異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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影 7

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 あっという間に目的地に着いた。
 歩いたって十分もかからない道のりだ。
 外からサヤが扉を開けてくれる。まずリカルド様の配下の方が外に出て「なっ……なんだここは……」と、呟くものだから「本来は藁を貯蔵しておく為の倉庫ですね」と答え、俺も外に出る。

「この様な場所に……っ!」
「あ、早とちりしないで下さい。中に風呂を作ってます。
 セイバーンは、雨季の間雨が降り止みません。一日たりとてね。
 ですから、入れ籠いれこのように、倉庫の中に風呂設備を設置しているのですよ。
 雨の最中、外で待機なんで嫌でしょう?倉庫に入れば、雨は振り込みませんから。
 さあ、中へどうぞ。不安でしょうから、入り口は目一杯開けておきますよ」

 軒の広い倉庫前は馬車も濡れない。御者をしていたハインも、御者台から降りて馬の世話を始める。このまま入り口に待機して、帰りの準備をしておいてもらう。
 同じく御者台に座っていたサヤが先に入り口を全開にしてから、中に入る。壁の杭に外套をひっかけてから外に出て来たが、サヤより倉庫の中の妙なものに、リカルド様方の視線は集中している様子だ。

「屋根があると湿気がこもるので、目隠しの壁のみです。倉庫の屋根がありますしね。
 お付きの方も中へどうぞ、設備をご覧下さい」

 動こうとしないから、俺が先に歩き、湯屋の扉を開き、中に入る。
 長靴を脱いで、木の床に上がる。泥を上げて汚れを持ち込まない為の処置だと説明して、リカルド様方にも長靴は脱いでもらう。
 率先して中に移動したサヤが、端に置かれた籠から履物を取り出し、それぞれに勧めた。
 何も履かないのは違和感があるという、近衛の方からの声があった為、現在はサヤの世界でスリッパと呼ばれる上履きを採用し、村人に内職として作ってもらったものを置いていた。それを足に引っ掛ける。衝立の内側には履いて入れないから、あまり意味を感じないのだが、近衛の方には足が楽と、評判だ。
 脱衣所の内部を説明し、通り過ぎる。衝立の奥が風呂場にあたると説明すると、リカルド様が興味津々、中を覗き込んだ。

「……湯が無いが?」
「水もこれから入れますし、風呂もこれから沸かします。見所はそこなので。
 さあ、中の点検はお済みですか?   もう一度外に向かいましょう」
 サヤが入り口に移動し、床下から、これまたサヤの世界ではつっかけと呼ばれる、スリッパと同じ形ながら、木材と布で作った履物を引っ張り出す。

「またか。妙な形の履物だな……」
「ちょっと湯を沸かしに出るだけなのに、汚れた長靴を履きたくないでしょう?」

 このつっかけも、農家の内職としてお願いしたのだが、ちょっとした用事の時や、厠に行く時に便利だと、今農家の間で取り合いになる程人気だ。お願いしたのは十足だったのだが、今だに作り続けているらしい。
 製作を担当していた農家の三男が根を上げてしまい、今や家族総出で作業しているという。
 雨季の臨時収入にとても有難いけれど、腕が痛いとぼやいていた。

 それに足を入れて、湯屋の外に再度出る。底が木なのでカラコロと音がしてなんとなく楽しい。木靴と違って足が痛くないのも良いという。
 倉庫の床の部分は土を固めた三和土たたきとなっているのだが、今やそこには、順番待ちや装備の点検、湯上りに雑談をする近衛の方々の為に、椅子と机が点在している。
 端材でアーロンが作ってくれたものだ。「俺、大工なんだけどなぁ……」と、言いつつ、案外良いものを作ってくれている。サヤの世界では、大工も家具を作るらしいのだが、本来は家具職人の領分だ。

「……これは、何をしている?」
「水路の水を自動的に組み上げてます。結構な湯船なのに、桶で水を移してたんじゃ大事でしょう?
 ここの蓋を開け、こちらを閉じると、湯船の方へ自動的に水が溜まります。一定量入りましたら、もう一度閉じた方の蓋も開きます。
 そうすると、少量ずつだけ湯船に水が入る様になります。湯船の湯は、中で消費していきますからね。少しずつ、自動供給される様にしてます」

