異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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足枷 4

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「簡単なことなんですよ。レイ様の存在を国内に知らしめるだけです。
 誰かが傷付くわけじゃない。露頭に迷うわけでもない。
 みんなが幸せですよ。異母様達を抹殺したりもしませんし」

 無機質な声音で顔だけ笑ってマルが言う。
 だけど俺は、まるで悪魔に交渉を持ちかけられているような心地だ。
 マルの言うことが、そんなに簡単なことでないことは分かる。しかし、なんの意図でもってそんなことを言っているのかが分からない。

「やる事も変わりませんよ。氾濫対策を進めるだけです。ひとつ重要なのは、きちんと成功させることですね。
 それさえ出来れば、工事の終わりに貴方はセイバーン家の二子なんてものではなく、レイシール・ハツェン・セイバーンとして存在を認められてます。
 そうするとあら不思議、異母様がたは貴方を日陰者に出来なくなるんですよ。下手をしたら貴方が領主に成り代わりかねない。けれど、そこは譲って差し上げれば良いんです。領主に相応しいのはフェルナン様ですと。
 建前の身分なんてどうでも良いので、名を捨て、実を取りましょう。一見、フェルナン様の元に貴方がいるという形で面目を保ちつつ、貴方がいなければ、フェルナン様が立ち行かない形に収めるんですよ」

 ペラペラと動く口が怖い。
 マルの言っていることの意味が分からない。俺の名を知らしめるって何?なんでそんなことが必要なの。

「あー……混乱されています?    レイ様、なんだか蒼白になってますよ」
「なんっで、そんなこと……」
「なんでって、レイ様の境遇改善の為じゃないですか。変なんですよ?    持つこと、望むことを許されないって、正常なことじゃないんです。
 だいたい、妾腹出の方なんて山と居るでしょう。ルオード様だってそうでしょうに」
「違う!    何故今、今この忙しい時にそんな……今になってそんなこと……!」
「何故って、やっと貴方が異母様に逆らうみたいですし、状況が良い具合に利用できそうでしたし……まあ、要は条件が揃ったからですよ。
 いつかはとは思ってましたけど、貴方の気持ちが伴わなければ意味が無いことですし」

 マルに何を聞いても、気持ち悪さが拭えなかった。
 怖い、マルは一体何を言っているんだ⁉︎    俺はそんなこと、望んでない……。そんな、そんなことをしたら、どんな恐ろしい結果が招かれると思ってるんだ⁉︎

「駄目だ!    そんなこと、しなくていい!
 余計なことは考えるな、状況をかき回すようなことをするな!
 俺はこのままで良いんだ。折角保っている均衡を、崩すような真似は……これ以上……これ以上、酷い状態にしないでくれ‼︎」

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。
 過去の自分が犯してしまった過ちが、マルや、ハインや、ギル、サヤに降りかかる様が、恐ろしいほどの現実感をもって想像できてしまった俺は、もうほぼ飲み込まれかけていた。
 嫌だ!    もう誰も壊したくない、失くしたくないのに‼︎    あんな風にしたくないのに‼︎

 いってごらんなさい。さあ、これをどうしたいの。
 あら、そんなにたいせつなの。あらあら。そんなにたいせつなのね。
 どうしましょう。わるいこのあなたが、なにかをてにできるとおもっているだなんて。
 あなたはなにももってはいけないの。あなたはうばってうまれたあくまのこ。
 うまれちゃいけなかったのにうまれたのよ。そんなあなたが、これいじょうなにがほしいというの、なんてあつかましいの。
 うすぎたないめかけばらのあくまのこ。あくまみたいなあのこむすめのこ。あのひとのちがあなたのなかにあるだなんて、ゆるせるとおもっているの。ゆるされるとでもおもっているの。
 なんどいえばわかるの。どうすればりかいするの。あなたはもってはいけないの。なにひとつのぞんではいけないの。それがわからないなんて、これだけいいきかせてもわからないなんて、どうやっておしえれば、りかいするの。もっといたければ、おぼえるのかしら。
 なんでわからないの、なんどめだとおもってるの。どうすれば、りかいするのかしら。
 あらあらかわいそう、あなたがもったばっかりに、あなたがのぞんだばっかりに、こんなことになってしまったのよ。
 ああぁぁかわいそう。あなたのてをとったばっかりに、こんなことになるなんて。
 かわいそうかわいそう、あなたがわからないばっかりに、りかいしないばっかりに、こんなことになるなんて。
 ほんとうしょうわるねぇ。あくまそのものね。これでいくつ、あなたのためになくなったのかしら?

