下と書いてあった羊皮紙を、あやまって第二王子殿下と書いてある羊皮紙と、逆にしてしまったそうです』

「なんですって?」
 振り返った王妃の表情は、まるで悪鬼のよう。もはやベルバトス語を使うことも出来ない。

「どうされました?どの銀食器も同じ製品ですよね?たとえ王太子殿下用の食器を、キール殿下が使用しても問題ありませんよね?何も問題はないと思い、今まで忘れていたのです。
 …今年の夏は暑かった。今日もまだ夏の名残で、暑いですね。さぞやキール殿下は、柑橘水や水を、たくさん飲まれたことでしょう。新しい銀食器で」

 
 女官長から王妃が銀食器を新しくし、しかも王族ごとに分けるよう指示したと報告があった時点で、セオドア様はすぐにトーリオ様に相談されました。
 セオドア様は、ベルバトス国が薬草、ことに毒について、我が国よりも先んじていることをご存じで、ベルバトス国の公爵家に嫁がれていたトーリオ様なら、王妃の企みが分かるのではないかと思ったそうです。
 トーリオ様は、ベルバトス国にいる友人・知人をフル動員して調べ上げ、アナリアナという薬草にたどり着いたのです。

 さらに、王妃は水にアナリアナを入れたはず、というのがトーリオ様の見解でした。食べ物に入れるには、ダイニングルームに入らねばならず、リスクが高すぎるからです。ダイニングメイドを買収するという手もありますが、発覚するリスクが高いので、これはしないだろうと、トーリオ様は言いました。

 そこで水です。
 トーリオ様は王城に引き込んでいる川の水源地に、定期的にアナリアナ入りの水を、大量に流入したのではないかと言います。
 その水源地は王都から近く、またアナリアナはベルバトス国では、そこらじゅうに生えている雑草のようなもので、大量入手が可能なのだそうです。
 しかし、誰もが目にするアナリアナの効能は、意外に知られていないそうです。効能が効能なので、薬師は口には出さず、ひっそりと娼館で使われている、そんな薬。

 水を汲むのは、ダイニングメイドの仕事です。その汲んだ水は、王族全てが飲みますが、純銀製の器で飲むのであれば、たとえ陛下が飲んでも、アナリアナの効果は出ません。
 しかし、銀の配合が低い器で飲めば、効果は出る。間違いなくセオドア様の食器は、銀の配合率が低い物だったはず。

 女官長と侍従の機転で、銀食器は交換。
 実は、交換したのはキール殿下用の食器ではありません。
 王妃用の食器と交換したのです。
 そう毎日、アナリアナを飲んでいたのは王妃でした。

 でもそんなこと教えない。

「もう失礼するわ」

「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。私の家は多産の家系ですので、陛下にはたくさんの孫を生んで差し上げたいと思っております。王妃様も、血のつながった孫が抱けることを祈っております」

 王妃の企みは、もはや嫌がらせの範疇を超えている。
今日から王妃は、キール殿下に子供が出来るだろうか、それをずっとずっと心配するはず。僕が無事に出産するまでは、その心配で頭がいっぱいになってください。
 無事に産み終えたら、その時が王妃の終わりの日です。

 出産まであと五か月。

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