 そうしておいてから、湯船裏に移動する。
 最後に湯を利用する近衛の方にお願いして、石だけは焼き続けておいてもらった。
 だから、芯を赤く光らせた石が、ゴロゴロと熱せられている。

 風呂に一定の水量が入ったのを確認してから、サヤが鋏で石を掴む。それを、湯船裏の定位置に放り込むと、盛大な音と同時に水蒸気が立ちこめる。爆発かと言う様な勢いに、慌てる配下の方々。流石のリカルド様も一歩身を引いた。
 サヤは意に介さず、二個、三個と石を投下していく。
 経験で、適温へ沸かすには大石四個と小石一個と定まった。水量や季節で変わってくるのだと思うが、サヤもその定められた数を放り込み終えたら、後は小石のみを焼いて、火の番をしておいてくれる。
 追加で湯を沸かす場合の為に待機だ。

「さあ、風呂が湧きましたから、中に戻りましょうか」

 呆気にとられて口を大きく開いたままの皆に声を掛ける。
 呆然としていたリカルド様が、ハッと我に返り、俺の方を向くので、中が適温か確認しに行きましょうと促すと、気持ちが流行るのか、大股でついてくる。

「焼いておったのはただの石か?」
「ええ。ここでは湯船を作りましたけど、河原等ならば、川の一部を囲ってそこに焼き石を投入すれば良いですし、土嚢で枠を作り、天幕用の布を貼ってから、中に水を溜めて風呂を作っても良い。
 その場合でも、麻袋五十枚もあれば程々の大きさの風呂が出来ます。片付ける時は、土嚢を抜き取れば壁が崩れますから、水も楽に捨てられますので、さして労力ではありません。
 二十五人の部隊なら、麻袋一人二枚、荷物に増えるだけです」
「荷物等を入れる袋として使っていても良いわけだな。明日で構わぬ。土嚢も見せてもらおう」
「畏まりました。圧巻の土嚢壁をご覧に入れますよ」

 遅れていた配下の二人が、我々の会話に慌てて駆けつけてきた。
 将としては優秀な方とのことだから、特に違和感は無いのだろう。だが、急に俺と普通に会話を交わしだしたことには慌てている様子だ。
 湯屋に戻り、湯船に直行すると、見事に風呂が出来上がり、もうもうと湯気が立ち上っている。

「確かに、風呂に見える……」
「後は身体で確認して下さい。じゃあ、脱衣所に戻ります。あ、私も人質がてらご一緒します。従者の方は如何なさいますか?」

 俺たちが湯を沸かすのを見学している間に、ハインが荷物を脱衣所に持ち込んでくれていた。
 主に手拭いである。一応、糠袋もあるが、これをリカルド様が使うかどうかは判断出来ないな……。汚れはよく落ちるのだが。
 そんなことをボーッと考えている間に、従者二人がどうするかは決まった様子だ。
 軒下で馬の世話をするハインと、石を焼いているサヤを警戒するらしい。湯屋の入り口と、裏側に一人ずつの配置となる様子だ。
 凄く渋い顔をしていたので「大丈夫ですよ。武器は持ってきておまりませんから」と、上着と腰帯を外す。妙なものを妙なところに隠しているかもしれないと、脱衣の間は見張られることとなった。

「私相手に小刀一本すら帯びず……良い度胸だ。それとも、こちらを舐めているのか?」
「ははっ、まさか。小刀一本あったところで足しにもならないでしょう?   なら持つだけ無駄だと思ったまでですよ」

 従者の方の目が光る中、脱衣所で率先して衣服を脱ぐ。
 壁際の棚にある籠にそれを入れ、手拭いを腰に一枚巻いただけの姿を晒す。
 ほら、何も持ってないでしょと配下の方に愛想を振りまくと、舌打ちしそうな顔でそっぽを向かれた。
 本来貴族の風呂は、一人に対し複数の使用人が同行し、甲斐甲斐しく世話を焼く。真っ裸を当然の様に晒すわけだが、湯屋を利用するのが近衛の方々であり、世話する使用人も居ない状態なので、ここはサヤの国の湯屋規則で統一した。因みに、腰に手拭いを巻くのは作法であるらしい。
 俺の貧弱な肉体に対し、リカルド様はまさしく筋骨隆々。腕や太ももの太さからして違う。節々に色々な傷が散りばめられていて、とても迫力があった。
 同じく腰に手拭いを巻いただけの姿になったリカルド様と共に、湯船の前に向かった。
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