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足枷 3

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「レイシール様?」

 名を呼ばれて、ハッと我に帰ると、目の前にサヤがいた。

 あ……そうだった……。
 夕食を終えて、お茶の時間だったのに、また頭が引きずられてしまったのだ。
 ギルとハインは素知らぬ顔だ。あえて見ないでいてくれてるのだと思う。マルは元から気にするたちじゃないし、必然的にサヤが、余計俺を心配する構図になっている気がする。眉の下がったサヤが、お疲れですか?    と心配そうに聞いてくる。

「大丈夫。なんでもいなから」

 笑ってそう答えて、サヤの質問をはぐらかす。追求されても答えられない……。話を逸らすにかぎると思ったのだ。
 俺は異母様に逆らうのだ。叱責は逃れられない。
 ハインは、アギー公爵様のお力添えがあるから、今更切って捨てられたりはしないだろう。マルは大丈夫だ。情報操作は得意なんだから、尻尾を握られるようなヘマはしない。現場の総指揮はマルだが、実際の責任者は俺なのだし、何よりメバックの商業会館に努める一介の使用人だ。実は俺に仕えているなんて俺すら知らなかったわけだし、マルに累は及ばせないで済むだろう。
    ギルも俺の使用人じゃないから、手は出せない。何より、アギーとの繋がりが彼を守ってくれる。
    けれどそうなると、やはりサヤなのだ。最も手が出しやすい。狙われるのはサヤだ。
 だから連れ帰れない……サヤに落ち度が無くとも、叱責を捏造するくらい容易い事だろうから。
 考えれば考えるほど、どうしようもない結果しか見えてこない……。

「……なんでもない感じじゃないです」

 ボソリと、何か怒気を含んだ声で言われ、慌てて顔を上げると、サヤが腕を組んで俺を見下ろしていた。
 あ……なんか、怒ってる……。

「えっ、いや……た、たいしたことじゃ……」
「たいしたことじゃないなら、レイシール様はもう少し人目を憚ります」
「あ、サヤくん正解。人目も憚らず考え込んでるのは追い詰められてる時のレイ様だねぇ」

 サヤと、何故かマルにそんな風に指摘され、言葉に詰まる。
 マルは相変わらずのヘラヘラ顔だが、その答えを聞いたサヤの顔が、一層剣呑になった。
 半眼で、頬が心なしか膨らんでいる……。助けを求めて部屋を見渡すが、ギルは知るかと視線を逸らし、ハインは甘んじて受けてくださいとばかりに無視を決め込みやがった。ワドはニコニコと見守っていて、ルーシーは居ない。
 観念して……一人サヤに向き直る。

「今後の身の振り方を考えてたんだよ。
 明日、発注諸々を済ませる予定だけどね、資材や人員の移送の手続きが必要だ。
 セイバーンでも、受け取り側の体制を整えなきゃならない。だから、俺、マルは早々にセイバーンに戻る必要がある。で、そうなるとハインは俺についてくるんだろうし……ここの手続きは、サヤにお願いするしかないかなって、思ってたんだ」

 嘘ではない。今までなら、人手不足でギルにお願いするしかなかったことだ。けれど、ギルは俺の使用人ではないし、バート商会にはバート商会の仕事がある。本来は頼むべきでないのだ。

「すべて移送するまで一週間ほど掛かると思う。それが終わって……異母様がたが、父上の所に出立したら、サヤも帰還したらいい。お願いできるかな」

 そう。そして、異母様がいない間に、サヤを説得する。従者を辞め、メバックで新しい生活を考えてもらう。もうそろそろ、こちらの世界のことにも馴染んだ筈。そしてメバックならギルもいる。
 俺の考えを見透かしたように、ギルの表情も剣呑になる。だがギルが何かを言う前に「嫌です」と、サヤがきっぱり拒否をした。

「……サヤ……。これは、重要な役目なんだ。受けてもらえないと、困る」
「嫌です。それ、建前ですよね。なんだか似たようなことを、先日体験した覚えがあるので、承知できかねます」