 薄ら笑いを浮かべて、俺の所為だと言い含めて、また刈り取るために、拳が、刃が、振り上げられる……⁉︎

「レイ」

 座り込みそうになった俺を、サヤが抱きとめてくれ、頭に手が回された。更にもう一つ、添えられたサヤより大きな手が、背をゆっくりとさする。

「レイシール様、部屋に戻りましょう。すこし、休憩された方がよろしいかと。
 歩けないなら、担ぎ上げていきますが、如何なさいますか」

 淡々と、冷静な声音でハインはそんな風に問うてきた。
 優しくなく、けれど冷たくもない。俺がどんな風であっても関係ない、いつも通りにするハインに、不思議と気持ちが救われる。

「……ある……け、る……」
「そうですか。ではサヤ、反対側を支えて下さい。部屋に戻ります」

 右腕をハインに掴まれ、左は、サヤの肩に回された。サヤの身体が、俺に添うように寄せられて、行きましょうと、優しく声を掛けられた。
 そのままギルと、マルを置いてきぼりにして、逃げるように応接室を出た。
 部屋まで無言で歩き、ハインが扉を開けて中に促す。そのまま寝台に運ばれて、縁に座らさせたと思ったら、背中に羽織が掛けられた。
 サヤがそっと離れ、お茶の準備をしてきますと部屋を後にする。
 しばらく沈黙のまま時間を過ごし、頃合いを見計らったかのように、ハインが俺の前に膝をついて、顔を覗き込んできた。

「レイシール様、私も、もう耐えられません。
 貴方は何も仰って下さらない。だから私達は、貴方が何を恐れているのかが分かりませんし、このままで良いという考えにも納得ができません。
 このままで良い訳がないでしょう。
    貴方はどんどんそうやって、崖っぷちに身を寄せていく。それを私たちは、いつまで黙って、見守っていれば良いというのです?」

 お前まで、そんなこと言うのか……。

 聞きたくなくて、顔を背けると、両側から顔を掴まれて、無理やり前を向かされた。
 目を瞑ると、開けないならこじ開けますが、と、冷たい声で否を突きつけられる。
 嫌々、仕方なしに薄目を開けると、ハインはいつもの怖い顔ではなく、眉の下がった、泣きそうな顔をしていて、冷たい声とは裏腹な、慰るような眼差しで俺を見ていた。

「貴方が私たちを傷付けたくないと、そう考えて下さっているのは、重々承知しております。
    ですが、私たちの気持ちを、貴方は理解して下さいませんね。私たちが、同じように思っていると、何故気付いて下さらないのです?
 二年前もそうでした。私を置いていく。新しい主人を探すからと言われた私の気持ちを、貴方は考えましたか……。身体さえ無事なら、良いとでも言うのですか?
 私は……心臓を引き千切られる心地でしたよ」

 ハインの言う二年前が、俺の脳裏に鮮明に蘇った。
 セイバーンには連れ帰らない。ここで新しい主人を見つけるからと言った時だ。
 俺以外に仕える気は無い、要らぬなら、短剣で喉を突けと、ハインは言った。
 手を煩わせるなら、自分で処理をすると腰の剣を引き抜いて、首に当てたのだ。
 慌てて止めた。なにを考えているんだと怒った。しかしハインは冷笑を浮かべて言ったのだ。「貴方が要らないというなら、それまでなのです。私の命は、本来ならとうに、終わっていますから」と。

