異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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異母様 7

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 夕方、一日の作業を終えて帰宅した俺たちを、また人が迎えた。
 泥まみれのサヤを背中に庇い、俺とハインは警戒を強める。髪の件は伝えたはずだ。なのに今度はなんだと言うのか。
 今度出向いて来ていたのは、異母様の執事だった。明らかに異母様の意思で動く者だ。背後に朝の使用人と、もう一人、女中の姿もある。

「お帰りなさいませ。奥方様より……」
「髪の件は今朝お伝えしましたよ」
「はい、その件で。
 奥方様が、そちらのサヤに出向くようにと仰いましたので、お伝えしに参りました。
 奥方様がお待ちです。急いで……」
「サヤが出向く必要はありませんよ。サヤはセイバーンに仕える者ではない。レイシール様の従者見習いです」

 ハインが執事の言葉を遮る。
 執事は、そんなハインを冷たい目で見返した。
 俺は異母様の意図が読めず、どう探りを入れるべきか考えていた。変な不安が心の奥で疼くのを感じる……。よくない……異母様にはサヤを、近付かせたくない……。

「異母様は……何故サヤをお呼びなんだ?
 髪の件だと言ったな。手入れの方法は伝えたことが全てだ。サヤが呼ばれる意味が分からないが……」
 結局、上手い言い方は思いつかず、疑問をそのままぶつけるしかなかった。

「その子供、異国の者だと仰いましたね。
 櫛で梳いて湯で洗うだけで御髪に艶が出るとは……素晴らしいことを教えてくれたとお喜びなのですよ。それで、サヤに労いの言葉をとおっしゃっているのです」

 白々しい笑顔で執事が言う。
 そうか……サヤが有益なら、そのまま手に入れようという考えか……。
 嫌がらせも兼ねてるのかな……。さて、どうやって断るか……。
 俺がそう考えていると、ツンツンと上着が背後から引っ張られた。サヤだ。
 そのまま振り返らずに小さく首を傾げると、サヤが口を開いた。

「私、大丈夫です。行きます」

 その言葉に俺が焦る。駄目だ。あの方は理屈なんて通じないんだ。ちょっとでも粗相があれば、すぐに手打ちにされてもおかしくない!
 俺がサヤを止めるより早く、サヤはハインの横からひょこりと顔を出す。ああもう!

「あの、申し訳ございません。私、今泥まみれなのです。
 この様な姿では無礼ではないかと……支度の時間を頂けましたら、こちらから伺います」

 顔にも泥を付けたサヤの姿に、執事は眉間にしわを寄せた。
 このままではさすがになと思った様だ。「急ぐのですよ」と言い、背後の使用人二人にサヤを連れてくるよう言付ける。

「それでは、私は奥方様にお伝えして参りますので、失礼致します」

 執事がそう言って暗がりに消える。使用人二人は、居心地悪そうにその場に留まった。

「レイシール様、急ぎ身支度して参ります」
「待てサヤ!   一人で行く気か⁉︎」
「ですが、呼ばれたのは私ですよね?」

 使用人二人を通り越して、サヤが風の様な早足で階段を駆け上がる。
 俺はそれを必死で追った。
 ハインは使用人二人を外に残し。パタンと別館の入り口を閉める。

「サヤ、湯を持って行きます。支度は十五分で済みますか?」
「頑張ります!」

 階段を挟んで大声でやり取りする。おいこら!

「駄目だ!   万が一粗相があれば、手打ちだってあるんだぞ⁉︎」
「もう返事をしてしまいましたから、行かなければ手打ち決定ですね」
「ハイン‼︎」
「ついて行きたいなら、ご自身の身支度を急がれた方が良いですよ。サヤより遅いなら置いて行かれます」

 ハインに指摘され、俺も慌てて自室に駆け込んだ。
 サヤ一人で行かせるなんて絶対駄目だ。何かあったら取り返しがつかない……!
 俺は残念ながら、肉体労働では戦力外なので泥にも塗れてない。服を変えるだけで十分身支度ができそうだった。今日ばかりは、この軟弱な身体に感謝だ。
 大慌てで衣装棚から服を出し、着替える。汚れた服は長椅子に放り出す。
 焦りからか、留め金を掛けることに手間取り、震える手にイライラが募った。
 上着を掴んで部屋を飛び出すと、ハインがサヤの部屋にたらいに入れた湯を持ってきたところだった。

「サヤ、開けて大丈夫ですか?湯を持って来たのですが」
「大丈夫です。有難うございます」

 返事を待って扉を開く。俺はハインに続いてサヤの部屋に入った。

「サヤ!なんで勝手に返事をしたんだ‼︎」

 サヤは俺と同じく服を整えたところだった。髪をほどいて、櫛で汚れを落としている。
 多少の泥汚れではサヤの髪の艶は衰えたりしない。ハインに礼を言い、手拭いを濡らしてから髪の表面をそれで拭うと、一層艶やかになった。