 にっこりと微笑みを浮かべるサヤ。だが、立ち昇る怒気が尋常じゃない……。前屈みに俺に顔を近付けて、ボソリと小声で言った。

「望んだら駄目なんだの、理由を教えて頂けないと、納得できません」

 血の気が引いた。
 え……?    まさか俺、口に出してた?
 サヤの顔を見上げるも、答えは教えてくれそうにない。ますます口角を吊り上げて、笑いながら怒るという顔を、凶悪にしていく。
 ギルとハインが明らかに青くなっているのが分かる。サヤの威圧だ。この子はほんと、自分がどれほど強いか自覚してないのが不思議でならない。たかだか二段。十段あるうちの二段階目だと言っていたが……じゃあ、カナくんは、サヤの師匠はいったいどれ程なのか、考えると恐ろしい。
 そして、それと同じくらい、じわじわと広がるようなこれはなんだ……。笑いながら、怒っているのに、やっぱり違うのだ。なんでそんな、悲しそうなんだよ……。

「言えないなら従いません。私は私で勝手にします」
「サヤ……聞き分けてくれないか。でないと、村のみんなが困るんだ」
「聞き分けてくれないか?    こちらが聞き分けてほしいです。私は、この前も嫌だって言いました。レイシール様が私をここに残していくのを諦めてください」
「あはは、そうそう。レイ様はそんなとこあるよねぇ。
 何でもかんでも自分でなんとかしようとして、やたら背負い混むんだ。で、結局、相手を怒らせて裏目に出るんですよねぇ」

 マルの茶々がいちいち心臓に刺さる。
 なんなんだよもう……なんでそんな、サヤを援護射撃してるみたいに口を挟むんだ⁉︎
 俺が睨み付けると、ケロっとした顔で「あ、漢字分の代金払ってるんです」と宣った。
 そういうこと⁉︎    なんかいいように使われてないかお前⁉︎
 けれど、俺よりサヤが優先されるようだ。お前の上司は俺じゃないのかと言いたい。
 しかし睨む俺に、マルはとても楽しそうに笑った。

「あのですね、レイ様が、間違ってらっしゃいます。
 そろそろ学習して頂かないと困るんですよね。
 今迄は、ハインしかレイ様のお傍に居なかったんですから、選択肢が限られるのは致し方ありませんでした。ですが状況は変わりましたよ?    何より貴方は、ジェスルの魔女に刃向かう行動を取ると決めた」

 急に話の矛先を変えたマルが、にまぁと、笑った顔のまま、抑揚のない喋り方になった。
 こ、怖いぞそれ……いっつも無表情だったのに、なんで今笑顔……。まさか、頭の中の図書館に入った時の顔で固まるのか?

「刃向かうからには、最低限を守るだけで良い筈がありません。逆ですよ。最大の利益を得るべきです。そしてその為には、打てる手段は全て使うべきなんですよ。
 幸い、貴方には僕がつきます。戦術面はお任せ下さい。全部先手を取ってやりますよ。もう準備は済ませましたから。
 そしてサヤがいます。これはほんと素晴らしい戦力ですよ。一個小隊抱えるより有意義かもしれませんね。とはいえ、肉体が一体なのが少々痛いですけど」

 戦力的には高いんですけど、一度に一つのことしか出来ないですからねぇ。と、マルが愚痴る。それに慌ててしまう。その言い方はまるで、サヤを戦いの矢面に立たせると言っているように聞こえたのだ。

「マル!   余計なことはするな!   異母様は……っ!」
「あ、承知してますよぅ。魔女に刃向かうと怖いですよねぇ。
 でもレイ様が刃向かうと決めたんですよ?   もう怒らせるの確定なんです。
 けれど、あえて殴られてやる必要なんてありました?    無いですよね?    僕も嫌です。怖いので。
 ですからね?    んここはもう腹を括るしかないんですよ。幸い、ハインもギルもとっくの昔に覚悟は固まってますし、サヤくんもやる気なので、残りはレイ様だけなんです」

 言われていることの意味が分からない。何が固まってて、何が俺だけなのか。

「まだ頭が逃げてますね。
 僕らが取りに行くのは、レイ様の存在価値ですよ。
 貴方の立ち位置を、フェルドナレンの中に作るんです。魔女や兄上に良い様にされるのはもうお終いにしましょうって言ってるんですよ」

 さも当然のことを言うように、マルは笑顔の張り付いた顔で、俺にそう宣言した。
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