 あれは、脅しでもなんでもなく、ハインの、本気だったのだと、俺は今更気が付いた。
 本気で死ぬつもりだったのだ。俺に全部を捧げているというのは、言葉通り、本当に全てだったのだ。
 目を見開いた俺に、ハインはやっと分かったのかとでも言うかのように溜息をつき、目を細めた。そして、優しい、微笑みを浮かべたような顔で、恐ろしいことを当たり前のように言う。

「そして今も、そうですよ。
 このままで良い筈がないのに、このままで良いと言う貴方が憎い。
 私たちは、まだ苦しまなければいけませんか。私は九年、ギルは十二年です。まだ苦しみ足りませんか。貴方が恙無く、笑って過ごせるようにと望むことが、そんなにいけないことですか」

 勝手に涙が溢れてきた。
 ギルやハインに申し訳なくて……自分のことしか考えてなかった自分の不甲斐なさに、罪悪感に、涙が止まらなくなった。
 そんな俺を見つめたまま、ハインは言うのだ。

「止めても構いませんよ。貴方が本当に、心からそう願っているのなら、私が止めます。
    この計画を全て無しにして差し上げますよ。そのかわりに、私は、ずっと、苦しいままです。貴方を救える機会を台無しにしたことを、ずっと後悔して苦しむでしょうね。
    ですが、それでも貴方が望むことなら、叶えます。貴方の言う通りにします。私は、その為に生きているので」

 本当にこいつ、悪魔か。なんで悪辣な取引を持ちかけてくるんだ。
 なんでそんな、普段滅多にしない優しい顔で、そんな恐ろしいことを言うんだ。
 返事ができない俺を、優しい笑顔のまま見上げてくるハインが憎かった。
 みんなどうしてしまったんだ。
 なんで急に、そんな風に、俺の望まない話を、押し付けてくるんだ。
 こんな風に脅して、苦しめようとしてくるんだ。
 俺は、みんなを苦しめたくないだけなんだ。失くしたくないだけなんだ。なのになんで分かってくれないんだ。

 こんこんと、訪を告げる音がして、扉が開かれた。
 サヤだ。盆に乗せた茶器を持って部屋に入ってくると、机に盆を置き、急須からお茶を注ぐ。香草茶であったようで、優しい香りがふんわりと部屋を満たしていく様だ。
 そしてサヤにお礼を言って湯呑を受け取ったハインが、それを俺の両手に握らせる。

「お返事は、明日で構いません。ゆっくり考えて下さい。
 今日は、もうお休み下さい。明日の朝食は、こちらにお持ちします」

 皆と顔を合わせたくないでしょうから……と、優しく気遣う。
 もう、やめてくれ……。
 ハインはそのまま一礼して、自室に身を引いた。
 サヤだけが部屋に残り、沈黙が続く。
 そのまま黙って、手の中の湯呑みを見つめ続けていると、手元に影が落ちた。
 サヤだ。先程のハインと同じように、俺の前にしゃがみこんで、手拭いで涙を拭ってくれた。
 さっきは相当ご立腹だったと思うのに、いつものおっとりふんわりしたサヤに戻っていた。そのことに少しだけホッとする。
 だけど困った。涙が止まらない……恐怖と、罪悪感と、何かもう色々がぐちゃぐちゃで、頭が思う様に動いてくれない。
 人目を憚る余裕もない。サヤの前だと言うのに、なんて情けない姿か。
 けれど、サヤは気にしていないようだった。涙の止まらない俺にしばらく逡巡していたけれど、ぽすんと、俺の横に座る。そして、温もりが伝わるようにとでもいうように、ピタリと俺に身を寄せた。

「……ハインさん、ほんまレイのこと、大切やて思うてはるんやね」
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