「洗ってる余裕は無いので……これで大丈夫でしょうか……」
「充分じゃないですか?汚れたままでも異母様より艶やかでしたよ」

 皮肉たっぷりにハインが言う。俺のことは無視か!
 もう一回何か言わなきゃと口を開きかけると、サヤが俺にすまなそうな顔を向ける。

「もうしわけありません。でも……きっと行かないと、終わらないと思ったんです。
 それと……異母様が気にしてらっしゃるのは、髪の艶だけじゃないんだろうなって」
「……っ……どういうこと?」
「これです。この結い方。これが気になってらっしゃるんじゃないかなって。
 メバックに行った時も、ギルさんが珍しそうにされてましたし……今まで髪を結っている人をみたことありません。だから……」
「行って説明しなくてはと思ったわけですね」
「はい」

 そういう間も、サヤの手は止まらない。綺麗にした髪を首の横で綺麗に結わえて行く。
 確かに……これは珍しい。そうか……最近当たり前で忘れてた……。

「だが……それが目的なら、サヤを引き抜こうとされるでしょうね」
「大丈夫です。そこは、断る方法を考えました」
「……本当に大丈夫ですか?」
「はい。きっと大丈夫です」

 ハインとサヤがそんな会話をしているうちに、サヤの身支度が整う。髪を結った後、濡らした手拭いで顔を丁寧に拭いて、化粧を直した。

「大丈夫でしょうか」

 両手を広げ、前後をハインに確認してもらう。
 ちゃんと少年らしく見える。

「大丈夫です。
 では、急いで……」
「俺も行くからな!   サヤは未成年だ。子供だ!   一人でやって粗相をしたのでは申し訳ない。だから俺がついて行く。文句ないよな⁉︎」
「……分かりましたから……。では急いで行って来てください。私は夕食の準備でも進めておきます」

 半ば投げやりにハインに言われ、俺たちはサヤの部屋を出た。
 玄関の扉を開けると、今朝方の使用人がビクリと一歩跳びずさる。

「お待たせしました。
 えっと、レイシール様が、私のお目付役に、ついて来ます」
「俺の紹介はいいから、ほら、急ぐんだろ」

 若干不機嫌になってしまうのは仕方がないと思って頂きたい。
 だってそうだろ?   サヤは守らせてくれない。勝手に動いてしまうのだ。
 髪の結い方が目的ではと思うなら、それを先に教えてくれればいいじゃないか。そうすれば、サヤが異母様の前に出ずとも、俺が伝えに行くなりできたんだ。
 サヤは異母様や、兄上がどれくらい危険かを分かっていない。サヤの為に、近づかない方が良いと言っているのに……。あの方は、黒い蛇を体内におさめているような方だ。サヤは近付けたくない……危険に晒したくないのに……っ!
 俺がそんな風に、内心イライラを募らせている間に、本館が見えてくる。本館が近付くにつれ、俺は握る拳にじっとりと汗をかいていた。
 ここには、嫌な記憶がたくさん刻まれている……だからどうしても、身が竦む……。

「近くで見ると、大きいんですね」
「そりゃね……。数代前のセイバーンは、結構栄えてたみたいだし。
 使用人の為の住居をあの規模で作るくらいだから」
「それにしても、無骨な作りですね。見た目は、別館の方が可愛いです」
「本来はここが領地管理の中枢だからね。実用を重視したんじゃない?」
「……怒ってるんですか?」
「怒るよ!   そりゃ怒るだろ⁉︎」
「だって……今日のレイシール様は、朝から調子が良くなさそうでした。
 私が出向けば済む問題なら、休憩しておいて欲しかったです」

 サヤのポソリとこぼした一言に、俺の足が止まる。
 サヤが俺の体調を心配して、自分で動こうと思ったのだと、気付いたのだ。
 俺が異母様や兄上と上手くいってないのを分かっていて、俺を庇おうとしていたのだと。
 なんだよ……結局自分の不甲斐なさが招いた結果か……。

「……そんな気は回さなくていい。
 とにかく、今後は勝手に決めて勝手に行動しない!   分かった?」
「はい……申し訳ありませんでした……」

 再び足を動かし、本館に入る。
 そして、やっぱり申し訳なくなってしまって、サヤにだけ聞こえる小声で謝罪する。

「心配かけてごめん……。ありがとう」

 少ししゅんとしていたサヤが、ピクリと反応する。そして、にっこりと笑いかけて来て、俺は視線を逸らした。可愛い顔をされると困る……。俺の顔に血が上ってしまうのだ。
 そして、サヤとのそんなやりとりに、ささくれかけていた心が少し癒される。
 本館に来るたびに感じる押しつぶされそうな圧迫感も、幾分かマシになった気がした。
 駄目だ……冷静にならないと……。サヤを、守らなくてはいけないのだから。
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